6-3
女子トイレの盗撮魔が、『Ripper』か『BlueButterfly』。
コードハンターたちは、常に監視されていた。
それがハルたちの出した答えだった。
「なんでですか?
というか、何でそんなことが分かるんですか?」
リクの困惑に、カイが片手を振る。
その動作もどこかハルに似ていた。
「それはまだ、推論の域を出ない。
これから情報や証拠を固めるんだ。
……なぁ、ミズキ」
そして、カイの視線がミズキに向く。
「お、俺!?」
不意に話を振られたミズキがびくりと肩を揺らす。
「ハル君に頼まれていたこと、大丈夫そうか?」
盗撮やカメラの話題から、突然ミズキへの特別任務について話が移行したようだ。
ミズキは肩をなでおろすと、少し自慢げにウィンクする。
「あ、あぁそのことですか。
えぇ、バッチリ大丈夫です。
急だったので不安だったんですが、黒狼のこととかで憂さ溜まってるらしくて、予想外に皆ノリ気でしたよ」
「なんのことだ?」
ミズキへの特別任務の内容を知らないライカが、ソファに寝そべりながら問う。
ウィンクに加えて人差し指を立てたミズキが、さらに得意げに答える。
「明日、つまり今日なんですけどね。
クラブでちょっとしたパーティ開くから、モデル仲間を使って女を集めてくれって、お兄様に頼まれたんです。
降谷先輩が作ってくれた告知のサイトとかSNSも見てみましたけど、女の子たちもごっそり釣れていましたよー!」
「はぁ!?」
ライカにとって予想外過ぎた依頼内容だったのか、ぽかんと口を開ける。
さっきから情報が飛び飛びすぎて、上手く整理しきれていないようだ。
「パーティ? 今日? この展開で? 何で?
ていうか、そんなの簡単に開けるもんなの?
会場は? 金は? 準備は?
ていうか女の子って?
切り裂き事件は? 『Ripper』は!? 『BlueButterfly』は!!?」
もはや文章となっていない疑問を単語単位でライカがぶつけてくる。
だがそれも無理はないだろう。
リクもほとんど同じような状態だった。
そもそも隠しカメラ捜索と切り裂き事件の関係性すら気付いていなかったのだ。
そこにきてクラブでパーティとは、兄は一体何を考えているのだろうか。
そこにいないハルの代わりにカイが応える。
「言っただろ?
情報と証拠集め。
パーティの準備は、全てハル君が済ませた。
方法は……まぁ色々と」
カイの言葉の濁し方に、なんとなく察しを付けてライカが苦い顔をして再度問う。
「分かった、深い突っ込みはやめる。
でもよ、パーティってのはどういう……」
不安の予感しかしないライカに対して、カイはさらりと答える。
「普通にクラブにバンドを呼んで、酒を飲んで踊り狂うタイプのパーティだ。
ターゲットは、三・四年前の陽光生の女子生徒。
つまり現在十八歳から二十代前半ほどの女共を一本釣りする。
そのために、ミズキに一役買ってもらった」
「えっへん!」
ミズキが椅子に座ったまま胸を張るが、ついていけないメンバーはさらに混乱に陥るだけだった。
彼の横ではリクが遂に目を回す。
「あーあー、ちょっと、タンマ!
なんでターゲットが三年前の女子高生で、パーティで、証拠がどうのって、カメラが女子トイレでコードハントで踊り狂うんだ?」
「違う違う落ち着け、八柄弟!
踊り狂うのは一本釣りの女子高生で、コードハンターが盗撮されたからパーティを開くんだ!」
混乱真っただ中のリクとライカが、頭を抱えながらキーワードを支離滅裂に並べる。
「あっはは、何言ってんだ、こいつら」
「そういうお前も、分かってないだろ」
「おう」
「威張るな」
頭脳勝負を早々に放棄して高みの見物を決め込んでいたアキのこめかみに、カイが投げた水性マジックがクリーンヒットする。
混乱した熱を冷ますように、清涼な声が兎のぬいぐるみから発せられる。
「皆様、落ち着いてください。
証拠を集めるのに三年前の女子高生から話を聞くのは、今回の事件のきっかけが、三年前の事件だからですわ。
ですがその当事者に今から当たるのでは『Ripper』や『BlueButterfly』に遅れを取ってしまいます。
だからパーティで一気に人を集めて情報を、できれば証拠を仕入れよう、ということです」
「な、なるほど。
……ん? 三年前?」
やっとパーティと切り裂き事件について関連性が分かったリクだったが、ここで新しく『三年前』というキーワードが浮かぶ。
同じように疑問に思ったのが、ドラム缶の上のアキだった。
ハルの捜査に同行している最中、彼もそのキーワードを使っていた。
「そういえばハルもずっと三年前、って数字にこだわってたな。なんで……」
「あ! 分かった!
今度こそ、俺、分かったぞ!」
アキの言葉の横から答えたのは、ソファからがばりと上半身を上げたライカだった。
「これ、第一問目だろ!」
そして立ち上がってホワイトボードに第一問目を書き出す。
----------------------------------
例題:【2/3 = 8】
本題:【3/4 = -[?]】
----------------------------------
そう書き上げて、キャップをしたマジックで得意げにこんこんと軽く叩く。
「この第一問の【?】にはいるのが、3なんだよな。
そんで、答え自体は-3だから、遡ること3、つまり三年前ってことか!」
「なんでその問題、答えが【3】なんだよ」
問題を実際に解いていないアキと、ミズキの答えを丸写ししたリクが首を捻っている。
典型的な暗号解読ゲームだったが、暗号だろうがただの数式だろうが、数字が出てきた時点でどうやら考えることを放棄したらしい。
「分かんねぇのかよ、弟組。
しっかたねぇな、これは……」
「時計。
アナログ時計は、一から十二まで数字が振られてるでしょ。
一番上の【12】を起点にして三分割する。
三分割すると、一つの区切りが文字盤四つ分」
「おい! 俺が説明してるのに!」
ライカの書いた第一問の問題の横に、カイがプロジェクターで丸いアナログ時計を写す。
そしてケーキを切るように、【12】と【4】と【8】に線を入れる。
これで三分割。
「三分割して一つ目、つまり1/3が【4】。
んで二つ目、つまり2/3は【8】。
これが例題から導き出せる法則だ」
ホワイトボードの三分割されたアナログ時計の文字盤【8】に丸が付く。
「ほー。
それじゃ、本題の場合は四分割して三番目が正解。
三分割すると、【12】が一番上で、1/4が【3】、2/4が【6】、3/4が【9】。
つまり……【9】?」
アキが自分の手の平にアナログ時計代わりの丸を指でなぞり、さらに十字線を入れて四分割する。
四分割された三番目の文字盤は【9】。
「あれ? 【3】じゃないじゃん」
正解は【3】と言っていたのに、自分が出した答えとは違う。
手のひらの【9】を差しながらアキが不満そうに言うと、ライカがちっちっと舌を鳴らして人差し指を振る。
「本題の答えにはマイナスが付いてるだろ?
だから、今度は逆時計回りで数えるんだよ。
四分割して逆時計回りで3/4なら、文字盤は【3】だろ?
だから正解は【3】」
「いち、に、さん!
ほんとだー!」
アキが自分の手の平を、今度は逆になぞりながら数を数えて納得する。
「そっか。
ハルはネイビスの問題が、全部何らかの事件を表しているんだって、言ってたな。
この【3】は三年前、なのか」
「一番はじめの大切な問題で、時計、つまり時間に関係する問題。
そして不自然なマイナス付き。
そこから三年前、というキーワードで調査した結果、色々ときな臭い事件があることが分かった。
もしかしたらネイビスのディーラーにとって、もっとも意味のある問題が、この第一問目だったのかも」
カイが説明し、一同が同意して頷いたのを見ながら、ミズキが口を開く。
「今回のパーティのターゲットは三年前の女子高生って言ってましたよね?
それって、第八問目が女子トイレだからですか?」
「それもある。
他にも色々と……まだ推測の域を出ていないが。
それに、こういう噂話とかってのは、男性よりも女性のほうが聞き出しやすいんだ」
三年前に女子高生だった彼女たちの記憶力と口の軽さに賭けよう、というのが今回のパーティの趣旨らしい。
しかし、その説明にもミズキはあまり良い顔をしなかった。
「なるほどー……でも先輩。
肝心のことを忘れてませんかぁ?」
「ん?」
「その集めた女性たちから、一体誰が情報を収集するんですか?」
上を組んで肩をすくめながら、ミズキが一人一人、その場にいるメンバーを見回す。
ここにいるのは、全員高校生だ。
クラブは十八歳未満出入り禁止。
仮に入れたとしても、ここにいるメンバーがうまい具合に情報収集出来るとは、彼にはどうしても思えないのだ。
「なんだよその、『うわー情報収集向きキャラじゃねぇな、こいつら』ってツラはよぅ」
「いや、そんなことは!
まったく、ちょっとしか、思ってないですぅ!」
ドラム缶の上から不満気な声が飛び、とっさにミズキが言い繕う。
特段ミズキの言に不満はないのか、カイが口を開く。
「別に否定はしないけどね。
情報収集できないことはないんだけど、今回は下手なことをして顔が割れるのは極力減らしたいんだ。
ついでに面倒事も起こしたくない。
そして一番の問題が、時間をかけたくない。
今回情報収集ができなかったら、ちょっと時間的にマズイんだよねー」
「時間がないって?」
情報収集が難しいという以外のも、今回の作戦は色々と問題があるらしい。
カイが最後に言った、『時間がない』という言葉にリクが首を傾げる。
「第八問目をクリアした後に謎のタイムラグが発生して、次の問題は三十時間後、つまり今日。
現在『Luis』と『Ripper』は同着一位で、おそらく今日中に『Ripper』も問題を手にする。
そうしたら、残りはラストの十問目を残すのみ。
このペースだと、『Ripper』は残り二問をクリアするまでに、おそらく三日もかからない。
『Ripper』がネイビスを優勝したら、俺たちの負けだ」
「でもよぅ、九問目と十問目がすっげぇ難しくて、『Ripper』たちが躓くかもしれねぇじゃん」
アキが唇を尖らすが、カイが首を横に振る。
「忘れたのか。
それで不利になるのは俺たちの方だって。
このコードハント:ネイビスの目的は『とある犯罪の告発』。
そして『Ripper』と『BlueButterfly』はそれを止めようとしている。
つまり、彼らはその『とある犯罪』がなにか知っている」
カイが何を言いたいのか、リクにも分かったようだ。
「『Ripper』や『BlueButterfly』がいきなりランキング上位になったのは、あいつらが答えに一番近い場所にいて、俺達が知らないようなヒントを知っているからなのか。
……そっか、じゃあ難しければ難しいほど、ヒントを多く持つ『Ripper』の方が断然有利になるってことなのか」
「そゆこと。
だから俺たちは、『Ripper』たちがクリアする前に、犯人を断定しなきゃならないって訳なのだ」
リクの言葉にカイが頷き返す。
問題が山積みだろうと、行動は素早く起こさなければならない。
「じゃ、どうするんですか?
顔も割れたくない、面倒事も起こしたくない、でもスムーズな情報収集がしたい、なんて難しいですよ」
「それは……」
相変わらずミズキは心配そうだ。
何が心配って、これだけ問題が山積みなのに、喋っているカイやクリスの口調に危機感が全くないことだ。
理屈や理論は分かっても、それを行動にするつもりがあるのかと不安になるほどだった。
そんなミズキに説明をしようと口を開きながらも、カイはガレージの入り口に一つの影が落ちたのを見つけて、ナイスタイミングとばかりに口元に笑いを浮かべる。
「心配ございません。
今回は『彼女』に手伝ってもらうからね」
そう得意げに言って、彼は入り口に音もなく立っていた人物を手で示す。
話に夢中になっていて気づかなかった他のメンバーがそちらに向き直り、そして息を呑む。
「!」
そこにいたのは、肩にかかる金糸の様な柔らかい髪の毛と、白く小さな顔に彫り込まれたような秀麗な顔立ちの華奢な人物だった。
水を湛えたような澄んだ青い目を持つ、アンティークのような青いワンピースドレスを着た小柄な影がメンバーを静かに見ている。
「お、ぉお……?」
どこぞの絵画から浮いて出たような美しい姿形に、幻か現かとライカが目をパチパチとさせる。
リクとミズキも同様だった。
どこかで見たことがある姿だとリクが記憶をたどるが、思考がうまく働かない。
だが友人の方は、はっきりとその姿が誰であるか思い出したようだ。
気圧されたように座ったまま身を引くリクに対し、ミズキは逆にその身を乗り出して、ふらりと立ち上がる。
「く、くく、クーガ! クーガちゃん!!」
そこにいたのは、神出鬼没の謎の女王探偵、クーガ本人だった。




