AS-02
ウエストランド第5地区の外れの山の麓にひっそりとあるログハウス。
遠くの滝の流れ落ちる音と、小鳥の囀りぐらいしか聞こえない静かな場所だが、今日は違った。
「――ふんっ」
「精が出るな」
「ああ、騒がしかったか? それなら、すまないな」
「そうじゃないんだが、でも、俺の庭でしなくても良いだろう?
ユキノ」
かつての上官にして、今は友人であるケルビンに名を呼ばれ、ユキノはほんのりと頬を朱に染めた。
現獣人連隊連隊長である彼女であったが、それでもなお、日々の刀の鍛錬はやめてなかった。
「朝昼晩、一時の怠惰も出来ぬ」
「スローライフを送る俺への当てつけか?」
「い、いや、違う! 」
「冗談だ。暇で仕方がないくらいだ。まるで相手にならないと思うけど、稽古の相手になろうか」
「それなら、その……研いでほしい。その、私の刀を」
ユキノがもじもじ、もごもごと言い、ケルビンが聞き返そうとした時、ログハウスから元気な声が聞こえて来た。
「お茶入ったよー! 二人とも飲も! 」
「だそうだ。 ユキノ? 」
「猫娘めぇ……!」
凄い勢いで家に上がりこんだユキノとアンが口喧嘩をするのを見て、ケルビンは懐かしい気持ちになり、笑みを浮かべた。
食卓を囲み、いつもの二人のくだらない喧嘩が終わり、昔の思い出話でしんみりするのも終わった頃、ケルビンは本題を切り出した。
「それで、用って言うのは何なんだ? ユキノ」
ユキノは話しづらそうに、目線を下げたが、ややあってから口を開いた。
「お前を会いたがっている者達が居る」
「獣人……ではなさそうだな」
「獣人がらみというのは間違いではない。
最近、旧連邦領で重犯罪が立て続けに起きている。
それに、獣人が関与している」
「何? 犯罪に」
「そうだ」
ケルビンは眉を顰め、アンは耳をぺたんと折りたたんだ。
「成程、俺は連中を率いる容疑者って訳か?」
「違う! 断じて違う!
そんなことを私の前で言えば、即座に斬り捨てる!
……ただ、連中はお前に話を聞きたいと」
「なら、行くしかないか」
ケルビンが立ち上がると、アンも私もとすぐに身支度しようとする。
が、彼はそれを止めた。
「家に居てくれ。あー、ほら。体調のことがあるだろ?」
「う、うん。そうだね」
「すぐに準備する」
ケルビンはユキノにそう言うと、立ち上がった。
◇
ログハウスから出発し、林を抜けた頃、ユキノはぽつりと呟いた。
「あやつ、子でも身ごもったのか?」
「げっほ、げっほ!」
「なんだ、隠すことでもなかろうに」
「いや、そういう訳じゃない。ただ、そういう兆候があった」
「あの猫娘が、指揮官のチキチキお嫁さんレースの勝者になるとはな」
「全くだ……なんだって?」
「知らないのか? 鉄帽を被った突撃部隊が連隊の皆を誘って賭けをしていた」
ケルビンは突撃部隊の面々を思い出し、納得の溜息をついた。
血気盛んな少女たちだが、人間社会の文化に触れて、特に恋愛小説に興味を持っていた。
今は連隊を抜け、4人でその日暮らしの生活をしながら、メジャーデビューを夢見て、日々執筆しているとかなんとか。
「ユキノは、誰に入れたんだ?」
「それは私自身……いや、私がそのようなことに現を抜かすと思うか?」
「だよな」
林を抜けると、ユキノは突然跪いた。
「どうした?」
「本来であれば、現連隊長である私が一人で解決しなければならない問題だ。
だが、私の無力により、今は民間人であるお前達に迷惑をかけてしまった。
すまない。
そして、お前にも、アンにも危害を加えさせないことを心に誓う」
「やめてくれ」
ケルビンはユキノの肩に手を添える。
その時、彼女の肩が震えていることに気が付いた。
連邦解体戦争の英雄、しかし、彼女はどこからどうみても、ただの華奢な少女だった。
そう考えると、彼の中で眠っていたかつての危うさが蘇って来た。
「戦いが終わったなんて、俺は思ってない。
俺はケルビン、連邦を懲罰する。
例え、それが死にぞこないの亡霊であっても」
「そうか、指揮官」
ユキノは一瞬、目に涙を浮かべたが、すぐに拭い、ケルビンに背中を向けた。
「さぁ、乗れ」
「え?」
「む? おぶってやる。遠慮するな。私は世界中のあらゆる乗り物より早い」
「いやぁ……」




