8-5
あの日。
四年前の、雨の日。
灰色の世界の中で、黒いレインコートを着たその男は笑っていた。
子どものように無邪気な顔で。
そこに一端の悪意も感じられない。
ただ無邪気に、ままごとでもするかのように。
仰向けに倒れたハルの背中は、コンクリートに溜まった雨で浸されていた。
壊れた笑い方をしながらその体に男は跨り、ハルの右手首の傷にナイフを落とす。
もう何度抉られたか分からない傷口から吹き出した血液が、病的なまでに白い男の頬を赤く染める。
男は満足そうな顔で頬の赤を指で拭うと、真っ赤な舌にそれを塗り、蜂蜜でも舐めているかのように笑う。
男はゆっくりとハルの上から降りる。
レインコードのフードに溜まった雨水がバシャっと地面に落ちてハルの頬にはねる。
その頬を拭いながら恍惚の表情でハルを見下ろすその顔は、まるで自信作を描き上げた芸術家のようだった。
感嘆の息をつきながら、男はハルの全身を舐めるようにして目を這わす。
そうしてその顔に、再び満面の笑みを浮かべた。
「あぁ。
綺麗だ。
綺麗だね、ハル君。
君は本当に美しい」
男は言いながら一歩下がって、倒れたハルの身体を鑑賞するように、さらに目を凝らす。
「ここから見るとね、雨で手足の血が広がって、まるで蝶々の翅みたいで、もっともっと綺麗なんだよ。
綺麗な蝶々の磔だ。
君にも見せてあげたいよ」
うっとりした声で、男は言う。
そして少し考えるように笑いを止めて、次に殊更楽しそうな声で笑う。
「あぁ、君の名前は『青』って書くんだよね。
面白いな、青い蝶々か」
男は再びハルの体の上に屈み込み、その耳元に口を寄せる。
雨が叩きつける音の中を抜けるようにして、彼はハルに囁く。
「ねぇ。
青い蝶々なのに、翅は赤いんだね」




