第九話 王の御前で失礼しました
毎週更新はむずかしいですね。もっと細かく分ければ可能かもしれないですが、ここまでは書きたい、という場面もあって。今後も週一を目指しますが遅れるかもしれません。まだまだこれから、のつもりなので、気長にお付き合いください。
威力偵察のついでに砦を破壊して親玉を追っ払ったので、アバルーン城の当面の危機は去ったことになると思う。こいつは俺の勝手な思い込みじゃなくて、城主や騎士団の面々にとっても同じことらしい。
四人の短い協議の結果、ホーリックが兵士百名とともに残り、あとは首都へ帰投するとのことだ。シュタークが報告書をハトに付けて飛ばした。
「ハウアー殿のことも報告いたしました。ご一緒に王都へおいで下さい。これほどの功績です。聖騎士としての仕官、私がお約束できることではありませんが、確実でしょう」
シュタークの報告書に、俺の功績がどれほどの装飾語で盛られているかは想像できないな。
この国で身を立てることを選んだのだから、王都へ行って、それなりの地位の人物に会わなきゃならないだろう。騎士団員のシュタークに紹介してもらうのが良さそうだから、彼の言う通りついていくことにしよう。シュタークの妹のレイナも帰投するグループに入っていたのは不安だったが。
「都までは、三日の道のりです」
一団の先頭で馬を並べて進むシュタークが話しかけてきた。
「デテクトイビル」
「案外近いんだな」
俺の返事より先に男性アナウンサー声がした。さっきから俺は、定期的にスキル発動している。
騎士団の騎士二人と、兵士二百人の集団の脅威となるものが街道沿いにいるわけはないのだが、俺は、それなりのポジションの魔族らしい女に恨みを買っているわけで、用心にこしたことはないだろう、回数制限や疲労蓄積はないようだし。
「それにしても神様はなんであなたにそんなにスキルを持たせたのかしら」
レイナが馬を横に並べながら、俺に訊いたようだった。彼女的には「あなたなんかに」と言いたそうな口ぶりだった。
「さあね。司祭長にも、なにか使命をいただいていないか、と訊かれたけど、そんな話は聞いてないんだ」
「司祭長、って、大賢者ハウアーをそんなふうに呼ぶの?」
言われたって、大賢者って呼ばれてるなんて知らなかった。
「あちらでは、司祭長とお呼びするのが一般的です」
俺の代わりに後ろからついてくるヴォルトックが答えてくれた。
レイナは頷いている。俺以外なら突っかからないらしい。
道中は安泰で、シュタークにいろいろと王都や王国のことを聞かせてもらった。
シュタークたち騎士団の騎士は、軍隊の将校にあたり、兵卒を率いて戦う。騎士団という騎士だけの部隊があるわけではないそうだ。聖騎士も騎士団の騎士と同じ扱いで騎士団に所属することなるそうだ。だからもし、新たな聖騎士になるということなら、任命式には国の主だった役職の者とともに、王都に居る騎士団の面々が出席することになるそうだ。騎士団の中には、よそ者である聖騎士を快く思わない者もいて、シュタークはそういうやつらが俺に突っかかってくるんじゃないかと心配していた。
「功績と強さからすれば、ハウアー殿が聖騎士となられるのは当然のことなのですが、騎士の中には自分たちが否定されたと感じる者もいるようなのです」
王都は岩山をくりぬいて作られた王城を中心に栄える城塞都市で、現王クリストラトス四世は昨年王政奉還を受けたばかりの十八歳の若い王で、戴冠した五歳から十七歳までの十二年間は、摂政グウライトが国を治めていて、今も宰相として執務のほとんどを行っている。王への求心力はまだまだこれからというところなので、王が任命した聖騎士が活躍することが期待される状況になるだろう、ということだ。シュタークはどうやら、王を推す立場のようで、俺ならば王への求心力を高めるような聖騎士になるだろうと期待していた。
「エルは子供の頃から聖騎士に憧れていたから、いつか自分が任命できるときをずっと待ってたのに、初めての聖騎士任命相手がこんなのだなんて」
夜営の食事時に三人で火を囲んでいるときに、レイナが言った。こんなの、というのは俺のことだな。エルっていうのは、じゃあ、王様のことか?
「レイナ! いくら幼なじみでも、人前では王をファーストネームで呼んではダメだ!」
シュタークが慌てて嗜めたので、状況は分かった。
「でも、エルンスト・デ・クリストラトス四世におかれましては、わたくしがエルと呼ぶことを咎めたりなさらなくてよ」
レイナは、悪びれずに言った。
「そりゃあそうだろうよ。騎士団に入ったりしなきゃ、いまごろ王妃になってただろうからな」
おいおい、なんだ、そのとんでも情報。
「エルがわたしにプロポーズしたのは皇太子の時よ。まだ四つ。あんなの時効です」
「そっちじゃなくて、一年前の、お前が騎士団入隊の推薦を受けようとしたときの夜だ。王がお忍びで会いに来て、うちの庭の大理石の東屋で大声で言い合ってた話のほうだ。『私のために、騎士団に入るのはやめておくれ。君を危険な目に合わせたくない』っていうのはりっぱなプロポーズだろうが」
へぇ。王様はレイナに惚れてるのか。
「それは『あなたのためじゃなくて国のために戦う騎士になるんです』ってお断りしたわ」
で、レイナはその気がないわけだ。さらに眉を八の字にしたレイナが続ける。
「わたしは実力を買われて、騎士に推薦されたのよ。彼のコネじゃなくて」
「だから! おまえを推薦したドリーデット伯爵には年頃の娘がいて、その娘を妃に推したかったから、お前が邪魔だったんだよ」
なんだかドロドロした宮廷の話になってきたな。ちょっと話を戻そう。
「現王が聖騎士を任命したことがないって、在位は十三年になるんだろう? 聖騎士って最近いなかったのか?」
ひょっとして現役はいないってことなんだろうか。
「去年までは摂政が任命してましたからね。現役の聖騎士は三人いらっしゃいます。現王が自ら任命することになるのはあなたが最初です。伝説の三つ星聖騎士ダッカー・フレイトルの鎧をまとった七つ星の聖騎士。王の初めての任命の相手があなただというのはすばらしいことです」
シュタークにとっては、俺はもう伝説の英雄級らしい。
三日目の夕方、夕日に照らされた王都の城壁が見えてきた。今まで見たどの城壁よりも立派で高さがある。この城壁ならゴーガンのゴーレムは跨げなかっただろう。そして幅は、左右見渡す限り、およそ四キロは続いているように見える。巨大な建造物だ。
中央には、大きな門があり、その向こうに城が見えている。複数の塔によって成り立つその城は、どっしりしたイメージだが、シュタークが言っていたような、岩山をくりぬいて造られた城には見えない。どういうことだろう。
一隊がたどり着くと、門は大きく開かれた。中にはぎっしりと建物があって、華やかな飾りの店には商品があふれ、人口も俺が転生して来たトロンダプトの町よりもはるかに多い。街中を王城へ向かうと、塔の土台部分が見えてきて、やっとシュタークの説明と一致した。土台部分は周囲の地層が侵食されて平原に取り残された溶岩ドームだったのだ。直径が二百メートル。高さが百メートルほどのお椀を伏せた形の岩の塊だ。それをくりぬいて、あちこちに窓やテラスを作っている。いかにも堅固そうな城だ。
城に入ったころには陽が沈んでいた。休む間もなく、王の間に呼ばれることとなった。評定が行われるとのことだ。
その広間は、天井の高さも含めて、大きな体育館といったサイズだ。岩山をくりぬいた部分の一階にある。くりぬいて作っているので柱がない。壁や天井は様々な装飾が施されている。すでに大部分の出席者たちがそろっているようだった。ざっと三百人くらいだろうか。出席者の居場所はかなり偏っている。
広間の後ろ半分ほどにぎっしりと立っているのは、騎士たちと、お貴族様たちらしい。騎士は鎧をつけていて、それが正装ということのようだ。貴族はいかにも貴族らしいきらびやかな服装でだった。騎士はその集団の右半分の百五十人ほどで、きれいに整列している。貴族たちは左半分で、おおざっぱに並んでいる。
彼らが立っているのとは反対の、スカスカのスペースの端。おそらくはこの広間の前方にあたる部分には玉座があり、その両側にまばらに立っている人が数人いる。王の側近や国の重鎮たちといったところだろうか。玉座は空いている。
俺が通された扉は、そのスカスカ部分の横から入る扉だった。入った瞬間に、玉座の横にいるうちの一人が書類を見ながらよくとおる声で言った。
「トロンダプトのオリアルト・ハウアー殿!」
広間の人々の視線が俺に集中する。とりあえず、玉座の正面にあたるところまで進み、玉座に向かって立ってみた。背後からの視線が痛い。シュタークやレイナ、三人いるという聖騎士たちも、あの騎士の列に並んでいるんだろうか。
さっき俺の名を呼んだ人物が、さらに大きな声で言った。
「国王陛下のおなりです」
俺の後ろで、鎧と衣擦れの音がする。三百人が姿勢を正す音だ。なんらかの決まったポーズがあるのかもしれないが、事前に教えられていないし、今振り返って確認することもできない。とりあえず、気をつけの姿勢になり、頭を下げておくことにした。直接見ないほうがいいんだろうから、視線を床に落とした。
後で聞いたら、後ろの面々もその姿勢だったそうだ。
前方で、衣擦れの音が左から中央へ向かって進んでいく。玉座に座ったような気配があった。俺の後ろでは再び三百人がいっせいに姿勢を治す音がした。おそらく顔を上げたのだろう。だが俺は、頭を下げたままにすることにした。時代劇にあるような「面を上げい」とかいう命令があるまで伏せておけば失礼には当たらないんじゃないかな。待っていたセリフは正面から聞こえた。王自身の声らしい。若くて張りがある声だ。それでいて、親しみが感じられる。
「オリアルト殿、顔をあげられよ」
顔を上げると、正面に若い王が座ってこっちを見ていた。なかなかの美青年だ。だが、ひょろひょろではなく、スポーツ選手のようにがっしりとした体格をしている。自らも戦う準備を普段から怠らない王なのだろう。
「シュタークからの報告は読みました。さきほど本人からも推薦の弁を受けましたが、えらく気に入られているようですね」
王は笑っていた。
「はっ!」
かしこまって答えたが、声が裏返りそうだった。
「聖騎士を目指してこの国に来られたというのは本当ですか?」
「はい!」
「わたしの臣下の称号だということは知っていますか?」
「はっ!」
ここでしばらく間がある。
「それではあなたを、聖騎士として召抱えることにします」
ここで王は声の調子を変え、この広間の全員に呼びかけるように言った。
「異議のある者は今申し出なさい。今申し出ないなら、これ以降は沈黙するように」
ガチャリ、と鎧が動く音がする。ここは振り返っていいんだよな。騎士の列の前から二番目あたりにいる騎士がガントレットに包まれた右手を上げている。
「オーダック卿。何か?」
王が問う。呼ばれた四十絡みの騎士は前に進み出る。
「ハウアー殿の功績は聞き及んでおりますので、聖騎士になられることに異議はありません。ただ、王が禄高を宣言なさる前に、ハウアー殿の強さ、この場にて確かめさせて頂きたい」
王がうなずくと、彼は、王から見て俺と並ぶ位置まで進み出てきた。そして、俺に呼びかける。
「わたくしは騎士団の剣術指南を務めるオーダックと申します。ここには治癒の者も控えておりますので、真剣での勝負を所望します。ただ、あなたはフレイトル卿の装備を身につけていらっしゃるようなので、その腰の聖剣では人を傷付けられますまい。長物をご用意なさい」
え? この剣ってそういう剣なのか。ま、どうせ、どんな武器でも人への攻撃は当たらなくなるスキルが発動しちゃうんだが。誰かに促されたのかヴォルトックが俺のハルバートと盾を持ってきた。盾は相手も持っていないので断り、ハルバートだけを受け取る。
オーダック卿が剣を抜いて両手で構えた。こっちのハルバートはおそらく二十キロはあるんだろうが、俺にとってはせいぜいリレー走のバトンくらいの軽さなので、右手でペン回しの要領で派手に回して見せてから刃を下に向けて構える。
「申し訳ないですが、この場は狭すぎて、わたしにはあなたを攻撃するすべがありません。かわりに、好きなだけ打ち込んでください」
これを聞いたオーダック卿が鼻で笑った。騎士団や貴族連の中からも笑い声が起きた。
「この場が狭すぎるとは、これはまたスケールが大きな言い訳ですな」
オーダック卿の言葉に反論の声を上げたのは、意外にも騎士団の列の中にいたレイナだった。
「オーダック様、彼の言葉はまことです。彼のスキルが本気で発動されたら、この広間も城も無事ではすまないのです。わたしはこの目で見ました!」
うーむ、これは、俺のことを悪く言っていいのは自分だけよ、的な、いじめっ子の独占欲みたいな感覚なのだろうか。彼女の気持ちは理解できない。まあいいや。
「わたしからは、ただひとつ、これはわたしに敵意を向けられてのことではなく、我らはお味方同士、そういうことでよろしいですね」
大事なとこだ。スキルの対象かどうかの。
「もちろん、アバルーン城を救ったあなたを敵だなどとは思っていません。打ち込んで来いというなら、わたしから参ります、よ!」
言葉がおわらぬうちに突進してくる。もしもあれに切られても、キュアシリアスは善悪関係なく発動するだろうから、と、受けは放棄して待つ。
「フレンドリーファイアー・キャンセラー」
スキル発動が来ないのかと思ったぜ。でも、これで安心だ。オーダック卿は剣の間合いまで踏み込むと、俺の胴を横に薙ぎ払った。ハルバートで受けるのでもなく、避けもしないことに驚いたかもしれないが、その太刀筋に迷いはない。剣は素振りしたように抵抗なく俺の胴をすり抜けた。
彼は一歩下がって自らの剣と切れていない俺の胴や鎧を見比べている。それもつかの間で、意を決したように剣を持ち換え、今度は突いてきた。これもまた、無双系のアクションゲームで味方兵に切りつけたように、画像上は交わるのだが、当たり判定がない。突きを何度か繰り返したのち、彼はまた切りつけはじめた。騎士団のあたりがざわついている。
ころあいだろうか。
これは、握手だ。攻撃じゃなくて、手を握るだけ、と自分にまず言い聞かせ暗示を与えたのち、彼が切りつけてきたときにその剣を持つ手を空いた左手でつかむ。
がしっ。
よし、つかめた。暗示成功だ。
切っ先は俺のへそのあたりに収まったままだ。俺はつかんだ手を引き寄せる。
まるで、自分にもっと深く剣を刺し込ませるように。実際にはすり抜けているわけだが。
剣が根元まで刺さっている画になったあたりで呼びかける。
「わたしの周りでは、わたしの味方の剣は邪悪な魔物以外を傷つけることはないのです」
オーダック卿は息を弾ませながら、信じられないという表情で俺の目を見つめていた。
「悪に捕らわれた者がここにいれば、あなたの剣は威力を示すことができるでしょうが」
「デテクトイビル」
ここで、スキル暴発が起こった。連想がスキル発動につながったんだ。やばいな、これって失礼な行為になるんじゃないか。
だが、しかし、デテクトイビルは思わぬ結果を示した。玉座の向かって右の天井の隅に反応があったのだ。
そこに魔物の姿は見えないのだが、デテクトイビルの光が、いつものようにそこにいるイビルな生き物のアウトラインを浮かび上がらせて光った。
コウモリのような羽根、二本の角と大きな牙のシルエット。
デテクトイビルの光が消えると、また、広間の隅は無人に戻る。
「デテクトイビル」
もう一度、今度はさっきの場所から壁を這うように移動している。どうやら、おれやヴォルトックが入ってきた入り口が開いたままになっているところから逃げようとしているようだ。
「デテクトイビル」
さらに進んでいる。
逃がすものか!
手に持ったハルバートを見えない敵に向かって、位置を予測して投げつける。俺にとってはリレー走のバトンほどの重さのハルバートは横に回転しながらまっすぐ壁に向かって飛んでいき、壁の手前でなにかに刺さって宙に浮いたまま止まった。そして、
「ボーナスダメージバーサスイビル」
斧状になった部分でなにかが弾けた。同時に緑色の魔物の姿が浮かび上がる。右の脇腹にハルバートが当たったらしく、右の脇腹は吹っ飛んで欠けてしまっていた。
ハルバートと魔物が床に落ちてくる。ハルバートは金属音を広間に響かせてその重さを知らしめ、魔物は、どちゃり、と水音のようなものを立てて、そのダメージを知らしめる。
まだ動いている。出口に向かうつもりのようだ。羽を広げて、飛ぶつもりか?
俺はスタスタと近づいて、意識をやつに集中する。よし、射程圏内だ。
「ホーリーファイアーバースト」「ガン!」
ピアノの低音部の鍵盤を拳で叩いたような音が広間に響き、青白い炎を上げて魔物が燃え上がる。こっちを恨めしそうな目で睨みつけてきた。
「ホーリーファイアーバースト」「ガン!」
二度目で、やつの羽根がぼろぼろと灰になって崩れた。これには既視感があるぞ。ゴーガンのときの、とどめの前の一撃だ。つまり次は、
「ホーリーファイアーバースト」「ガン!」
やつの身体は燃え上がり、シルエットがぼやけて黒くなり、燃えカスの灰が広間の床に山を作った。
広間の三百人ほどが一斉にしゃべり始めてざわついた。剣を右手に持ったオーダック卿が、灰の山に近づき、目を見開いて見下ろす。絞り出すような声でしゃべり始める。
「こいつは、ガウツという魔将です。先月のトーリッツ渓谷での戦いでは、こいつの姿を消した攻撃のせいで、兵士や仲間の騎士が二百人以上命を落としました。あんなに手こずった相手を、あなたは、いとも簡単に葬ってしまわれた・・・・・・」
後半は、顔を挙げて俺の方を見ながらだった。潤んだ目には、シュタークのときと同じような、尊敬の念が籠っているようだ。彼は剣を床に置き、跪いて頭を垂れた。俺に対してだ。
「さきほどの非礼をお許しください。あなたはまぎれもなく救国の聖騎士だ」
うまくいったようでもあり、面倒な信者が増えただけのようでもあるな。