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 春の陽だまりの中、毛布にくるまってまどろむ。

「ひよちゃん? 寝てるの?」

 たどたどしい、かなたんの声が聞こえていたけれど、わたしは目を閉じたまま。

 するといつものように、小さな手のひらがわたしの髪をなで、それから頬にあたたかいものが、ほんの一瞬だけ触れた。

「ひよちゃん、起きなよ。ご飯だって」

「うーん……」

 本当は起きているのに、寝たふりを続ける。

 もっとその手で、ふわふわして欲しいから。もっとその唇で、チュッってして欲しいから。


「日和っ、起きろ!」

 突然降ってきたその声に、わたしはあわてて飛び起きる。

 夢と現実の区別がつかないまま、顔を上げると、大きなスポーツバッグを脇に置いた奏多が、わたしの前でしゃがみ込んでいた。

「奏多……」

 頬がほんのりとあたたかい。夢の中でかなたんがしてくれたキス。あれって……。

「帰ってきたよ」

 わたしに向かって奏多が言う。わたしはそんな奏多に、笑顔を見せる。

「お帰り。奏多」


 春の日差しがあたたかい、日曜日の昼下がり。縁側の先からやわらかい風が、この部屋の中へ穏やかに吹き込む。

「誕生日だね」

二十歳ハタチになった」

「おめでとう」

 照れくさそうに笑った奏多が、ゆっくりと手を伸ばす。そして肩下まで伸びたわたしの髪を、その手でそっとすくい上げる。

「髪、伸びたな」

「そう?」

「この感触、昔と全然変わらない」

 一つの布団の中で、わたしの髪を触りながら、安心したように眠った奏多。

 奏多に触れられる感触が心地よくて、やっぱり安心して眠ったわたし。

 どことなく寂しい気持ちを、わたしたちは寄り添い合いながら、二人で乗り越えてきた。

「日和……」

 奏多のささやくような声を聞きながら、目を閉じる。

 髪に触れていた指先が頬をなで、あたたかい唇がわたしに触れる。

 お互いの気持ちを確かめるように、とろけそうな舌先を絡め合った時、すぐそばで携帯の着信音が響いた。


「奏多……ちょっと待って……」

 深く息を吐きながら、奏多の体を離す。

「そんなの無視しとけよ」

「でも、急用だったら困るから……」

 携帯の画面には、会社の名前が出ている。休みの日に仕事の電話なんて、めったにかかってこなかったけど。

「もしもし?」

 ふてくされた顔の奏多の前で、電話に出る。すると聞き慣れた声が耳に響いた。

「ああ、日和? おれだけど」

「慶介くん?」

 その名前に反応した奏多が、さらにふてくされた顔つきをする。

「もしかしてそこに奏多いる?」

「え、いるけど?」

「おれのところに、あいつからメール来たからさぁ。今から日和をおれのものにするって。ふざけんなっつーの。十年早いんだよって、言っておけ」

「……自分で言ったら?」

 わたしの声に、電話の向こうの慶介くんが笑っている。

「あとついでに、これも言っとけ」

「なぁに?」

「誕生日おめでとう。だがな、お前がここまでまともに育ったのは、おれのおかげだからな」

 それはちょっと大げさだけど、でも慶介くんの「おかげ」もあると思う。

「それと、今度飲みに連れてってやるってな」

 もう一度豪快に笑って、慶介くんは一方的に電話を切った。


「なんだって? あの人」

 すねたように聞く奏多に、慶介くんの言葉をそのまま伝える。

「誕生日おめでとう。お前がここまで育ったのは、おれのおかげだ。それと、今度飲みに連れてってやる、だって」

「誰があんなおっさんと飲みに行くかよ。だいたいなんでこういうタイミングで電話してくるわけ? しかもわざわざ会社の電話使って」

「でも先に連絡したの、奏多の方でしょ?」

 お互い文句ばかり言っているけど、やっぱりこの二人仲が良いんだ。

 わたしには話さないけど、二人で時々、食事に行ったりしているみたいだし。

 奏多はわたしにできない相談を、こっそり慶介くんにしたりして、実は頼りにしてるって知ってる。


「連絡って言えば、この前風子ちゃんからメールもらったよ?」

「風子から?」

「奏多は知らないのかなぁ? 風子ちゃんね、大学で彼氏ができたんだって」

「へぇ……」

「写メも送られてきたの。彼氏はすっごく背が高くて、イケメンの男の子。風子ちゃんもすっかり大人っぽくなっちゃったし。お似合いの二人だよ」

「ふうん」

 どうでもいいような顔をしているけど、実はちょっぴり気になってるはず。

 ――とっても好きな人ができたので、やっぱり奏多くんのことは、あきらめます。

 風子ちゃんから来たメールには、そう書かれていた。

 ――二年後のことなんて、わからないものですね。

 そうだね。今になっては、二年前が懐かしい。


「あ、もうこんな時間」

「え?」

「なんか作ろ? お腹すいちゃった」

 立ち上がったわたしを見上げて、奏多が言う。

「それより、さっきの続きは?」

「ご飯が先。奏多も手伝って」

「はぁ? 日和、お前なぁ……」

「チョコレートケーキも、買ってあるの。後で一緒に食べようね」

 奏多に笑いかけて台所へ向かう。文句を言いながらも、奏多はわたしについてくる。

 今日は何を作ろうか。久しぶりに二人で食べるお昼ご飯。そしてこれからは毎日一緒だ。


 ずっと夢見ていた、春の陽だまりのようなあたたかい生活が、今日、奏多と一緒に始まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] みんな幸せそうで良かった^_^ 可愛らしいタイトルのステキなお話でした。
2023/10/09 23:10 退会済み
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