第3話 苦手克服!
釣りは順調すぎて怖いくらい。
たぶん魚が釣れるのを待つより、釣竿に餌をくくりつける時間の方が長かったと思う。
2時間もしないうちに目標の100匹は達成しちゃった。
もちろん、100匹の魚の置き場所はないから、ほとんどはリリース。
それでもリビングには20匹くらいの魚が残る。
「大漁だね」
「……これで、条件4、達成……」
残るは条件1から3まで。
うち条件1と2はスミカさんとルフナの出番。
釣りを終えた直後、自宅は再び時速100キロ以上で移動開始、スミカさんとルフナのマモノ退治がはじまった。
窓の外は、高速で移り変わる景色と、炎攻撃、銃弾、砲弾、ミサイルでいっぱいに。
一方のリビングでは、シェフィーが魚を前に真っ青な顔をしている。
「さ、さささ、魚がたくさんです……目を開けられないです……」
「大丈夫? 他の部屋に避難する?」
「そそ、その方が、いいかもしれないですね」
目を瞑ったまま魔法陣製作キットを持ち、シェフィーはリビングを出ようとした。
その背後で、ミィアと一緒にゲームで遊んでいたまおーちゃんがつぶやく。
「おさかな、おいしそー」
「……まおーちゃん、野菜の次に、魚が好き、だもんね……」
「そうなの〜? ならなら、今日の夕ご飯はお魚料理がいいね〜!」
「うん。おさかな、いっぱいたべたい」
純粋すぎるまおーちゃんの言葉。
これを聞いて、シェフィーの優しさとかわいい好きが暴発したらしい。
シェフィーはリビングの扉から手を離し、振り返ると、目を瞑ったまま宣言した。
「わたし、頑張ります! 頑張って、まおーちゃんのためにお魚料理、たくさん作ります!」
胸の前で拳を握ったシェフィーは本気みたいだ。
けど、やっぱり目は瞑ったままで、少しだけ腰も引けてる。
いつでも一生懸命なのはシェフィーの長所だけど、それで無理をしちゃいけない。
だから私は、とりあえず尋ねた。
「本当に大丈夫?」
「ヒトザカナ伝説はお母さんのウソだったんです! だから、お魚を怖がる理由はありません! これを機会に、お魚恐怖症を克服しようと思います!」
「そっか。よし、じゃあ私も手伝うよ」
一度やると決めたら、シェフィーは必ずやり遂げる。
なら、私はそんなシェフィーを応援するに決まっている。
ということで、私たちはキッチンへ。
ここからはお魚恐怖症克服兼まおーちゃんを魚料理で喜ばせようの時間だ。
イワシっぽい魚をまな板に置いた私は、まだ目を瞑ったままのシェフィーに言う。
「目を開ける前に、まずは包丁を持とっか。気をつけてね」
「は、はい! でも、どうして目を開ける前に包丁を?」
「武器があるかどうかで、安心感は段違いだから」
「なんだかユラさんのアドバイス、戦場でのアドバイスっぽいです!」
当たり前だよ。
苦手克服は戦場と同じくらいに厳しいものだからね。
シェフィーが慎重に包丁を握れば、私はシェフィーの肩を叩いた。
「目を開けよう」
「うう……」
おそるおそる持ち上がるシェフィーのまぶた。
べたっとまな板の上に横たわるイワシがシェフィーの視界に入ると、キッチンに悲鳴が響き渡る。
「ひっ!」
「見た目に負けちゃダメだよシェフィー! 相手はまな板の上のイワシ! 人間様に楯突くことなんて到底できない、無力で哀れで、能のない、矮小な存在でしかないんだよ!」
「ユラさん、セリフが悪役っぽいです! でも、なぜか自信が湧いてきました!」
「さあ、次は魚を切ろう! その包丁で、生態系のトップが人間様であることを、無力な魚たちに教えよう!」
「やります! やってみせます!」
震える手で必死に握られた包丁が、魚の腹に食い込んでいく。
「あわわ! ぬるぬるして気持ち悪いです!」
「それが魚の最後の抵抗だよ! でも逆に考えてみよう! 魚はその程度の抵抗しかできない、愚かで小さな能無しなんだ! 魚は無力なんだ!」
「お魚は無力、お魚は無力……ええい!」
少しずつ魚は捌かれていく。
少しずつシェフィーは魚に慣れていく。
そんなキッチンの光景を眺めていたルリとミィアは、素朴な感想を口にした。
「……どっかのアニメで、見た……あれ、悪の幹部が部下に、人の殺し方を教えてる、シーンに似てる……」
「悪の幹部ユラユラだ~!」
あんまり嬉しくないあだ名が追加されたね。
個人的には、まおーちゃんが私のことを怖がり、完全に目を合わせてくれなくなったのが悲しいよ。
とはいえ、シェフィーの魚恐怖症克服は順調だ。
1匹のイワシを捌き終えると、その後も続々とシェフィーは魚を捌き続ける。
「だいぶ、お魚に慣れてきました」
「そうみたいだね。じゃ、魔法陣を使って魚を焼いてみようか。自分の得意技で魚をねじ伏せれば、もう魚なんて怖くないって実感できるからね」
「分かりました!」
さっそくテラスに出て、炎魔法陣を使った魚の調理開始だ。
炎魔法陣が放つ炎に焼かれたイワシやサバっぽい魚は、白い煙をもくもくさせる。
さすがシェフィーの魔法陣で、炎魔法陣は魚ごとに細かく炎の調節をしていた。
焼いてる途中の魚に醤油をかければ、いい匂いが辺り一面に広がり、私たちのお腹が鳴っちゃう。
同時に、フライパンを使った魚のムニエルも作っていく。
もうシェフィーが魚を怖がる様子はない。
スミカさんとルフナがマモノ退治を終えれば、シェフィーの魚料理による夕ご飯のはじまりだ。
完成した魚料理は、ポン酢や醤油で味付けした各種焼き魚に、きのこのホワイトソースをかけたムニエル、そしてたっぷりの白米。
食卓を囲んだ私たちは、シェフィーの料理を楽しむ。
「あら! このムニエル、とっても美味しいわ!」
「焼き魚も絶品だ。米と合うし、何より焼き加減がちょうどいい」
「シェフィーの炎魔法陣、お魚ごとに細かく炎の調節してたんだよ〜!」
「……魔法での料理、すごい……」
幸せ気分でいっぱいの食卓。
シェフィーは優しい笑みを浮かべて言った。
「不思議です。あんなにお魚が怖かったのに、みなさんの笑顔を見ていると、またお魚料理が作りたくなってきました」
そしてシェフィーは、私に向かって頭を下げる。
「これもユラさんのおかげです。ありがとうございます」
「いや、私はちょっと手助けしただけ。一生懸命なシェフィーの頑張りがあったから、恐怖症は克服できたんだよ」
「……ありがとうございます!」
そのにっこり笑顔に、私も思わず心があったかくなった。
あんなに怖がっていた魚を料理で克服しちゃうなんて、シェフィーはすごいね。
さて、料理を食べ終えると、まおーちゃんがてくてくシェフィーの前にやってきた。
「シェフィー」
「おや? まおーちゃん、どうしましたか?」
「おさかな、おいしかった。ありがと」
「ふわあぁ〜、まおーちゃんはかわいいです〜!」
遠慮なく、思いっきりまおーちゃんに抱きつくシェフィー。
対するまおーちゃんは、特にこれといった反抗はしない。
もしや、魚料理のおかげでまおーちゃんがシェフィーに懐いたのか。
魔王の心まで掴んじゃうなんて、やっぱり料理パワーはすごい。