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5-2


「うぇッ!?」


 ハルによって告げられた『Ripper』の正体に皆が驚き目を丸くする中で、一際変な声を出したのがライカだった。


「はぁ!? なんでそうなる?

 なんだって黒狼のメンバーが、陽光で切り裂き魔なんかやってんだよ!」


 まるで欧米人のように大仰な手振りで、彼はハルに疑問をぶつける。

 ハルはそれに答えず、代わりに先ほどまでライカがいじっていたパソコンを取り上げ、そこに自分の携帯端末を繋いだ。

 いくつかの操作の後、彼は数メートル離れたスクリーンを指で示す。


「これ、地図?」


 スクリーンに映された地図を見るために、アキが身を乗り出す。

 彼の言う通り、それはリッパーズ・ストリートの一部が切り取られた地図だった。

 地図には、その場の多くが馴染み深い陽光学園も存在する。

 そこから当たりをつけて、彼らはその地図がどの辺りを示しているのかを推測する。

 リッパーズ・ストリートの西寄り、陽光学園を含む住宅街だ。


「その点は、なに?」


 既に実在の街と比較が終わったカイが、地図の中に、恐らくハルがつけたと思われる赤いポイントを指さす。

 地図の中央から左側に外れた住宅街。そこに走る細い道筋に丸く印づけられていた。

 ハルはやはり答えず、代わりにその場所をさらに拡大する。

 あ、とミズキが声を出す。


「ここって、確か第二問目の、コードサーチの答え?」


 記憶を引っ張り出して尋ねたミズキに、ハルが頷く。

 路地裏の狭い通路にそびえていた電柱に答えが書いてあった場所だ。

 あまりにも特徴のないコードサーチの問題であったため、多くのプレイヤーが苦戦していたのを思い出す。


「その通り。そしてここ……アキ、覚えてるか?」


 その細い道から二車線の道路に出た付近に、今度は青い丸が付いている。

 名指しされたアキが頭を捻る。


「俺ぇ?

 えー……うーん、うー……」


 名指し、といことは、彼がハルに同行した調査に関係があるはずだ。

 その中で黒狼関係の記憶は、喫茶店でカラスから情報を買った時だろう。

 その時も確か、彼らは地図を見ていた。


「……あっ! 後藤さんが発見された場所!」


 ハルに黒狼幹部である後藤文一の襲撃現場を尋ねられ、カラスが示していた場所。

 目潰しをされ、満身創痍の後藤文一が這うようにして助けを求めていたのが、この青い丸だ。

 

 アキは思い出す。

 この地図を見た時に「家しか無い場所だ」と言ったのに対し、ハルは「お前の感想はそれだけか」と言っていたのを。


 その意図をアキは数日遅れで理解する。

 自分で謎の糸を解いたのが嬉しかったのか、彼は手をぱちぱちしながら上機嫌で続ける。


「そっかそっか!

 じゃ、もしかして後藤さんが実際に襲われた場所って……」


 二問目の場所の調査中に、ハルからのカツアゲを実体験していた。

 目に入りにくい場所、あそこならば隠れて暴行事件を起きても不思議ではない。

 しかも、その日は雨だった。

 そんな最悪の状況下で、黒狼幹部の後藤文一は襲われた、ということになる。


 そして後藤文一が発見された青いポイントまでならば、重傷を負っている身体でも這っていける距離だ。


 アキの言葉にハルが頷く。


「そう、黒狼の後藤文一が襲われたのと、コードハントの第二問目の答えは、同じ場所だ。

 そしてもちろん、『Ripper』がコードハントプレイヤー二人を襲ったのもね」

「えー本当に? 証拠は?」


 いまいち納得のいっていないライカの言葉に答える代わりに、ハルは一枚の写真をスクリーンに地図と並べて映す。

 そこには、暗いブロック壁から生えるようにして埋め込まれた、何十、もしくはそれ以上の密集した短い金色の糸状のものが映っていた。

 第二問目の場所を調査していた途中で、ハルが写真に撮ったものだ。


「なんだこれ?

 ……金色の、糸? カビ? ヒカリゴケ?」


 目を凝らしながら問うライカの疑問に被せるように、さらにもう一枚の写真がその横に表示される。

 一人の青年の写真だった。

 ギャングという言葉があまり合わない、二十一歳という年相応の洒落た青年が映される。


「彼が、件の後藤文一だ」


 爽やかな笑みを浮かべた後藤文一の写真を見て、何かに気づいた声がいくつか上がった。


「も、もしかして、これって……髪の毛?」


 ミズキが震える指で差す。

 写真の男、後藤文一のスポーツマンらしい短い髪は、透けるような金色に染められていた。


「そうだ。

 おそらく勢い良く壁に打ち付けられ、頭皮ごとブロック塀でこそげ取られたんだろう。

 結果として、このように現場に彼の髪の毛が残った」

「……ひっでぇ」


 相当な力で頭を打ち付けたと言っていいだろう。

 身体の一部が残るほどの重傷だったという情報に、思わずリクが眉をしかめる。


 ハルはさらに続ける。


「さらに第五問目。この答えはなんだった?」


「確か答えは……。

 あ、なるほど、これは」


 カイが答えようとして、がっくりと肩を落とす。


「俺、こんな簡単なことに気づかなかったのか……」

「おいクソオタク。

 一人で納得してるんじゃねぇよ。

 ……えっと、五問目って、確か穴埋め問題だったよな。

 俺は最初から解ける気しなかったから考えてもいないけど、どういうやつ?」


 悲観するカイの代わりに、アキが手帳をめくって五問目を見る。

 スクリーンには次のような式が映し出された。


 -------------------------------

 ネイビス:第五問

 [?]に入る数字を答えよ


[FACDE]=[1???1?1??4]

--------------------------------


 その問題に答えたのはミズキだ。


「それ、簡単ですよ。単純に十六進法に直すだけですから」

「十六進法?」


 ミズキの答えをそのままディーラーに送ったため、自分で解いていないリクが首を傾げる。


「『1』から『9』までは普通に数字。

 で、『10』から『15』まではAからFを使うんだ。

 Aは『10』。Bは『11』、みたいにね。

 繰り上がる数字を基数っていうんだけど、普段使用する十進法は基数が『10』、十六進法は基数が『16』になるだけ」

「とはいうけど、全然馴染みがねぇよな。

 俺もアルファベットで数字変換つってネットで調べて分かったし」


 この問題に苦戦したらしいライカが仏頂面をする。


「十六進法は、主にコンピュータ関係で使われる。 

 アルファベットが数字に、というけれど、所詮『10』から『15』までの数字だ。

 不自然に『1』が多くなる。

 そこが解読のポイントだろうな。

 で、今ミズキが言ったようにこのアルファベットを数字に直すと」


 ハルが喋りながらパソコンを操作する。


-----------------------------------------------

 F=15

 A=10

 C=12

 D=13

 E=14

 

 ⇒[FACDE]=[1???1?1??4]=[1510121314]

-----------------------------------------------



 十六進法で変換された数字列がスクリーンに映される。


「さらに、これは穴埋め問題。

 ということで、穴の部分だけ抜き出すと……答えはこうなる」


--------------------------------------------------

 [FACDE]=[1???1?1??4]=[1510121314]

  答え: ?????? = 510231

--------------------------------------------------


 ここまできて、やっと全員合点がいったように、目を丸くしている。


「小学生みたいな語呂合わせ、だろう? 

 『510』は[ごとう]、『231』は[ふみいち]。

 つまり、コードハントの第二問と第五問は、黒狼切り裂き事件の被害者と犯行場所を示しているんだ」


 先ほどカイが悲観していたのは、問題は解けていたのに、「小学生みたいな語呂合わせ」に気が付かなかったことについてだろう。

 陽光学園の切り裂き魔についての調査のはずなのに、黒狼の切り裂き事件にこだわっていたハルの思惑がようやく理解できたようで、一緒に捜査していたアキはしきりに「あー」とか「はー」とか声を漏らしている。


「でもよー、それでも訳分かんねぇぞ。

 なんで黒狼切り裂き事件の場所と被害者の名前が、ネイビスの問題になってんだよ」


 なんやかんやと推理に夢中になっているのか、ライカが漏らした疑問に、他のメンバーもうんうんと頷く。


「さぁ、それはまだ推測の域を出ない。

 ただ、これで『Ripper』の犯行動機は、想像できるだろう?」

「まず、『Ripper』は黒狼幹部の切り裂き事件を起こす。

 黒狼にもばれていないはずなのに、なぜかコードハント:ネイビスの問題として出題される。

 どんどん問題が解かれたら、自分の事件が暴かれる可能性が出てくる。

 焦った『Ripper』は、それを阻止したい。

 ……そゆこと?」


 カイがむむ……、と唸りながら事件を整理しながら推理する。

 ご名答とばかりにハルが指をさす。


「おそらくな。自分が起こした事件の大きさを、『Ripper』は甘く見ていた。

 今も他の黒狼のメンバーは犯人を血眼で探している。

 ましてや自分も黒狼でありながら、その仲間を襲ったとなったら……半殺しじゃすまねぇ。

 殺されるだけでも運が良いくらいだな」


 数か月前、黒狼の縄張り内でドラッグを無断で捌いていた組織の幹部が、ガス室に閉じ込められ、生きたまま体ごと溶かされた、という嘘か真か判断できない噂をリクは耳にしていた。

 ハルが言った意味を限界まで想像をして、彼はぶるりと身を震わせる。


「そして『Ripper』には、もう一つ大きな目的がある。

 むしろ目的としては、こっちの方が大きいのかな」

「……ネイビスのディーラーを見つけること、ですか?」


 リクと同じように渋い顔をしながら、ミズキが答える。


「そう。自分を脅かす根本を絶つことだ。

 『Ripper』の第一の被害者と第二の被害者……一人目が後藤文一だとすると実質二人目と三人目だが、分かりにくいからこのままいくぞ。

 彼らは、この第二問目の場所で襲われた。

 この場所はものすごく分かりにくい。

 見つけられるとしたら、相当運が良いか、土地勘があるか。

 ……あるいは、問題を出したコードハント:ネイビスのディーラー」

「でも、実際はただのプレイヤーだった」


 ハルの言葉を聞いたカイが呟く。


「思い立ったら即実行、というのが『Ripper』の乱暴な性格を表しているな。

 上手くいけば様子を見に来たディーラーを狩ることができる。

 そうでなくとも、切り裂き事件が起きたと知れば、プレイヤーが減り、ネイビスの進行を阻止できる。

 しかし二人も襲っておきながら、『Ripper』の意に反してネイビスは続行された。

 彼らはディーラーではないと悟った『Ripper』が次に考えついたのは、この事件が起きた『場所』と『人物』を一番理解している人物こそが、ディーラーであるという可能性。

 つまり、被害者こそがディーラーであると推測した」

「被害者っていうのは、さっきの後藤文一って人か」


 リクにも段々と話が見えてきた。

 先ほどかいつまんで話された調査結果のなかに、「後藤文一は、病院で再び襲われた」という件があったのを思い出す。


「そうだ。

 自分の顔は見られていないとはいえ、場所覚えているだろう。

 報復のために、自分を炙り出そうとしているのではないか。

 そう考えた『Ripper』は、自分の仲間を後藤文一の元に送り、携帯電話を盗ませた」

「『仲間』って、もしかして、俺達を公園で襲ったバイク男?」


 リクは第七問目のコードサーチの際に訪れた緑ヶ丘公園での出来事を思い出す。

 リクとミズキを襲ったバイク男を返り討ちにしたハルは、彼から様々なことを聞き出していた。

 あの時はまったく理解不明だったハルの質問とバイク男の答えが、やっと腑に落ちた。


 ―――「実行犯は誰だ?」

 『Ripper』の正体は知っているか。しかしバイク男は知らないと答えた。


 ―――「タトゥーをどうやって知ったのか?」

 黒狼の印である爪のタトゥーはどこか。バイク男は知らないが、メールに画像で送られたと答えた。

 おそらくハルが『Ripper』は黒狼のメンバーである、と確信したのはここだろう。


 ―――「連絡先は?」

 『Ripper』との連絡はもう取れない。バイク男はそう答えた。

 

 ―――「病院に行ったか?」

 脅されて病院の後藤文一を再度襲う羽目になったバイク男は、ひどく後悔しながら肯定した。


 

 様々なやり取りが、リクの中でやっと繋がってきたようだ。


「その通り。

 黒狼傘下に加わりたい不良崩れは、この街に大勢いる。

 単独での襲撃は危険だと感じた『Ripper』は、その中から都合のよさそうな奴に目をつける。

 お前らを襲ったバイク男がそれだ。

 『Ripper』は黒狼の証である牙のタトゥーを写真で送り、『手伝ったら仲間に入れてやる』とでも言ったんだろう。

 その誘いに乗ったバイク男とともに、『Ripper』は後藤文一を襲った。

 バイク男にとって不幸だったのは、仲間に入れてもらえるどころか、それをネタに脅されたってことだな。

 まぁ、人を襲って重傷負わせてるんだから、自業自得か」


 公園でバイクの男は「こんなことはやりたくなかった」と泣きながら言っていたのをリクが思い出す。

 黒狼傘下に加わることができるならば、という甘い誘いに、不良崩れであるライカが「分かる分かる」と大きく頷いていた。


「彼を脅すのは簡単だっただろうね。

 『こっちはお前の顔を知っている。やらなければ、お前が犯人だと黒狼にチクってやるから、俺の代わりに死ね』とでも言われたのか、哀れバイク男はギャングが集う病院に送り込まれた。

 だが後藤文一から手に入れた携帯端末からは、彼とコードハント:ネイビスの繋がりは全く見えなかった。

 後藤文一もディーラーではないと悟った『Ripper』は、再びプレイヤーへの脅迫とディーラー探しを続行する」


 その時に目をつけられたのが、第七問目の公園でふらふらしていたリクとミズキということだ。


「そういえば前に、自分の手を汚さないのは『Ripper』らしくないって言ってたよね。

 この仲間を脅迫するのも、もしかして『BlueButterfly』の仕業なのかな」


 ドラム缶の上のアキがハルに問う。


「可能性は高い。

 第七問目の場所を知っていたこと。

 そこにいたリクとミズキを、『Ripper』ではなく仲間のバイク男に襲わせた事を考えても、『BlueButterfly』が一枚噛んでいるだろうな」

「汚ぇやつが汚ぇ奴と組んで、さらに汚ぇ手に走ったって訳か」

「そういうこと。

 さて、これで黒狼切り裂き事件とネイビス切り裂き事件、そして『Ripper』の事情が見えてきたと思う。

 次はこの『Ripper』の絞り込みなんだが」


 そこまで言うと、面倒そうにハルがため息をつく。

 よく見ると、アキやカイもどこか渋い顔をしていた。

 当然だろう、とリクは思う。


 この街を支配するギャングの中から、一人を絞らなければならない。

 つまり、この街の裏社会に蔓延る彼らの中に入り込まなければならない。

 いつも以上に殺気立った黒狼からの情報収集など不可能だろう、と。


「もう少し、絞り込める要素があればなぁ……リク」


 腕組みをして考えながら、ハルがリクの方を向く。


「何?」

「お前が『Ripper』と一番長い間接触していたんだ。なにか気づいたことはなかったか?」

「えぇ!? ……えーっと」


 問われて、リクは工場で起こったことを思い出す。

 彼にとって良い思い出ではなかったが、やっと来た貴重な役に立てる瞬間だ。

 記憶を遡って細部まで思い出す。

 声をかけて、隠れて、見つかって、逃げて、隠れて、襲って、返り討ちにあって……。

 はっ、とリクが顔を上げる。


「タトゥー、あったよ」

「本当か? どこに?」


 ハルが身を乗り出す。

 確か男に首を絞められている時だった。

 黒い革ジャンがわずかにめくれた場所に、はっきりとは見えなかったが、何かが描かれていた。

 じっと目を閉じて思い出す。

 それは、風にたなびく獣の毛の模様ではなかったか。


「ここ。右手の袖をめくった場所だ」


 そう言ってリクは、右手首に近い前腕部を示す。

 ハルが顎に指を当てて呟く。


「身長は一八〇センチ以上、右前腕部にタトゥー……ふむ。だいぶ絞れそうだ」

「弟くん、お手柄じゃん!」

「ほ、本当っスか? よかった」


 どうやら役に立てたようだ。

 アキからも拍手が上がり、ホッとしたようにリクが言う。

 しかし納得がいかない顔をしているのがライカだった。


「そうかぁ? それだけじゃ全然足りなくね? 

 そこからどうやって調べていくんだよ。

 まさか街中回って、黒狼のメンバーを一人ひとりつけ回して袖捲らせるのか?」


 相手も警戒している中で、「腕捲りしてください」などとはいえないだろう。

 仮に右前腕部にタトゥーをしているメンバーを見つけたとして、それだけで犯人として告発するわけにもいかない。

 下手をしたら黒狼全員を敵に回すことになる。

 それは『Ripper』を相手にするよりも酷だ。

 そう主張するライカの意見はもっともだった。


 彼の言葉に、ハルは眉を寄せて再度ため息をつく。


「それについての考えはあるんだが……」


 彼の口が重い理由は、ライカが心配するような事柄に対してではないようだ。

 珍しく煮え切らない態度を見て、ライカが首を傾げる。


「なんだよ、考えって」


 問われたハルは、切れた横目でライカを見て、小さく肩をすくめる。


「一人ひとり見て回るわけにいかねぇなら、そいつらの頭に聞けばいい」

「……は?」


 鬱陶しそうに言葉を吐くハルの顔を、ライカがまじまじと見る。


「というと、まさか」


 ハルの言葉を理解したミズキが、引きつった顔で友人の兄を見る。

 そんなに表情筋使えたのか、と思うくらいに仏頂面のハルは、


「……マガミ。この街の王様に、ご協力願おう」


 この街で、もっとも因縁深い男の名前を口にした。


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