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7-3

 すっかり日は落ちた。

 クーガが正しければ、この写真は『BlueButterfly』にとって大切な『忘れ物』のはずだ。

 それなのに未だ現れない相棒に、武井崎は違和感を覚えた。

 なにかこの場所に来ることが出来ない理由があるのだろうか。


 一日中ただただ待つというのも、なかなか体力と気力を使うものだ。

 これ以上待っていても無駄かもしれない。

 また明日ここに来ることにしようか。


 武井崎がそう思った矢先だった。


「!」


 ガタリと倉庫の古い扉が動く。

 風の音ではない、明らかに人の力が加わった音だ。


 武井崎は慌てて身をかがめて息を潜め、鉄の重苦しい扉に目を凝らす。

 目を扉から離さず、持ってきた目出し帽を片手で被る。

 『Ripper』としてネイビスのプレイヤーたちを、そして後藤文一を襲った時の格好だ。


 ギギっ……と鉄と砂が擦れるような音とともに、薄く横に扉が開かれる。

 扉が開いても光はほとんど入ってこない。

 開いた薄暗い空間に、一つの影が浮かぶのが見えた。


 武井崎はその影を注意深く観察する。


 あまり背丈は高くない。いや、それどころか武井崎に比べてかなり小柄だ。

 これならば競り負けることはないだろう。

 彼は直感でそう確信する。


 入ってきた人物は人の視線を気にしてか、滑り込むように倉庫の中に身を入れると、後ろ手で扉を閉める。

 どうやら中にいる武井崎には気づいていないようだ。


(よし、今だ)


 完全に扉が閉まった瞬間を見計らって武井崎は影の前に躍り出て、手に持っていた懐中電灯で目の前の人物を照らす。


「だ、誰!」


 影はビクリと震え、向けられた光から目を庇うように顔の前に手をかざす。


「てめぇは……!」


 その姿を見て、背丈が低いのに合点がいった。


 現れた人物は、白いブラウスの上から暗い色のスーツを着込んだ女だ。

 光に照らされた顔に、武井崎は見覚えがあった。


(こいつ、この写真に写ってる女か。

 しかもこいつは、確か……)


 そう、彼女は武井崎の手の中にある写真に写った、二人のうちの一人だった。

 見覚えがあるのは、写真の中だけではない。

 実際に彼自身も何度か見たことがある人物だった。

 話したことはないが、噂でも最近よく耳にする人物。


「てめぇ、教育実習の……」


 ショートカットの髪と、アーモンド形に吊上がった目を持つ若い教育実習生。

 同級生が可愛い顔をしていると噂していた。

 確か名前は畑山歩、といったか。

 写真に写る彼女は数年若い姿で、まだ陽光学園の制服を着ていた。


 武井崎にとっては予想外の人物だった。

 陽光学園の人間だとは思っていたが、まさか教員側で、しかも女だったとは。 

 だがそれならば、この時間まで現れなかったのも納得がいく。

 生徒ならばともかく、教育実習生の身分で学校を抜け出すことは難しかったのだろう。


「お前が『BlueButterfly』、か?」


 ライトを向けたまま短く問うが、彼女は横を向いて答えなかった。

 うつむいた顔は影を落として、表情が読めない。

 武井崎はその沈黙を、肯定と受け止めた。


「俺のことを利用しやがったな。

 俺の影に隠れて、このゲームをクリアしようとしてたんだろ?

 てめぇも犯罪者のクセに。

 このまま、ただで済むとは思ってねぇよな?」


 威嚇するようにライトを畑山の顔に向け、睨みつける。

 だが意外にも、彼女は怯みながらも真っすぐに目出し帽から覗く目を見返す。

  

「『BlueButterfly』……利用?

 一体何を言ってるの、貴方。

 私は生徒がコードハントで事件に巻き込まれたというから、様子を見に来ただけ。

 貴方は……陽光生ね。

 こんなところで何をしているの?」


 武井崎が畑山の言葉の真偽を図りかねる。

 本当に彼女は『BlueButterfly』なのか。

 それとも彼女の言う通り、教員としてこの場所に来たのか。


 しかし、すぐに手に持った写真の一枚を思い返す。

 こいつは、これを取りに来たのだ。

 自分の罪が写ってしまった、『忘れ物』を。


「バックレてんじゃねぇぞ、センセイよぉ。

 てめぇは自分の犯罪がバレるのが怖くて、俺を利用してプレイヤーを脅していたんだろうが。

 てめぇが一番初めにクリアすりゃ、てめぇの犯罪は誰にバレねぇもんな。

 つーか、あわよくばネイビス自体が中止になればいいと思ってたんだろ?」


「だから、何を言ってるの。

 コードハントのことは知っているわ。

 でもそれだけ。

 『犯罪』とか『バレる』とか、意味が分からないわ」


 心なしか畑山の語尾が鋭い。

 その言葉に、焦りのようなものを武井崎は感じた。


「ここに来たのは、この場所がネイビスの第十問目の答え、『忘れた場所』だからだろ? 

 そして、てめえはここに『忘れ物』を取りに来たんだ。

 違うか?」

「『忘れ物』? ごめんなさい。

 本当に貴方、何を言ってるの?」


 畑山の鼻で笑うような声が倉庫に響く。

 それに対して武井崎が口を開こうとした時だった。


「『忘れ物は忘れた場所に』」


「!」


 ジジ、という電子音と共に、第三者の声が倉庫に響いた。


 男か女か子供か大人かも分からない。

 機械を通した声は、軽い口調だった。

 武井崎は懐中電灯で倉庫の中を照らすが、その人物の姿は見えなかった。


 どこかにスピーカーが仕込んであるのか、声は武井崎よりも高い場所で聞こえた。


「どこだ!」


「ハローハロー。

 クーガでーす」


 今度は少し低い場所から、機械じかけの声が響く。

 廃棄された機材に混じって、至るところに見えないように仕掛けられているらしい。

 この積み荷の様子を見るに、それも苦ではないだろう。


「やーっと会えましたね。

 『Ripper』、そして『BlueButterfly』。

 貴方たち二人も顔を合わせるのは初めてでしたっけ?

 ふふ、皆さんで挨拶でもしましょうか?」


 軽い口調で、また違うところからクーガが場所と雰囲気にそぐわぬ声で挨拶をする。


「だから、一体何の話なの。

 貴方は誰? どこから喋っているの?

 一体どういうことなの?」


 畑山は混乱したように宙に向かって叫ぶように問う。

 その声に答えたのは、クーガの軽い笑い声だった。


「あらら?

 まだ言うの、畑山歩先生。

 ねぇ『Ripper』。

 貴方が持っている『忘れ物』を見せてあげましょうよ」


 尖った声を出す畑山とは逆に、からかうような口調でクーガが武井崎に指示を出す。


「これか」


 言いなりになるのは武井崎の気が進まなかったが、畑山が『BlueButterfly』であると彼女自身に認めさせるにはそれしかなかった。

 武井崎が数枚の写真を片手で扇型に広げて彼女の眼前に突き出す。


「何よ、それ」

「ここに写ってんの、てめぇだろ」


 一メートル以上離れている畑山が目を凝らすが、暗い空間ではそこに二人の人間が写っていることしか分からなかった。


「『忘れ物は忘れた場所に』」


 クーガが先ほどと同じ言葉を繰り返す。


「その映像、貴方が三年前に忘れていったものでしょう。

 畑山先生」

「忘れていったって……」


「三年前も、貴方はここにいた。

 そしてある事件が起こった。

 その写真は、その時に貴方が忘れていったものなの。

 そうでしょう?」


 クーガが言葉を切ると同時に、積み荷の中から強烈な光が溢れる。


「っ!」


 機材の中に隠されていたプロジェクターが起動したようだ。

 暗闇に目が慣れていた武井崎と畑山は、その光から反射的に目を逸らす。


 プロジェクターは向かい側の壁の左半分をスクリーン代わりにして、一つの映像を映し出した。


 一枚の写真。

 それは武井崎が持っているものと同じものだ。


 そこには二人の女子高生が立っているのが、斜め上から映されている。

 二人が着ているのは、陽光学園のセーラー服だ。

 写っている場所がこの倉庫というのは、写真の背景から分かった。

 三年前と言っていたが、その当時からこの場所は同じように積み荷が積まれていたようだ。

 向き合う二人の内一人は後ろ姿だが、もう一人は怒りを顕にして掴みかからんばかりに片方に詰め寄っている。

 目を見開き顔を歪めるその姿は、獣のようだった。


 その人物がクローズアップされる。

 それこそ三年前の、まだ陽光生時代の畑山の姿だった。


 どうやらその写真は、本来はとある動画だったようだ。

 それをコマ切れにして画像化したのが、現在写真として壁に写されているものと、武井崎が手に持っている写真である。


「これが、なんだって言うのよ」


 低くなった畑山の声には、明らかに敵意が含まれていた。


 写真が切り替わる。

 三年前の畑山が、もう一人の女子高生に覆いかぶさるように重なる。


 そして次の写真。

 再び距離を置いた畑山の手には、小ぶりのナイフが握られていた。


 まるで地面と繋がるかのように、その切っ先からは血が滴っている。

 対する女子高生は、身をかがめて腹を抑えていた。

 人を刺す、決定的な瞬間だ。

 凄惨な現場でナイフを持つ少女、畑山の顔には、興奮からか引き攣るような笑みが浮かんでいた。


「三年前、貴方はこの倉庫で切り裂き事件を起こした。

 相手は櫻谷奈々。

 覚えていますか?

 覚えていますよね?

 だからネイビスに参加して、こんな場所まで来ちゃったんですよね?」


 その言葉に畑山は答えなかった。

 唇を噛んで、睨むようにその写真を見ている。

 その顔は、学園内で見せる快活さは微塵もなかった。

 むしろ壁に映された、あの獣のような表情によく似ていた。


「もうお二人とも理解していると思いますが。

 このコードハント:ネイビスは『Ripper』と『BlueButterfly』、つまり貴方たち二人の犯罪を告発するものでした。

 第二問と第五問は『Ripper』の犯罪を。

 そして残りは『BlueButterfly』、畑山先生……貴方の犯罪を。


 『Ripper』。

 貴方の犯罪は、黒狼のメンバーである後藤文一に暴行を働き、下半身不随となる重傷を負わせたこと。

 第二問目の答えである住宅街の路地裏は、後藤文一切り裂き事件の犯行現場。

 そして第五問目の答え、『510231』は彼の名前の語呂合わせ。


 そして『BlueButterfly』。

 貴方の罪とは……。


 とりあえず一つずつ解いていきましょうか?」


 『Ripper』と『BlueButterfly』。

 二人の切り裂き魔を前に、クーガはまるで教師のようにそう言った。

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