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【発言者:Kalu】
[いきなり失礼します。ご相談があるのですが、よろしいでしょうか?]
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「……という事なんですが、ミズキさんや。
いかがいたしましょうか」
昼休み、自分のチャットルームに入ってきたメッセージを突きながら、リクが向かい合って座るミズキに問う。
チャットルームに表示されたコードネーム欄には、『Kalu』と表示されている。
最新のランキングでは三位であったことを、リクは記憶していた。
「どうせ『Ripper』絡みのことだろうけど、聞くだけ聞いてみたらいかがでしょうか?」
丁寧な口調で短いメッセージに不信さを隠さず、ミズキが答える。
『Kalu』というコードネーム自体は、ランキングや掲示板で他のプレイヤーの発言内に見ることはあったが、彼ないし彼女自身が発言をしたのは、リクやミズキが知る限り初めてだった。
口調も性別も、勿論本名も何も知らない相手だ。
初対面の文字列に対して注意を払おうとするミズキの対応に、リクが神妙な顔で同意する。
「そうだな。よぅし……」
リクが慣れない画面を操作してメッセージを送る。
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【発言者:Luis】
[はじめましてKaluさん。相談ってなんでしょうか?]
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メッセージはすぐに画面に表れる。
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【発言者:Kalu】
[色々考えたのですが、僕ら上位者はRipperに狙われる可能性が高いです。
それを踏まえて、今後二人で協力をしていきませんか?]
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リクは片目を細めて首を捻る。
『Kalu』からのメッセージ内容は、どうやら協力要請のようだ。
「……協力ぅ?
あ、この人『僕』って言ってるってことは、男なのかな?」
「どうかねぇ?
女が男のふりをしたり、おっさんが小学六年生のフリをする時代だぞ。
ほら、返信しろよ。
とりあえず、どういう意図があるのか探ってみ」
「へいへいっと」
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【発言者:Luis】
[協力ですか? 具体的にどういうことでしょうか]
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【発言者:Kalu】
[僕たちは、あともう少しでクリアです。
なので二人で協力して、クリアするのはどうでしょうか?
ゲームさえ終われば、Ripperの事件ももう起きないですし]
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「なるほど、上位者二人がかりで謎解きをして、とっととゲームを終わらそうってことか。
どう思う? ミズキ」
「うーん。怪しい」
「怪しい?」
渋った顔をして腕を組むミズキに、リクが首を傾げる。
「こいつ、良いように利用する気かもしれないぞ。
協力とか言いつつ美味しいところだけ横取りして、抜け駆けアンド賞金ゲットとか」
「でも、今は俺たちより『Kalu』の方が順位が上なんだぞ?
自分の順位を抜かれるリスクを犯してまで、下位の俺達にメッセージを送るか?」
リクの疑問に、ミズキが甘い甘いと首を振る。
「全部で十問なら、もうゲームも終盤だぞ。上位者なら誰でも優勝の可能性があるさ。
もしかしたら、同じメッセージを『Quga』とかほかの上位者にも送って、協力者吟味してるのかもな。
それくらいならまだマシだけど、実はコイツが『Ripper』で、俺たちの行動を監視してるかも……とか、色々考えられるだろ?」
「なんかプレイヤー同士の心理戦になってきちゃってるな」
同じように渋い顔をしながらリクが呟く。
ミズキは、それに肩をすくめて答えた。
「『Ripper』が出てきた時点で、少なからずどいつもこいつも疑心暗鬼だったじゃないか」
「……確かにね。
それじゃどうする?
一応保留ってことでいいかな」
「いいんじゃない?
それで『Kalu』の反応も見れるしさ」
「了解っと」
リクが再び画面を操作する。
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【発言者:Luis】
[話はわかりました。
もうちょっと考えてからお返事しても良いですか?
こういう状況なので、慎重に動きたいので……申し訳ないのですが]
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『Luis』として、断りながらも下手に出るメッセージを送る。
少し時間を開けて、『Kalu』からの返信が届いた。
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【発言者:Kalu】
[分かりました。こちらこそ急にすみません。
最近変な視線を感じたり、帰りに後をつけられている気がして、なんか心細いんです。
つい同じような人に、縋りたくなっちゃって……。
考えてくださっただけでも、十分有難いです。
今後もお気をつけて楽しみましょう]
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メッセージを最後に、『Kalu』がチャットルームから退室していった。
「……なんか、文面だけだと良い人っぽくない?」
「ばかだなぁ。嘘つきが、『自分は嘘つきです』って言うわけないだろ」
「そうだけどさぁ。
俺、『Kalu』が言ってること、分かるんだよなぁ。
脅迫された日から、いつも誰かが俺の行動を見張ってるんじゃないかとか、物陰からナイフで狙っているんじゃないかとか、ついつい考えちゃうし。
些細な物音とかにも敏感になっちゃったりさぁ。
俺はミズキがいるから怖いのも我慢できるけど、一人だったら耐えられる自信ないな」
『Kalu』の丁寧な対応に、リクが少し罪悪感を感じてぼやくように言う。
「だからって変に同情するのも良くないよ。
画面の裏では、何を考えているか分からないんだから。
顔も分からない相手を、迂闊に信用してはならんのじゃ」
仰々しく首を横に振りながらミズキが答える。
「そんなもんか……あ、メッセージが入ってる」
ミズキの忠告を片耳にリクが端末を操作していると、メッセージボックスに新着の知らせがあることに気付く。
今度はチャットではなく、個人宛てのメッセージだった。
上位に入ってから、『Luis』に対してサポートを頼むプレイヤーが増えてきている。
そのためメッセージが入るのは珍しいことではなく、リクがいつも通り一瞥して削除しようとした。
しかし今回ばかりは、その送り主に目を留める。
「え? 『Quga』だ」
「なぬっ!?」
ガタンと椅子を飛ばす勢いでミズキが立ち上がり、画面を覗きこむ。
「なに? なになに? クーガちゃんがなんだって!?」
「落ち着けよ。えーっと……」
相変わらずのファンっぷりを呆れたように見ながらメッセージを開く。
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【送信者:Quga】
[ねぇねぇねぇ!
Kaluからチャットで協力要請されたんだけど、もしかしてLuisもされたー?]
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初コンタクトだというのに、先ほどの『Kalu』とは真逆で、クラスメイトか友人のような挨拶抜きのくだけた口調のメッセージだった。
「やっぱりアイツ、『Quga』にも同じ事頼んでたのか。
というかおそらく、順位的に『Quga』のほうが先に頼まれたんだろうな」
ミズキの言うように、『Kalu』が上位者から協力要請をしているならば、『BlueButterfly』を抜かせば次は『Quga』だ。
それが『Luis』に回ってきたということは、おそらく『Quga』は『Kalu』からの申し出を断ったのだろう。
そんな簡単なプレイヤー同士の行動も、緩やかなリクの頭脳をガリガリと刺激する。
「うわぁマジで心理戦になるのかよ。
俺無理だぞ、そういうの!」
「言われなくても分かってるよ。
ほれ、代われ。俺がクーガちゃんと話す」
ここぞとばかりにミズキが代役を務める。
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[はじめましてQugaさん。
つい先程チャットでKaluとそのような会話をしました]【送信】
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『Quga』からも、まるで待っていたかのように素早い返信がある。
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【送信者:Quga】
[やっぱりなのです!
多分上位者みんなに声かけてるのですよー!
私は断ったよ。Luisは?]
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[一応保留、ということで]【送信】
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【送信者:Quga】
[なんでですか?]
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[少し考える時間が欲しいのと、完全に信じきれないからです]【送信】
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【送信者:Quga】
[じゃ、断ればいいのです。
協力するのやめたほうがいいですよー!
絶対あやしいよー!]
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[やっぱり怪しいと思いますか?
でもKalu、最近視線を感じたり付けられているかもしれないって言ってましたよ]【送信】
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【送信者:Quga】
[信じさせるために、Kaluが嘘ついてるかも?]
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「自分だって正体分かんないんだから、他人のこと言えねぇじゃん」
「こら、クーガちゃんになんてこと言うの」
まるで『Kalu』を信じていない様子の『Quga』に、リクがむっとする。
「じゃ、なんで嘘だって思うのか聞いてみろよ」
『Quga』派のミズキがリクに携帯端末を渡すと、彼は画面に指を滑らせる。
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[Kaluが嘘をついてる、ですか?
何か根拠とかあるんですか?]【送信】
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【送信者:Quga】
[Kaluは私よりも遅くはじめたのです、ネイビス。
なのに三位とか、絶対ズルしてるのです!]
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「そういえば、確か同じ時期にランキング入ってたんだよな。
『Quga』と『Kalu』、あと『BlueButterfly』もか。
最後のアイツは、すぐにやめてサポーターになったけど」
「誰がいつネイビスを始めたかなんて、分かるのか?」
リクの疑問にミズキが首をひねる。
「いや、どうだろ。そんな機能なかったと思うけど」
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[なぜKaluのゲームを始めた時期を、あなたが知ってるんですか?]【送信】
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【送信者:Quga】
[私は探偵ですよぅ!
だからなんでも知ってます!]
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根拠と言えないのに、なぜか自信満々な感じで短く返信される。
「……それは答えになってるのか?」
「……かわいい」
「お前なぁ」
リクとミズキが正反対の顔をしていると、『Quga』から追伸が送られる。
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【送信者:Quga】
[って言っても、私のこと信じないでしょ?
Kaluも同じ、みんな同じ。
だから、迂闊に他のプレイヤーに手を出すのも、目立ったことするのも、姿を見せるのもだめなのです。
相手は何を考えているのか、分からないのですから]
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「ま、一理あるわな」
謎の自称探偵の忠告を受け取り、再度端末を渡されたミズキがメッセージを返す。
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[分かりました、肝に銘じておきます。
それで、用事はなんだったんでしょうか]【送信】
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【送信者:Quga】
[それだけ。それじゃ、ごきげんよう!]
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短く告げられた別れのメッセージに、ミズキが再び首をひねる。
「あら、忠告だけしにきたのか。
てっきり『自分と組んで』とか言い出すかと思ったのに」
「え? そうなの?」
「むしろ、そうだったらいいのに……」
「お前なぁ」
『Quga』との協力を期待してたのか、ミズキが肩を落とす。
「何だか顔が見えない相手とやり取りするって気持ち悪いよな。
誰を信じていいのか、全然分かんねぇよ」
頭をつかうこと、そして相手の心理を読んで一歩先を行くこと。
どちらもリクが苦手な分野だった。
その逆が、彼の兄だ。
そうやって宿り木を移るたびに周囲に溶け込み利を得る兄を、リクは何度も見てきた。
「まぁ、『Quga』の言う通りだよなぁ」
「うん?」
リクの携帯を本人に返して、ミズキが背もたれに背中を押し付けるようにして大きく伸びをする。
端末をポケットに押し込みながらリクが目を向けると、ミズキもどこかリクと似た表情をしていた。
彼も頭を使うのは苦手なタイプだ。
ゲームの渦中で右往左往しているのは、彼も同様だ。
「君子危うきに近寄らず。
下手に誰かに手を伸ばして、そこを『Ripper』やら『青い蝶』やらに切り裂かれたら、たまったもんじゃないよ」
『Quga』やミズキの言うことはもっともである。
それはリクも、よく分かっている。
顔も形もわからないプレイヤーたち。
徒党を組んだ切り裂き魔。
そして、ゲームを続行するディーラー。
どこに誰が何を仕込んでいるのか分からない状況で、少しでも目立った動きをするのは命取りにもつながる。
だが、リクはどこか腑に落ちなかった。
例え顔かたちが分からずとも、画面の外で文字を書いているのは、一人の人間だ。
考えたり怯えたりしている、自分と同じ人間なのだ。
もし目の前で人が助けを求めていたらどうするだろうか。
手を出して良いのと出してはいけない、その境目はどこにあるのだろうか。
そのことをゆっくりと考える時間など、リクには無かった。
彼が答えを出さなければならなくなったのは、その日の放課後。
帰宅中に送られてきた、『Kalu』からのメッセージを受け取った瞬間。
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【投稿者:Kalu】
[助けて、Ripperに追われてる]
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