プロローグ
――西暦2283年4月20日 日本国防軍附属 那覇病院
救急集中治療室(ICU)の病床に伏せる男は、重い首をわずかに動かし、漆黒の軍服を纏う黒髪、紫瞳の少年へと問いを投げかけた。
「敵は、どうなったのでありますか」
「全部殺したよ」
少年は表情ひとつ変えることなく、男の瞳を見据え、淡々と告げた。
「……そう、ですか。仲間たちは、生き残りましたか」
「十一名が生き残った。だけど、君以外はもう、ただ命を繋いでいるだけの状態にある」
当初一千名いた仲間たちが、十一名しか生き残れなかったという無情な現実。それを受け入れるように長い沈黙が流れた後。
縋るように、あるいは確かめるように、震えた声で静かに問う。
「――――我々は、祖国を救えたのでしょうか」
「……連合軍艦隊二十隻、航空魔法師五千名による猛攻を事実上、第65大隊だけで三日間にわたり、領土への接近すら許さず守り抜いた」
「その献身は紛れもなく、英雄の行いだ」
文字通り日本国のために命を賭した軍人へと、少年は、そう詭弁で返すことしか出来なかった。
「ありがとうございます。……はは、まさか官宮隊の方にお褒めいただけるとは、命を張った甲斐がありました」
彼は、首から下が一切動かないことを悟っていながら、朗らかな笑みを浮かべ、明るく返した。
「――日本国民は、貴官らの存在を決して忘れることはない」
「本当に、申し訳ない」
官宮隊・元帥、宮上 一は、日本政府、そして国防軍に代わり、祖国へその身を捧げた英雄に向け、深々と頭を下げた。
連合軍による沖縄侵攻の終結から十日後、国防空軍航空魔法師・中佐「島木 慎一」、第65大隊最後の一人は、その生涯を終えた――。
◆ ◆ ◆
『第六世代魔法師』。日本が世界に誇る、最強の魔法因子を宿した者たちである。
だが、西暦2282年、入念なステルス魔法を駆使した中露連合軍艦隊による奇襲によって四国国防総合基地が陥落。個々の能力では圧倒的な魔法師たちも、敵艦隊の圧倒的な物量の前には抗う術はなかった。
しかし、その後の奪還作戦は、有事における独自介入権を持つ『上補十二家』筆頭・白川家が率いる「独立防衛軍」一個中隊が、単独で完遂した。
国家の介入を待たずして成し遂げられたその偉業は、本来防げた民間人の被害を招いた原因が、正規軍に属する上補家「赤崎家」「紫崎家」「青瀬家」の武力行使を過剰なまでに縛った政府にあることを、白日の下に晒す結果となった。
ところが、政府の統制を唯一免れている白川家の英雄的な活躍こそが、政府に巣食う政治家たちの自尊心を逆撫でし、醜悪な結束を加速させることとなった――。
『これ以上、上補家に力を持たせてはいけない』
そんな、下らない思想が、さらなる悲劇を生んでしまったのだ。
◇ ◇ ◇
――西暦2283年1月21日未明。
首相官邸閣議室に集まった主要閣僚を前に、内閣総理大臣・石井 勇二は、冷酷な笑みを浮かべ、告げる。
「我が国に必要なのは、制御不能な英雄ではなく、国に忠誠を誓い、我々の意志に迷わず従う『兵器』だ。……例の計画を急がせたまえ。……これ以上、『血統』などという不安定なモノに国防を委ねるわけにはいかん」
一同の前に浮かぶARディスプレイにはこう記されている。
既存魔法因子の肉体同化、および魔法因子の追加植付による強化魔法師計画――『6.5世代ソルジャー計画』
政府がこれまで以上に軍部の手綱を締め上げる中、上補家への軍事力依存を脱却すべく、その計画は極秘裏に始動に移された。
それは、『量産可能な英雄』の存在を生み出すことで、魔法社会を司る上補十二家の権威を失墜させ、国家に従順な駒へと作り替えるための、静かなる権力闘争の幕開けであった。




