第2話 ノック?
とりあえず、情報をまとめよう。
一人の女の子――ポニテさんが空から降ってきた。
ポニテさんが殴りと蹴りだけでマモノを全滅させた。
もう一人の女の子――バックパッカーさんがポニテさんの隣にやってきた。
うん、情報をまとめても意味が分からない。
意味が分からず困惑する私とは対照的なのが、シェフィーだった。
「もしかして、さっき現れた女性二人、勇者かもしれません!」
「うん? 勇者?」
「そうです! 勇者です! イ・ショク・ジュウ伝説の一人です!」
このシェフィーの言葉に信ぴょう性を持たせるように、ルフナも口を開いた。
「武器を使わない荒々しい戦い方、あの見た目、噂の通りだ。きっとシェフィーの言う通り、あの二人は勇者、それもショクの勇者だと思うぞ」
確信めいたルフナの言葉。
シェフィーは、うんうんとうなずいている。
言われてみればシェフィーの言う通りな気がしてきた。
ポニテさんとバックパッカーさんの服装は、私が元いた世界の服装。
マモノを一撃で倒しちゃう強さは、勇者パワーで説明がつく。
あの二人が勇者の可能性は高い。
けれども、そうなるとひとつ大きな問題が。
「もしあの二人が勇者だとしたら、私はどうすればいいの?」
この質問に答えたのはルフナだ。
「同じ勇者同士、挨拶するのが普通だろうなぁ」
「そう……なるよね……」
「まさかユラさん、人見知り発動ですか!?」
「うん……」
さすがシェフィー、私の気持ちを察するのが早い。
今の私は、はじめて会う人との挨拶、それもマモノを拳ひとつで倒しちゃう怖い人との挨拶への恐怖で体が動かない。
そんな私を、シェフィーは必死で安心させようとしてくれた。
「わ、分かりますよ! はじめて会う人と言葉を交わすのって、マモノと戦うより勇気がいることですよね! わたしも人見知りですから、ユラさんの気持ちは分かります!」
「うん」
「でも勇者さんは、きっとユラさんと同じ世界から転移してきた人たちです! 故郷は同じなんですから、親しみやすいと思いますよ!」
「じゃあシェフィーは、故郷が同じだけの知らない人と会話できる?」
「いや……それは……ちょっと難しいかもです……」
「だよね」
「でもでも! マモノを倒して人々を救うという使命は同じです!」
「その使命はスミカさんの使命で、私の使命じゃない」
「言い切っちゃうんですか!? うう……なら、人と接する際の常識として――」
「常識だとか思うと、ますます緊張して、知らない人と会話できなくなるよね」
「は、はい……その通りです……。あれ? なんか、わたしも緊張してきちゃいました……」
ふと気づいたように、シェフィーは小さく丸まった。
この状況に思わずルフナがツッコミを入れる。
「ユラに引っ張られて、シェフィーも人見知りを発動したぞ。ユラの人見知り、恐るべしだな」
おっしゃる通り。
私とシェフィーは、人見知り同士ソファの上で小さく丸まり動けない。
もうこのまま、勇者との挨拶はナシという方向に行けばいいのに、と私は思う。
けれども、ポニテさんとバックパッカーさんはそう思わなかったらしい。
窓の外を眺めていたスミカさんは、私たちに伝える。
「あら? あの二人、こっちに近づいてくるわよ」
大変だ。
素手でマモノを倒す人が、こっちに来る。
ショートパンツにTシャツなんて格好も、セクシーというよりワイルドにしか見えない。
緊張の末、私はクッションに埋もれることにした。
クッションの向こう側からは、ミィアの元気な声が聞こえてくる。
「あ! すっごく強い二人、おウチの結界で進めなくなった~!」
これは朗報だ。
いくら勇者パワーがあっても、スミカさんの勇者パワーには勝てないみたい。
よしよし、そのまま諦めてくれれば――
「おお~、ポニーテールのお姉ちゃん、結界をすごい勢いで殴りはじめたよ!」
「ほえ!?」
もしシールドが壊されちゃったらどうしよう。
心配になった私は、こっそり窓の外をのぞいてみた。
するとたしかに、ポニテさんがバトルマンガみたいな連打技をシールドに打ち込んでいた。
中ボスのマモノも瞬殺できそうな凄まじい連打を受け輝くシールド。
と同時に、ポニテさんが大声を出す。
「おーい! お邪魔しまーす! おーい! ノックしてんだから、誰か出てきてー!」
え、あの連打ってノックだったの?
あんなに荒々しいノックははじめて見た。
激しすぎるノックに、私の精神がノックアウトしそうだよ。
ポニテさんは連打を続けながら、バックパッカーさんに話しかけた。
「どういうこと!? ノックしても誰も出てこないじゃん!」
「ウチの言うことに間違いなんてないんじゃい。きっと、ノックの音が聞こえてないだけじゃい」
「そっか! よし、必殺! 烈火の連打! うおおおお!」
炎をまとわせた連打がシールドを襲う。
ポニテさんの連打は速すぎて、もはや腕が何本もあるかのよう。
あの技、マモノのボスにお見舞いするようなものじゃないのかな。
私の隣で窓の外を見ていたシェフィーは、ふとつぶやいた。
「ノックするのに必殺技を使う人、はじめて見ました」
「私も」
間違いなくヤバい人だ。
ますますポニテさんと会話する気が失せてきた。
結果、シールドはますます強化され、ポニテさんの必殺技にもビクともしない。
「早く諦めて帰ってくれないかな……」
思わず本音を口にする私。
ただ、世の中は思い通りにならない。
ポニテさんはノックは諦めたけど、代わりに声をさらに張り上げた。
「私の名前はシキネ! イツクシマ=シキネ! よろしく!」
「なんか、勝手に自己紹介をはじめました!」
「だね」
もし空き家だったら、とか考えなかったのだろうか。
考えてないんだろう。ポニテさん改めシキネは、人さし指をこちらに向けて話を続ける。
「アタシは知ってるぞ! お前、異世界人だな! そんな感じの家、元の世界で見た!」
これで確定した。
シキネは私と同じ世界の住人だった人だ。
そもそも名前と見た目からして、シキネが日本人なのは間違いない。
スミカさんは微笑みながら私に言う。
「フフフ、お仲間を発見ね」
「みたいだね。でもさ、おかしいよね」
「おかしい? 何がかしら?」
「ショクの勇者って、つまり食べ物の勇者でしょ。ジュウの勇者のスミカさんは本体がこの家で、家が戦うよね。でも、シキネは本人が戦ってるよね。シキネの本体が食べ物だったりするの?」
「言われてみればそうだわね」
顎に手を当て考えるスミカさん。
そうして導き出された答えは、私にとって最悪の答えだった。
「直接、シキネちゃんに聞いてみましょう!」
ということで、ついにリビングの窓がスミカさんによって開けられてしまう。