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結界都市 エトピリカのエコーズ アナザーエンド  作者: 因幡雄介
第1章 王のいない城

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かわいそうなのはどっちだ?

 城にむかう道の入り口、案内人のヨドがいた場所にまでたどりついた。



 女性が一人、立っている。



 アゲハはそれが誰なのかわかり、



「あっ! あそこにいるの、エルガじゃん」


「ああ、そうだな。でも、どうしてあんな所に?」



 カンタロウ達に気づくと、エルガはすぐに走ってきた。



 ソフィヤが無事帰ってきたことによる、嬉しさからだと二人は思った。



 アゲハは元気よく手を振り、


「ヤッホー。どうしたの? こんな所で……」




「カンタロウさん! お願いです!」




 エルガはアゲハを無視すると、ソフィヤの体をつかんだ。


 無理矢理カンタロウの背中から引き剥がそうとする。



 華奢なソフィヤは、痛さと姉の鬼気迫る態度に、困惑し、


「お姉ちゃん?」





「ソフィヤを返して!」





 埒が明かないので、カンタロウはソフィヤをエルガに渡した。


 エルガはソフィヤを抱きしめると、懐かしい匂いを鼻いっぱいに吸い込み、



「……ソフィヤ」



「ねえ、お姉ちゃん? どうしたの?」


 エルガはすぐにソフィヤを抱き上げた。


 女の力とは思えないほどの、素早さだった。





「……ごめんなさい」





 エルガは、カンタロウ達に目を合わせず、一言謝ると、そそくさと家へ帰ってしまう。



 アゲハはぽかんとして、様子を眺めていた。



 エルガが去った後、ぞろぞろと町の人間達がでてきた。


 手には剣やクワや斧を持っている。男ばかりで、女は一人もいない。


 皆殺気だった表情で、まるで敵を前にした軍隊のように、異様な雰囲気が辺りを包んだ。


「なっ、何? あれ?」




「……そうか、そういうことか。バレたんだな」




 アゲハは豹変した町の態度にたじろいだが、カンタロウは力が抜けたように冷静だった。





「やっぱりあいつだ! 剣帝国王、カストラル様を見殺しにした、無能な騎士の息子だ!」





 老兵のヨドが、カンタロウを指さした。


 ヨドは剣帝国都市グランデルにいたことがあるため、カンタロウの素性を知っていた。


 カンタロウと会ったときに感じた違和感は、それだったのだ。





「貴様のせいで、ラインベルン様はおかしくなったんだ! 昨日の夜の異常な現象も、結界が壊れたのもあいつのせいだ!」





 ヨドに同調して、中年の男達が武器を振り上げた。今にも襲いかかってきそうな勢いだ。





「でていけ! この町からでていけ!」





 老人達も唾を飛ばして、威嚇する。


「なっ、なんでよ! どういうこと!」


 アゲハは無実を訴える罪人のように、町の人達にむかって叫んだ。


「アゲハ」


「カンタロウ君! どういうことなの?」


「アゲハ、もういい。でよう。この町から」


「ちょっと! カンタロウ君!」




「俺の前を歩いてろ」




 カンタロウはアゲハを町から外へむけると、両肩を押さえ、自分の前を歩かせた。




「ぎゃはは! 死ねばぁか! 犬小屋に帰れ!」


「おい! 頭に当てれば賞金だ!」


「よしっ! やってやるぜ!」




 勢いをつけるため、酒に酔った若い男達が、カンタロウにむかって石を投げつけた。



 力加減も容赦なく、銃弾のように飛んでくる。


 ゴツンと鈍い音がし、カンタロウの頭から、赤い血が頬を伝った。




「カンタロウ君、血が……」


「いい。かまわない。俺の前を歩いていればいい。アゲハは背が低いからな、守りやすい」


「でも!」





「いいんだ。これで。いいんだ」





 カンタロウは自分でも驚くほど、落ち着きすんだ声をしていた。





 カンタロウとアゲハはいったん町を離れ、森の中へ入った。


 町の人間は追いかけてこない。


 剣を持っていたのが、攻撃の抑止力になったのかもしれない。



 アゲハはカンタロウを岩の上に座らせると、怪我の具合を見てみた。


 カンタロウの額から流れる血は、まだ止まらず流れている。


 血の滴が、点々と地面に落ちた。


「……ひどい。アイツ等、恩を仇で返すなんて! 後で町潰す!」


 アゲハはむかむかと腹が立ってきて、乱暴に吐き捨てた。


「落ち着け。そんなことしても仕方ない。それに、俺と組んでると、こんなことはよくある」


 カンタロウは自分で包帯を巻くために、布を怪我した部分に当てる。


「あっ、待って。私がやるから。じっとしてて」


 アゲハはカンタロウから包帯を取ると、頭に巻き始めた。手慣れており、すぐに巻き終わる。


「包帯の巻き方、うまいな」


 包帯が巻かれた部分を触りながら、カンタロウはアゲハを少しだけ見直した。


「どういたしまして。私を尊敬した?」


「ああ、したした」





「さて、じゃ、教えて。どうして君はあんなことされるの?」





 アゲハはカンタロウの目の前にある岩に座った。


 アゲハの青い獣人の目に、カンタロウの姿が映る。


 カンタロウはその瞳に吸い込まれそうな気がし、




「……俺の父親は、剣帝国騎士団団長だった。王の親友でもあり、憧れの人だった。これが、俺が元貴族だった証だ」




 赤眼化し、鉄の入った右手の手甲を外す。そこには、蛇のような魔物が描かれていた。





「国章血印……見たことない、こんなの」





「だろうな。この国章血印の名前は『夜刀』、角のある蛇だ。騎士団の印でもあった。今は王が変わって、廃止になっている。カストラルの血筋の者が、王になっていないからな」





 現在、剣帝国の国章血印は『ソードドラゴン』。





 剣を持った竜だ。


『夜刀』を引き継がなかったのは、その国章血印を持ったカンタロウの父が、王の暗殺者をつかまえることすらできなかったということで、汚点の印とされたからだ。


 王の血筋の者は、誰も王の後継者とならなかったため、国章の変更に反対する者はいなかった。


「それで私のこれを、国章血印だとわかったんだね」


 アゲハは手袋で隠された、右手を上げた。


「ああ。そうだ」


 カンタロウはうなずくと、森の木を見上げた。


「父、コウタロウは剣帝国王カストラルに進言しに行ったんだ。表面上は国民受けのいい王様だったが、内面では軍備を強化し、他の帝国への侵略戦争の準備をしていた。反対する官僚達を首にし、処刑までした。そのうち、暴君に、誰も何も言えなくなった。そのことで揉め、父は王を手にかけてしまった」


「えっ! そうだったの? 私が聞いたのは、暗殺者に殺されたって……」


「そう。俺も子供の頃はそう思ってた。父が王を暗殺者から守れなかった。だから処刑されたのだと」


 森の木には、くちばしの太い黒い鳥が、人間達を見下ろしている。その粒のような瞳に、感情はない。


「だが事実は違った。父は王と喧嘩し、つい殺めてしまったんだ。それを知った官僚達は、父を咎めこそしなかった。嫌ってた王が、死んでくれたんだからな。だが、王の死を、国民にどう示せばいいのかわからなかった。何せ、王は国民に慕われていたからな」


「じゃあ、もしかして、そのためにお父さんを処刑したの?」


「いいや。他国への追放が有力候補だったらしい。だが、父が、責任を取ると処刑を望んだ。そのかわり、俺達家族を助けてくれるよう願いでた。そして、あの日、外にでることを許されなかった日。父は処刑された。母は父のそばにすら行けず、ずっと、泣いていた」





 カンタロウの父が処刑された当日。





 六才になったカンタロウは、外に遊びに行こうと、靴をはいていた。


 スズが止めた。


 目元には、泣いたような跡があった。服装も、普段より地味だったような気がする。



 屋敷は静かで、いつもいる使用人も見かけない。


 やることがなくなったカンタロウは、嫌な予感がして、母の部屋に入った。


 母は畳の上で正座し、黒い着物を着て、静かに座っていた。


 カンタロウが来ると、優しい笑みで、手招きした。


 カンタロウは喜んで母の胸に顔を埋めた。母は強く息子を抱きしめる。



 母の腕の隙間から、庭が見えた。



 黄色い菊の花を咥えた、黒いカラスが、石垣の上に立っている。


 父のことを思い出し、どうして帰ってこないのか聞いてみた。


 母の顔が歪み、涙がカンタロウの目元に落ちた。



 カンタロウは父に何かあったことを知った。



「俺は何も知らなかったよ。父がどうなっていたかなんて。まだ子供だった」


「なら、どうして、こんなことになってるの?」


「官僚が父との約束を、反故にしたからだ。頭のおかしい犯罪者に家を燃やされ、借金もたてかえてくれなかった。俺達親子は山奥にまで追いやられた」


「そんな……じゃあ、どうして事実を国民に公表しないの? みんな間違ってるじゃない。このままじゃ、あなたのお父さんは王を守れなかった、無能な騎士のままじゃない」


「俺もそう言った。しかし、剣帝国がそれを公表すれば、確実に非難される。偉大で優秀な王を悪者にし、どうして無能な騎士をかばうのかと。今は新しい王をたて、政治を改革している途中だ。国民感情を損ねるわけにはいかないと、あいつに説得された」


「あいつって?」


「現騎士団の団長だ。スズ姉の仲間だよ」


 スズとは、確かカンタロウがホームシックになっていたときに聞いた、保護者のような人物だなと、アゲハは思い出した。


 仲間ということは、たぶん元騎士だったのだろう。


「罪を、かぶせられたわけだね」


「そうなるな。だが、俺は真実を聞いて、少しだけ楽になった」


「どうして?」


「――やっぱり、父はすごいなと。母を惚れさせるだけはあるなと。俺はそう思った」


 父は暴君を止めた英雄なのだと、カンタロウは今でも信じている。


 自分ではどうにもならない負の感情を、父のおかげで抑えられている。


 誰にも信じられなくとも、前向きに進むことができたのだ。




「だから耐えられるんだ。俺も、母も。こんな不条理な世の中に」




「そっか」アゲハはカンタロウの晴れ晴れとした顔つきを見て、安堵のため息をついた。


「その国章血印。捨てないの? 今後、何かと不便だよ。きっと」




「捨てられないんだ。これは唯一俺が持ってる――父親との絆だからな」




 カンタロウは手甲を元に戻し、大切そうになでた。


「さっ、話は終わりだ。行こう。たとえ誰にも認められなくても、俺達は良いことをしたさ。きっとソフィヤやエルガ、城の娘達はわかってくれる」


 アゲハに告白したことによって、気持ちが軽くなったのか、カンタロウは立ち上がると森の中を進んだ。




 その後ろで、アゲハは手で顎を触り、ニヤニヤ笑っている。





 ――へえ。なるほどなるほど。





 あまりのおかしさに、つい口から歯が覗く。





 ――国から捨てられた元貴族の子。死んだ所で、誰も悲しんでくれない。かわいそうな子。





 影無やカインに見せた、不気味な笑顔。


 笑っているようで、笑っていない表情。





 ――かわいそうな、かわいそうな、カンタロウ君。私が利用してあげる。その美形も、その強さも、そして優しさも。





 人間を飼育し、大きくなった所で食べる魔物のような瞳で、カンタロウの後ろ姿に、目を据える。






 ――我等、エコーズのために。






 カンタロウがアゲハの視線に気づいて、後ろを振りむいた。


 アゲハは普段どおりの表情に戻り、ニコニコ笑った。


「どうした?」


「ううん、なんでもない。よっしゃ、とりあえず何かおごれよ。昨日から何も食べてないからな」


「わかったよ。今回だけだぞ」


 カンタロウはアゲハの本心に気づくことなく、素朴な笑顔を見せると、また歩き始めた。


 アゲハは前進する前に、町の方を振り返った。


 木々の間から見える町は、何事もなかったかのように、そこに建っている。


 神脈結界レベル1も、きちんと発動されていた。


 ――一つだけわかったことがある。ゴーストエコーズを生みだしている人物。そいつはエコーズじゃないってこと。


 アゲハは町に背を見せ、カンタロウを追いかけ、


 ――なぜなら、そいつは、結界の中に入れる。




 黒い鳥が、一声鳴き、空へとはばたいていった。









 イデリオ城正門から、四人の若い娘達がでてきた。


 クシギ、ヒバリ、ミユ、リズの障害を持った娘達だ。


 片足のないヒバリは、クシギに背負われながら、しくしく泣いている。


「カインさぁん」


「泣くなよヒバリ」


「だってぇ」


 ヒバリの背中を、片目に眼帯をした、ミユがさする。


「いいから、泣かせてあげよ」


「そうだね。いっぱい泣くと……すっきりするしね……」


 片手が動かない、リズはしゃっくりを上げていた。


「ミユだって泣いてるよぉ。リズだってぇ」


「結局、お前達泣くんだねぇ。まあ私も泣いたけどさ……」


 城近くにある湖畔まできたとき、クシギが人の気配に気づいた。


 湖畔に建てられたカインの墓の前に、誰かが立っている。


 すでに墓からは、不吉の象徴である赤い花が、満開に咲いていた。




 ――あれ? 誰かいる……。




 髪は茶色、短パンから黒い毛だらけの足が見える。


 耳にはピアス、両手は指輪だらけ、色柄もののシャツを着ている。


 故人の墓の前に立つには、あまりにも軽装すぎる。





「クハッ、残念だなぁ。俺の好みだし、せっかく神獣をうまくコントロールできる奴だったのになぁ」





 墓の前で、何かをしゃべっている。


 太陽の光で輝く湖の中、それはとてつもなく違和感があった。




 ――男? 見たことない奴だ。




 何とか性別は判別できた。男はまだ何かをつぶやいている。





「クハハッ、まっ、いっか。この世界から逃れたかったようだが、人を捨てたお前は――一生この醜い世界を回るだろうさ」





 男がクシギに気づいたのか、こちらをむいた。


 その顔は猿のようなシワがあり、若いが年寄りのような印象を受ける。


 男はクシギにむかって、鋭い歯を剥きだしてニヤリと笑った。






「まあ、それでも、見えない檻に気づかず、喰われるために生かされている現実よりかは、マシかもな、クハハッ」






 クシギの背中に悪寒が走った。



 ――あの両目、まさか。



 悪寒の原因はその両目。赤く、血のような、獣の目。右目下に、神文字はない。



 ――エコーズ……。



 あまりの緊張感からか、ゴクリと唾を飲み込んだことさえ、忘れていた。


「どうしたの?」


 ヒバリがクシギに声をかける。


 クシギは我に返ると、もう一度湖畔に視線をむけた。


「えっ? あっ、あれ?」


 男はすでに、風のように消えていた。

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