第6話 ここが私たちのおウチ
スミカさんが窓を開けテラスに出ると、女王様は軽く会釈をする。
「勇者スミカ様、移動要塞の女王ユラ様、おはようございます」
移動要塞の女王になった覚えはない。
覚えはないけど、とりあえず私はリビングの中から頭を下げた。
女王様は話を続ける。
「昨日は、ゆっくりとお休みになられましたか?」
「はい、おかげさまで。高台のお城さんとも話し込んでしまいました」
「え!? 高台のお城とお話を!? そのお話、もっと詳しく――」
唐突に目を輝かせた女王様。
けれども、そんな女王様を魔術師さんはにらむ。
にらまれた女王様は、コホンと咳払いをし、真面目な表情に戻った。
「これは失礼いたしました。さっそく本題といきましょう。見習い魔法使いさん、こちらへ」
「はっ、はい!」
女王様に呼ばれて出てきたのは、明るい色のツインテを揺らした、とんがり帽を抱きかかえる、背のちっちゃい、かわいい魔法使いさんだった。
「シェフィー!?」
「今日からシェフィーさんが、勇者様の正式な案内役となります」
「よっ、よろしくお願いします!」
シェフィーはぺこりと頭を下げる。
小さく笑ったのは女王様だ。
「見習い魔法使いのシェフィーさんでは、勇者様の案内役という大役は厳しいのでは、と思っていました。ですが、勇者様の結界のようなものを突破できるのが、シェフィーさん以外にはいなかったもので」
そして女王様は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「加えて、シェフィーさんは勇者様たちと仲がよろしい。昨日のシェフィーさんは、勇者様たちとお話ができない寂しさから、魔法陣にユラ様の似顔絵を描いていたぐらいですから」
なんとも言えない私。
顔を真っ赤にするシェフィー。
女王様はシェフィーの肩に優しく手を乗せ、微笑んだ。
「女帝様がおわすテイトまでの道のりは、シェフィーさんが案内してくれるでしょう」
「フフフ、それは頼もしいわ」
微笑みに対し、スミカさんは微笑みを返す。
それからしばらく、魔術師さんの説明が続いた。
まあ、ゲームのチュートリアルみたいな話だから、これはどうでもいい。
重要なのは、魔術師さんの説明が終わった後に放たれた、女王様の言葉だ。
「ところで勇者様。出発の前に、何かお望みのことはありませんか? マモノを退治してくださった勇者様に、何かお礼をしたいのです」
「お望みのこと……」
「どのようなことでも構いませんよ」
「ユラちゃんは、何かお願いしたいこと、あるかしら?」
首をかしげるスミカさん。
対する私は、特に考えることもなく口を開いた。
「スミカさんとシェフィー、それにミィアとルフナの5人で旅がしたい、かな」
もう少し考えれば良かったと、言ってから思った。
ミィアは『西の方の国』の王女様だ。
ゲームじゃないんだから、王女様が勇者と一緒に冒険するはずがない。
だけど、私に強力な味方がついた。ミィア本人とルフナだ。
「お母様! わたくしも、勇者様と一緒に旅がしたいです! 一生のお願いです!」
「私は、ミィア様の盾として、常にミィア様のお側に」
王女様モードのまま、ミィアは女王様に訴えかける。
ルフナもナイトらしく援護射撃。
すると驚いたことに、女王様は間を置くことなく答えた。
「ミィアの一生のお願いは、これで何度目でしょう? しかし、分かりました。次期女王となるミィアに、世界を旅させる良い機会です。それに、勇者様と一緒なら、危険なこともないでしょう。勇者様、娘のミィアと、その護衛であるルフナをお願いいたします」
まさかまさかの二つ返事。
あまりのことに、私とスミカさんは顔を合わせてしまった。
その間、女王様は静かに命令する。
「魔術師長、密室の魔法を」
直後、魔法の杖を振り上げた魔術師さん。
杖からは青白い光が放たれ、光はドーム状に私たちを包み込んだ。
魔法の名前からして、このドームの中は密室状態なのだろう。
ドームの外からは、ドームの中の状態を知ることができないのだろう。
密室が完成すると、女王様はパッと明るい表情を浮かべてミィアに言った。
「ミィア! 勇者様と旅をするなんて、お母さん、あなたが羨ましい!」
「えへへ~、いいでしょ~」
「ずるい~! 国はお父さんに任せて、お母さんも勇者様と一緒に旅する!」
「おお~! 久々にお母さんと旅行だ~!」
どういうことだろう。お転婆ミィアが2人いるみたいだ。
魔術師は深いため息をつき、女王様をたしなめる。
「へ、陛下、国を留守にするのは、さすがに……」
「分かっています。あなたの言う通り、女王が国を留守にするなんて、女王失格です。クズの所業です」
「いいえ、そこまでは言っていません」
「ミィア! 私の分まで旅を楽しんできてね!」
「うん! 毎週、お母さんに手紙書くね!」
そして抱き合うミィアと女王様。
私は放心状態。
「なにあれ。誰あれ。女王様の本性って、あんな感じなの?」
「ミィアちゃんはお母さん似だったのね」
おかしそうに笑うスミカさん。
ミィアと女王様が抱き合っている傍ら、ルフナは大きな荷物を持ってリビングにやってきた。
その大きな荷物って、もしかしてミィアとルフナの荷物?
「荷物用意するの、早くない?」
「あのミィアのことだ。きっとユラが何も言わなくても、ミィアはユラたちと一緒に旅がしたいと言い出すだろうし、女王陛下も喜んでそれを許すと思ってなぁ」
「ミィアの心を見通して、事前に荷物を用意していたと。さすがルフナ」
「当たり前だ。私は、私という存在がミィアの心の一部になるのが夢だからな!」
「は、はぁ」
とにもかくにも、この展開は必然のようなものだったということかな。
もしかして、2人があっさりと私の家を出て行ったのも、最初からこうするつもりでいたからだったりして。
うん、たぶんそうだ。
ミィアとルフナが再びリビングにやってきたのは必然。
一方、幸運で再びリビングにやってきたシェフィーは、にんまりと笑っていた。
「わたし、この家に帰ってこられて、とっても嬉しいです! ユラさん、スミカさん、ただいまです!」
「ただいま~!」
「ただいま」
シェフィーに続くミィアとルフナの挨拶。
私とスミカさんは、3人と同じように笑って答える。
「フフフ、みんな、おかえりなさい」
「おかえり」
このときにはもう、私の心にあいた穴はどこにもなかった。
*
スミカさんは、昨日の夜に描いた絵画――落書きを手に取る。
「出発の前に、この絵を高台のお城さんに渡さないといけないわね」
「あの、その絵はなんですか?」
「それはね――」
絵画について説明するスミカさん。
その説明を聞きながら、シェフィーはじっくり絵を見つめる。
しばらくして、シェフィーは口を開いた。
「不思議な絵ですね。高台のお城と、ヨダレを垂らした人の絵なんて」
「アルパカ……」
どうすればアルパカがヨダレを垂らした人に見えるのか。
意味が分からない、と思う私。
でも、だんだんとアルパカの絵がヨダレを垂らした人に見えてきたので、私は黙る。
黙っている間に、ミィアがシェフィーの隣にやってきた。
「ミィアも絵、描きた~い! シェフィーとルフナも描こうよ~」
無邪気なセリフがリビングを駆け巡る。
シェフィーとルフナはお絵描きに乗り気みたいだ。
「お絵描きなら得意ですよ!」
「たまには、そういうのも悪くないかもなぁ」
ということで、私は出しっぱなしだった絵画セットを開く。
シェフィーは細かく、ミィアは大胆に、ルフナは不慣れな手つきで絵画に絵を足していった。
数分して完成したのは、賑やかな絵。
高台のお城の周りに、下手なアルパカと精巧な街並み、勢いのあるネコ、妙にかわいい騎士たちが並んだ絵だ。
スミカさんはその絵を、魔術師さんを経由して高台のお城に渡す。
これで、私たちがやるべきことは終わりだ。
女王様は手を振り、私たちを見送ってくれる。
「それでは皆さま、お元気で」
密室の魔法のドームが消え、君主らしい表情をする女王様。
謁見の時間はこれで終わり。
リビングに戻ったスミカさんは、嬉しそうに言う。
「高台のお城さん、私たちの絵を気に入ってくれたみたい。特に湖の絵がお気に入りらしいわよ」
「おお~! ミィアたち、いつの間に湖の絵を描いてたんだ~!」
「湖の絵なんて、誰も描いてないぞ。高台のお城の勘違いじゃないか?」
「もしかして、ユラさんが描いたヨダレを垂らした人の絵を湖の絵と勘違いしたんじゃ……」
「アルパカ……」
たぶん、もう何を言っても無駄なのかもしれない。
それに高台のお城は私の絵を気に入ってくれたみたいだから、もうそれで良しとしよう。
謁見も終わったことだし、私はソファにどっしりと座り、一息つく。
シェフィーたちも、さっそく日常に戻っていた。
「そうだ! お菓子食べよ~!」
「いきなりお菓子ですか!?」
「はぁ~、鎧はやっぱり重いなぁ」
「あわわ! いきなり下着姿にならないでください! お2人とも、自由すぎます!」
「え~、でもシェフィーも、魔法陣を作る準備してるよ~」
「あ! いつの間に!?」
「シェフィーもなかなかの自由人だなぁ」
静寂は遥か彼方に消えていったみたいだ。
「一瞬で賑やかになったね」
「まったくだわ。フフフ、人見知りさんのユラちゃんが、人と一緒にいて嬉しそうな表情をする日がくるなんてね」
たしかにそうだ。
人と話すどころか、人と一緒にいるのも好きじゃない私が、賑やかなリビングを楽しんでいるなんて。
まるで奇跡みたいな話。
この奇跡みたいな話の発端は、きっとシェフィーとの出会いだろう。
そのシェフィーが、まるではじめて出会ったときみたいに、ぺこりと頭を下げる。
「ユラさん、これからも、しばらくお世話になります」
「うん。こちらこそ、よろしくね」
よそよそしい挨拶はここまで。
「ところでさ、寂しすぎて私の似顔絵を描いてたって、ホント?」
「……本当です」
「シェフィーは寂しがり屋さんなんだね」
「そっ、そう言うユラさんだって、わたしたちがいなくて寂しかったんじゃないですか!?」
「寂しくはなかったよ。ただちょっと、おウチが静かすぎて泣きそうだったけど」
「とっても寂しがってるじゃないですか!」
シェフィーのツッコミが、リビングに響き渡った。
そう、これが今の私の日常なんだ。
動く自宅で、たまにマモノを退治しながら、シェフィーたちと過ごす目的地のない旅。
自宅に引きこもりながら、みんなと楽しく旅するなんて、どんなチート能力にも勝る最高の生活だよ。
「みんな、次の目的地へ出発よ!」
スミカさんの宣言とともに、自宅は4本足を動かし、のしのし歩きだした。
この大冒険、次は何が起こるか分からない。
でも、何が起こったとしても、私はみんなと、みんなのおウチで、のんびり自宅生活を満喫する。
それだけはたしかなことだと思う。
今回で第6章は終わり、次回からは第7章『ショクの勇者と出会う話』がはじまります! どうぞ続きもご覧になってください!
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