6-2
翌日、降谷家のガレージに集められたのは三台の小型カメラ。
……ではなく、カメラを撮った「写真」だった。
それぞれ別の場所で撮影された、同じ型のカメラの写真を前に、リクは苦い顔をする。
目の前にある三枚に写っている撮影機は、彼が第八問目の女子トイレで見つけたものと同じだった。
あの時、カメラ一つ発見した時にも嫌悪感を覚えた。
その元凶がいくつも出てきたという事実に、どう反応してよいのか分からない。
ガレージで小型カメラの写真を囲んでいるのは、ハルの命に従ってこれらの写真を撮ってきたカイ、ライカ、リク。
ハルから特別任務を依頼されていたミズキ。
そして、彼らと写真を目の前にして、満足げにドラム缶の上に座っているアキだ。
依頼を命じた当人のハルはその場にいなかった。
「はー、マジであると思わなかったぜ」
写真の内の一枚を持ってきたライカがそれに写った小さなレンズを指で撫でながら、信じられないと言うかのように口を曲げる。
ハルの能力を今更疑うわけではなかった。
しかし実際に駒として動かされると、なぜこうまでも見えているものが違うのかと自問せざるを得なくなるようだ。
「リク、これってさ。
女子トイレで見たのと同じやつだよな」
一センチ程の立方体に付けられたレンズと後ろに付いたアンテナ。
カメラに詳しくはないが、同じように見える。
ミズキの問いかけに、リクはそう思って頷き返す。
「間違いないと思うぜ?
ほら、これだろ? お前らが見た小型カメラって」
リクの肯定に加えるようにして、アキがドラム缶の上からひらりと一枚の写真を落とす。
三枚のカメラの写真の上に落ちたそれには、事務机の引き出しに入った一台のカメラが写っている。
それこそ、リクとミズキが第八問目で実際に目にしたものだった。
「え、な、何でこれ」
「お前らの教育実習生の机ン中にあったんだよなー。
ハル、言ってたぜ?
『こういうのって警察に預けるもんだと思ってた、不用心じゃねぇの?』って」
ドラム缶の上で体育座りをしたアキが、ハルの言葉を真似する。
それを聞いて、リクが驚いた顔をする。
「あ、アユミちゃんの机にあるのを、勝手に撮ってきたの!?」
「そゆことー」
つまりアキとハルは他校の職員室に忍び込み、リクらの教育実習生の机を漁った挙句に写真を収めたというわけだ。
そういった行為にはもはや慣れてしまったのか、ライカとカイの一つ年上組は「だろうな」と納得の顔をしている。
それを見て、リクとミズキが顔を合わせてため息をついて、自分たちが常識人であることを確かめる。
「それにしても、『コードサーチの答えの場所に、カメラが仕掛けられてる』……ねぇ。
アイツ、何でそんなこと分かったんだろうな」
机の中にあったというカメラの写真と、自分が撮ってきた写真に写るカメラを見比べながら、ライカがその不可解さを顔と口調に出す。
リクとライカが初めてクリスの家に訪れたあの日、ハルが陽光生三人に下した命令は以下の通りだ。
「女子トイレで見つけたカメラと同じものがリッパーズ・ストリートにあるから探してこい」
「場所は、今までネイビスのコードサーチの答えになった場所だ。ただし、第二問目は除く」
「カメラは今も起動中だろうから、姿格好が分からないように注意して、カメラの画像だけ撮って来い」
第二問以外のコードサーチの場所。
つまり第三問目のカラオケボックス、第四問目の校舎裏、第七問目の公園トイレ。
その三か所に、カイ、リク、ライカがそれぞれ派遣された。
校舎裏担当のカイと公園担当のリクは比較的簡単に目当てのカメラを見つけることができた。
しかしカラオケボックス担当のライカは部屋の中を探し回った挙句、ようやくソファの奥に挟まったカメラを見るけることができたようだ。
ハルの言いつけ通り、姿形を変えて小型カメラの位置を確認した三人は、それがいずれもコードサーチの答えとなる数列の書かれていた場所を映すようにして隠されていたことに気付く。
ハルとアキが校舎裏や公園で、ライカやバイク男を返り討ちにしていた辺りは映っていなさそうだったが、少なくともコードを探しに行っていたリクやミズキの姿は、小型カメラにバッチリ映っていたこととなる。
「カメラの写真を見せていただけますか?」
無断でハルのソファを陣取っていたライカの後ろから、兎のぬいぐるみ、クリスが話しかける。
ライカは手に持っていた自分の写真を摘んで、兎の目に嵌められた小型カメラの前に差し出す。
ぬいぐるみを通してクリスがその写真を観察している無言の間に、リクがカイに密かに問いかける。
「なんでクリスさんって、このガレージに来ないんですか?
いつもぬいぐるみ越しですよね。
お体悪いんですか?」
あの広い屋敷で、膨大な数のディスプレイに囲まれた部屋を思い出す。
仲間たちが彼女の部屋にいない現在、あの異様な空間に、彼女は一人で座っているのだろうか。
青白い冷たい光の中に一人きりなのは、どこか寂しくリクは感じた。
こっちでみんな一緒に捜査をしないのか、という意味を込めて彼は問うたつもりだった。
彼の問いに、膝の上でノートパソコンのキーボードをたたいていたカイが顔を上げる。
眠たそうな目をぱちぱちし、考えるように喉の奥で唸った後、
「ハル君は『パニック障害』って言ってたかなぁ」
友人の言葉を思い出しながら、リクに説明する。
聞き慣れない専門用語にリクが目を丸くする。
「ぱにっ……?」
「んー……と。
広いところに出ると発作が起こったりするんだ。
眩暈とか呼吸困難とか、そういうの。
『広場恐怖症』とかって言うんだって」
マイクやチャットなど媒介を挟まないと言葉が出難いのか、カイは再度キーボードを指で弾きながら、あまり感情のこもらない言葉で説明する。
「『広場』……?」
再度出てきた専門用語をオウム返ししようとするが、なじみがなさ過ぎてリクの言葉も追いつかない。
そんなリクに、カイは言葉を選ぶようにして答える。
「トラウマ、なら分かるだろ?
お前や俺たちと一緒。
彼女も、とある切り裂き事件に巻き込まれて、トラウマになって精神に障害をきたした。
その結果、『外の世界』に関して、異常なまでの恐怖と執着を抱くようになった。
今じゃ、ハル君とか俺たちとか、誰かが傍にいないと一人で買い物に行くことも出来ない」
カイの言葉に、リクは迂闊なことを聞いてしまったと後悔した。
彼の純粋な疑問は、クリスにとって心の傷そのものだ。
以前カイは言っていた。
ハルが自分たちを助けてくれた。だから自分たちもハルを助ける。
ならばクリスもそうなのだろうか。
彼女が外に出ることが出来なくなってしまった理由。
なのに、街中のカメラを使って全てを監視する理由。
そしてそこに自分の兄が関係している理由。
独自の世界を持ちながらも、リクに優しく笑いかけていた美しい少女は、自らを籠の中に閉じ込めることで自身を守るのだった。
あの広い家で、ただ一人。
リクが苦い思いをかみしめている内に、どうやらカメラの分析が終わったらしい。
兎から、当のクリスの涼やかな声が聞こえる。
「カメラの性能としては……先日の推測どおりでほぼ間違いないかと。
むしろそれ程良い性能のものではありませんわ。
カメラの角度を遠隔操作出来る類でもなければ、それほど撮影範囲が広いものでもありません。
映像を無線で受信できるタイプですけれど、受信範囲もせいぜい数十メートルといったところでしょう」
「つまり、通り一遍のトイレ盗撮魔の仕業じゃないと、いうこと?」
クリスの分析に、眠たそうだったカイの目が興味深そうに開かれる。
どうやら彼は何かの結論に至ったようだ。
「その通りです。
……あぁなるほど。
段々とハル様の思考がトレース出来てきましたわ」
そしてそれはクリスも同様のようだ。
カイに応える声も、どこか弾んでいるように聞こえた。
「ふふーん、そういうことかー。
さて、これから忙しくなるぞ。
まずは……」
クリスとカイが二人で納得しあい、捜査を先に進めようとする様子を見て、他のメンバーが慌てる。
「ちょっと待てよ。
俺、まだ意味分かんねぇんだけど!」
アキがドラム缶ごと体を揺すって抗議すると、珍しくライカも同調する。
「俺もだぜ。
なんでコードサーチのところにカメラがあったんだよ。
便所の盗撮魔の変態野郎が、切り裂き魔ってことか?」
病院待合室の長椅子に座ったリクとミズキも同意して頷く。
ハテナ顔の四人に、カイが人差し指を立てて説明する。
「『女子トイレに小型カメラがあった』、つまり『変態クソ野郎の盗撮だ』。
この先入観を排除してみれば、ちょっと分かりやすいかも」
だがその説明に、さらにリクは頭を困惑させる。
「先入観を排除……。
つまり、女子トイレを盗撮しているのは、変態ではない。
変態ではないが、女子トイレを盗撮する。
変態ではない、ただただ純粋に、女子高生の排泄が好きなジェントルマン盗撮魔……?」
「それは世間一般的に、『変態』と称するのではないでしょうか」
「ですよね」
リクの迷解答に、クリスが真剣にバツを与えてくれる。
「あ、ひょっとして、あれか?
俺が言った、違和感ってやつ」
ライカがひらめいたように膝を叩く。
クリスの家でリクがカメラの話をしたときに、ハルが違和感があると述べ、その違和感についてライカが解明した。
そしてその後で、ハルが陽光生にカメラ捜索依頼を命じたのだ。
「確か、便所のカメラは真っ直ぐ前しか撮れてねぇってやつだよな?」
どうやら完全ではないものの、ライカにも少しずつ糸が解けてきたようだ。
彼らの答えを促すようにして、クリスが続ける。
「その通りですわ。
あのカメラの範囲では、女性が用を足す姿は映りません。
では本当は何を映したかったのでしょう。
その答えとなるのが、実際にカメラの範囲に映っていたもの、ということですわね」
「カメラの範囲っつーと……。
まず、入り口から入ってくる姿。
便器に向かってくる姿。
座ろうとする女の後ろ上半身。
それから座った女の後頭部、だったよな」
ライカがクリスの言葉を思い出して言うと、アキが指を鳴らす。
「だから、『女の後頭部マニア』の仕業だって!」
「お黙り」
まだAV業界の闇説を捨てていなかったアキのこめかみに、カイが投げたボールペンがクリーンヒットする。
「お前ね、ハル君が『今までのコードサーチの場所を探れ』と言ったのを覚えていないのか?」
「何のためにって……あ、そうか。
本当に撮りたかったのは、コードサーチの場所、なのか?」
呆れた兄の言葉を聞きながら、無い脳みそを捻ってアキが答える。
しかしその答えにカイは首を縦に振らない。
「五十点。
なぜ無線カメラまで使って、コードサーチの場所を撮り続けた?」
「んぅー……」
言葉に詰まったアキの代わりに、自信なさげに手を上げたのはミズキだった。
「えっと女子トイレのコードは、個室の中で、扉の近くに書かれていたんですよ。
で、カメラの範囲から考えて、入り口から入ってくる姿は上半身のほぼ全体が映される。
ということは……コード自体じゃなくて、コードサーチの場所に来た人間を、映すため?
えっとえっと、つまり、ネイビスの『プレイヤー』たちを撮影するため……?」
今までの情報を反芻し自問しながら、ミズキが答えを出す。
「その通りですわ、ミズキさん。
それが本当ならば女子トイレだけではなく、今までのコードサーチの場所にも同様にコードハンターを映すための隠しカメラがあるだろう。
ハル様はそう考えて、あなた方に小型カメラを探させた、というわけです」
クリスの言葉になるほど、とリクが小型カメラの写真に目を落とす。
しかしそれはそれとして、兄の言葉には不可解な部分があるようだ。
「でも、なんで兄貴はカメラの写真を撮れって言ったんだ?
証拠が欲しいなら、カメラごと取ってくればよかったのに。
今もこのカメラ、コードハンターを撮り続けてるんだろ?
気持ち悪ぃよ」
女子トイレでカメラを見つけた時のことを思い出し、リクが顔をしかめる。
ネイビスのコードハンターを盗撮し続ける、その見えない視線が不愉快だった。
「カメラを排除してしまったら、仕掛けた犯人がバレたことに気づいてしまうでしょう?
そうしたら、犯人に逃げられてしまいます。
逃げられたら、私達の負けですわ」
「負けって?」
クリスの言葉にリクが首をひねる。
「このカメラを仕掛けたのは、『Ripper』か『BlueButterfly』のどちらか、だから」
「え!?」
カイの思わぬ言葉に、リクが再び身を乗り出す。
トイレの盗撮魔が、切り裂き魔?
これまで不穏な動きをしていた切り裂き魔たちだ。
盗撮くらいしていてもおかしくはないが、しかし一体なんのために?
プレイヤーを襲い、脅迫し、そして盗撮……。
一体彼らは何をしたのか。
そして彼らの思惑が、なぜハルやカイたちには分かるのか。
リクにはそこが理解できなかった。




