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プリュヴィオーズ④・対策会議

 あの後当然学園で大人しく授業を受けられるわけもなく、わたしはアルテミシアに色ボケした攻略対象者の担任レオポルドに早退すると一方的に言い放っておいた。その間にクレマンティーヌ様が馬車を段取りしてくださった。


 迎えに来てくださったクロードさんは失意のどん底に叩き落とされたジャンヌを目の当たりにしても動じなかった。……いや、正確には一瞬だけ怒髪天を衝いていたし、ここまでジャンヌを追い込んだ相手への殺意を漲らせていた。それを押し殺したのだから侍女の鏡だ。


 オルレアン邸に着いて急いでジャンヌを部屋へと連れていく。途中ですれ違う使用人方は誰もが憔悴した様子のジャンヌに言葉を失っていた。クロードさんはお父様とお母様に報告するからと別れたので、本来この時間は別の業務に携わるリュリュに手伝ってもらった。


 で、ジャンヌをベッドに腰掛けさせたわたしはすぐさま立ち去ろうとしたのだけれど、袖口をジャンヌに掴まれてしまった。言葉こそ無かったけれどその悲痛な眼差しからは「一人にしないで」との懇願が現れていた。


「で、このまま泣き寝入りさせるつもりですの?」

「勿論そんなつもりはないかな」


 テーブルの傍から椅子を持ってきて腰を落ち着けたクレマンティーヌ様は苛立ちから指で自分の組んだ腕を叩いていた。アルテュールも席を外そうとしたのでわたしが呼び止めて、今は傍のソファーに腰を落ち着けている。本当ならジャンヌをそっとしておきたかったのでわたしの部屋に移動したかったのだけれどね。


「言いたい事が山ほどありますが、まずはカトリーヌ様の意見をお聞きしたいですわ」

「なら遠慮なく。まずは二人には聞いてもらいたい話があります」


 それからわたしはつい先日のシャルルとのやりとりを簡潔に説明した。出来れば二人を巻き込みたくはなかったのだけれど、きっとジャンヌの助けになってくれると思ってだ。

 怒りに満ち溢れていたクレマンティーヌ様は徐々に困惑へと表情を変えていった。


「ちょっとお待ちになって。では王太子殿下はいずれこうなってしまうと分かっていて、そしてかろうじて残っていた感情を捻出してカトリーヌ様にジャンヌ様を託したと?」

「まさか数日の間に更に悪化するとは思ってもいなかったです……」

「アレは異常ですわ……。浮気だの心変わりだのという領域ではござませんでした。もっと恐ろしい何かが王太子殿下の身に降りかかったとしか考えられませんわ」

「王妃様やお母様もそのように考えているみたいです」


 アレだけ一途にジャンヌを愛していたシャルルがああもあっさりと捨て去る光景は今も信じられない。そしてどうしても『双子座』でメインヒロインになびいたようにアルテミシアの魅力に惹かれたとも考えられない。


「それにしてもあの小娘は恥知らずにも堂々と王太子殿下に取り入ってっ。不埒にも程がありますわ!」

「王太子殿下の変貌に付け込んで言葉巧みに誘惑したのでしょうか?」

「いや、多分そんなものじゃあないと思う」


 わたしの断言にクレマンティーヌ様とアルテュールの視線がわたしに注がれた。


「カトリーヌ様は王太子殿下を襲った異変すらあの女の仕業だとお思いですの?」

「十中八九は。けれどその手口までは分からない」


 クレマンティーヌ様が息を飲んだ。それはシャルルを手中に収めたアルテミシアへの怒りからではなく、殿下の心を閉ざす程まで追い込んだ彼の伯爵令嬢の恐ろしさからくるものだろうか。クレマンティーヌ様とアルテュールの表情が段々と深刻身を帯びて険しくなっていく。


「アンリ様方を射止めた話術と見透かしの延長、ではなさそうですわね」

「アンリ様方の攻略……もとい、仲を深められたのはアルテミシアが彼の方々個人個人の内面を把握していたからかな」

「ですが既にジャンヌ様に惹かれていた王太子殿下は決してアルテミシアに魅了されないでしょう。如何なる言動をもってしても全く揺れ動かない筈です」

「だから単にアンリ様方のような近づき方をしたんじゃあない」


 私世界で『双子座』をやり込んだアルテミシアにとってアンリ様方の事情やお考えは手に取るようにわかる。彼らの悩みを解決し、親身になり、彼らが好む振る舞いをするのは難しくない。結果がつい先ほどのように男友達を侍らせる構図の出来上がりだ。

 一方のシャルルはジャンヌが攻略済みだ。ただでさえ近寄っては退いて焦らせに焦らせたジャンヌにシャルルは『双子座』でのメインヒロイン以上にジャンヌの虜になっている。もはや依存と表現しても構わない。アルテミシアなんて馴れ馴れしく鬱陶しく近寄る女子程度の認識でしょうね。


「言動でシャルル殿下の気を惹けないなら、後は彼女だけが持つ才能を使うしかない」

「才能って、まさか光の魔法の事を仰っているんですの?」

「王立図書館司書のダミアンさんが関連書物を借りたって言っていたから、間違いなく」


 だからシャルルが変調をきたしだした聖誕祭で何らかの魔法をかけられた、と考えるのが妥当だと思う。薬だとか洗脳の類って可能性も無くはないけれど、それなら王宮勤めの医師や魔導師が必ず気付いている。やはり神様の奇蹟と呼ばれる光属性魔法が消去法で残るんだ。

 ところがクレマンティーヌ様は眉をひそめて首を横に振った。


「在り得ませんわ。人に害意を成すなど神より授けられし光の魔法では到底成し得ません」

「洗脳、誘惑など魂や精神への干渉はむしろ闇の魔法が専門ではないかと」

「……そこがどうしても分からないの」


 そう、そこが問題なのよねえ。私も光の魔法は人の体や心の傷を癒し、そして救済する神の御業の一端だって考えだ。何処をどうちょっと応用したらあんな風に悪影響を与えられるのかがサッパリだ。

 ただ今起きている現象を整理してある程度推察するぐらいは出来る。まず感情の起伏の消失がアルテミシアの仕業だと仮定する。すると愛も無くなるからジャンヌへの想いも無くてしまう。で、そこにアルテミシアが擦り寄って……あれ? それならアルテミシアも眼中にないんじゃあ?


「あの女が自白していたではありませんか。自分にだけは心を開くようにしたと」

「じゃあ自分だけ対象外にしていると?」

「何もかもが色褪せてしまった世界の中ただ一人いつものままでいる。殿下にとってはさぞ救いになった事でしょうね」


 程よくジャンヌに情熱も興味も失ってからアルテミシアはシャルルに甘い言葉を囁く。そうしてシャルルの心の全てを自分に振り向かせたわけだ。結果が今朝の一幕。もはやあのシャルルの瞳にはアルテミシアしか映っていないのでしょうね。

 何て卑劣な、と憤りを覚える反面、ではどうやって解消しようかで大いに悩んでしまう。


「魔法の打消しはさすがに専門外ですの……。むしろ本当に光の魔法の影響下にあるとしたら宮廷魔導師すら手出しが出来ませんわ」

「カトリーヌ、私の母上への干渉を打ち消したように闇の魔法でどうにかは?」

「アレは何となくどんな傾向の魔法か分かったから無効化出来たんであって、どんな魔法が施されたかも分からない以上、下手にやると殿下を傷つけるだけだと思う」

「まずは王太子殿下の変化の要因を探るのが最優先ですのね」


 現状の整理が出来た所で次は今後の対策でしょう。放っておくとあのままアルテミシアはシャルルを攻略してしまいジャンヌの断罪一直線だ。早急に動き出さないと間に合わなくなる。


「わたしはまずアルテミシアが借りたって言う光の御子の記録が返却されたか王立図書館に行って調べようと思う」

「ちょっとお待ちになって。そうやって探られないよう延滞している可能性が高いんじゃあございませんの?」

「……その辺りは任せてもらえないかな?」


 わたしは部屋の片隅で待機していたリュリュに視線を向けた。どうやら彼女もわたしの意図を察してくれたらしく、優雅に会釈をして部屋を後にする。ここは非合法手段に打って出るしかないでしょうね。具体的にはオルレアン家の手の者に調査してもらうしか。


「わたくしは学園に戻りますわ。あの女の事ですもの、ここぞとばかりにジャンヌ様の悪評をある事無い事広めて回るとも限りません。幸いにもわたくしは多くの方々と交流を深めてまいりましたし、ある程度は抑えられるでしょう」

「……ありがとうございますクレマンティーヌ様。何と申し上げてよいか」

「お礼は結構ですわ。わたくしはわたくしの好きなようにやっているだけですもの」


 クレマンティーヌ様は優しさのこもった笑みをこぼしながら立ち上がり、俯くジャンヌの頭を軽く撫でた。これにはさすがの今のジャンヌでも驚いたようで、目を丸くしてクレマンティーヌ様を見上げる。


「こんなに気落ちしたジャンヌ様では張り合いがありませんものね」


 気高い侯爵令嬢はそう言い残して部屋を後にしていく。その去り様もなんと堂々としたものか。


「私は別の線からアルテミシアの魔法が何なのかを探ってみたいと思います。アランソン家や司法府に残された資料から見つけ出せれば良いのですが」

「ごめんなさいアルテュール。こんな事に巻き込んじゃって」

「いえ。もし私が王太子殿下の立場だったらと思うと怒りを禁じ得ません。それに一刻も早く殿下を悪夢からお救いしなければいけませんね」

「悪夢、か……」

「愛した女性を愛せなくなりその元凶に心奪われる。男にとってこれ以上の屈辱はありません」


 アルテュールもまた立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。その背中はとても頼りがいがあって、そしてあまりの迫力に怖いとも感じた。もしアルテュールがわたしへの想いを失ってしまったら……よそう、ほんのわずかに考えるだけでも胸が張り裂けそうだ。

 わたしは改めてジャンヌの方へと振り向いた。彼女はわたし達がこの事態を乗り越えようと前向きになっているのを目の当たりにして先ほどよりも回復してきているようだった。それでも明らかに心は不安定なようで、わたしを見つめる眼差しはまるで縋るようだった。


「わたしはジャンヌには休んでほしいと思ってる。どうする?」

「お願い……連れて行って。一人はもう嫌……!」

「……分かったよ。じゃあ一緒に行こうか」

「……うん、ありがとう」


 わたしはジャンヌに手を差し伸べる。ジャンヌは震えた手でわたしの手を掴む。

 さあ、ここから挽回だ。

今回でまさかの百話到達みたいです。

もう少しだけ続きます。

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