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2-14

 リクは考える。

 目の前で何が起こっているのか。


 たしか『降谷先輩』、つまりカイがプレイヤーの手助けをしてゲームの展開を変えていた。

 それをうっとおしく思った『Ripper』がカイを脅迫して呼び出した。

 だから、その呼出場所でカイが襲われるのを防ごうと思って、走ってきた。

 だが彼は五体満足で、無事そのもの。

 代わりにライカという二年生がボロボロになっている。

 そしてボロボロにしているのは、他ならぬ自分の兄とその仲間だ。

 だが、さすがの兄もただの学生をここまでズタボロにはしないだろう。

 この場にいて、そして兄に足蹴にされているのは、この場にカイを呼び出した人物。


 つまり――ライカが『Ripper』?


 そしてもう一つ。

 確信があった。

 この出来事は、今日たまたま起こったことではない。


 この舞台を用意したのは、間違いなくハルその人である、と。




「あ、あの、えぇと……降谷先輩?」


 目の前で行われている惨劇に目を丸くしながら、リクがおそるおそるカイに声をかける。

 カイは先程から大好物の機械を弄っているからか、にんまりとした表情で二人の方を見る。


 陽光学園で有名な変人。


 普段は寝ぼけたような顔をしているが、興味を持ったモノに関しては暴走に近い行動を取る。

 それは以前ミズキが言ったが、さらに彼を変人足らしめているのが、その人格だ。

 割とローテンションな彼は、何らかの媒介を通すことで、それが一変する。

 かつて掲示板やチャットルームで見せたような、茶目っ気溢れるハイテンションな人格が顔を出すのだ。

 時には、あれはまだ全然マシだというほどに、キレッキレになるようだが、それが目の前の人物とはまるで結びつかない。


「掲示板のコメントを見てきてくれたのか。

 うちの馬鹿な弟とは大違いだな。

 偉い偉いイイ子イイ子」

「う……!?」


 ハルの弟というだけでリクに対する好感度が高いのか、カイは彼の妹にするように頭をぽんぽん、とリクの頭を撫でる。

 なぜかアルコールのような薬品臭が、リクの鼻に触れた。


「や、やめてくださいよ。

 というか、掲示板のコメントに気づいたのは俺じゃなくてミズキっす!」


 され慣れない行動に焦りながらリクが、彼と同じように目を丸くして呆然としていたミズキを指さす。

 すると、彼は今度はミズキの頭に手を当てて撫でる。


「なるほど、お前が噂の……ふむふむ。

 俺は、二年の『降谷 開』だ。

 以後よろしく」

「……えぇと、よく存じております。

 というか、噂って何ですか」


 妙な調子で自己紹介をするカイとは真逆に、ミズキが苦笑いをする。

 学校で一番の変人だ。知らないほうがおかしいだろう。

 そう心のなかで呟きながら。


「っていうか、降谷先輩!

 いったい何がどうなってるんスか?」


 はじめに流された質問をもう一度リクがぶつけると、カイはミズキから体を離して首を傾げる。


「なにが、どう?

 お前が予想していたことと、見ているものが全てだけど」

「へ?」


 リクとミズキが今度は首を傾げる。


「先輩、やっぱり切り裂き魔に襲われたんですか?」


 ミズキが眉を寄せて心配そうに尋ねると、なんでもないようにしらっとした態度でカイが答える。


「うん、あのチンピラもどきに襲われたみたい。

 でも、ハル君が偶然たまたま運良く通りかかってくれて、助けてくれた」

「偶然たまたま運良く、ねぇ」


 絶対嘘だろう、と言わんばかりに二人がため息をつく。

 この状況と先ほどの掛け合いを見ていれば、完全に仕組まれていたことが、リクにだって分かる。

 囮のカイに釣られたチンピラもどきのライカが、ハルとアキに狩られている真っ最中なのだ。


「妹が言っていた通り、ハル君は王子様属性なのかなぁ」

「人の兄貴を変な風に言うのはやめてください」


 リクが若干本気で嫌そうに言うが、カイは全く意に介さないで話を進めていく。

 彼はふむ、と顎に指を当てて少しだけ考えこむ。


「確かに。

 王子様より、どっちかというと女王様? 態度といい足技といい」

「あぁ、なんとなく分かります!

 お兄さんっていうより、お兄様って感じ。

 鞭とか持ったら似合いそうですよね」

「お前まで何言ってんだ!」


 ミズキが胸の前で手を組んで「なんかいいかも」とか言い出すのを、リクが怒鳴って止める。

 そしてなぜか逸れ続ける話を無理やり掴んで持ってこようと、ひん剥かれていくライカを指さしながら、カイに詰め寄る。


「だから、そうじゃなくて!

 降谷先輩、あの、アレは一体、何をどうしてそうなっちゃったんですか?」


 リクが前方の三人を指さす。

 すでにライカは学園指定のズボンを脱がされ、下着姿で喚き散らしている。

 それを平然と押さえつけながらどんどん脱がしていくアキと、まったく感情の篭らない声で「はいはい笑ってーもっといい表情作ってー」とか言いながら、薄いデジタルカメラで音もなくシャッターを切り続けるハルがいた。


 一見して下劣な事が行われているのが分かる。

 ライカをよく見ると、下着もちょっとズレている。

 指を差しながら、リクは目線だけは見たくないものから目を背けた。


「だから見ての通り。ネタがなきゃ脅せない」


 さらりとカイが説明する。


「いやそんな、脅すことを当然のように言われても」


 外道極まりない行動を、さも日常茶飯事みたいに言われ、世界観の違いを思い知るミズキ。

 カイを襲ったとはいえ、恥辱まみれの写真を取られて涙目になりながら喚き散らすライカを見て、リクはどこか可哀想にすらなった。


「よし、もういいぞ。……うわヒデェなこれ」


 ハルの言葉で、アキがライカから腕を離す。

 彼はアキの腕の中でもがき疲れたのか、地面に落とされ、二・三歩歩いた所で前のめりに転がる。


「ほー、どれどれ。

 うっわ本当だ、ヒデェ。あははは、これもいいね。

 こっちのも使えるんじゃないか、色々と」


 そんなものはお構いなしに、愉快そうにアキがハルのデジカメを覗きこみながら、脅迫写真のチェックを始める。

 その隙にライカは脱がされて放られたズボンまで這って歩き、まるで宝物のようにくしゃくしゃになったそれを抱き寄せる。

 そして涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔を二人に向けて怒鳴りつける。


「てめぇら! こんなことしてただで済むと思ってんのか、おい!

 こんな、こんなの、犯罪だぞ! 分かってんのか!!」


 顔だけではない。

 痣と擦り傷が全身に痛々しいほどに付けられている。

 すべてハルとアキによるものだ。

 彼は肩を怒らせ、未だ整わない息をつきながら、泣き出したいであろう感情を必死に押し込めて、心身ともに削り続けた二人を見上げて悪態をつく。

 しかし対する二人は、可哀想なくらい冷たい目で彼を見下ろすだけだった。


「犯罪? どれが? 何が?」


 氷のように温度がない声を出すハルに、僅かに体を引きながらも、ライカは踏みとどまってカメラを指をさして怒鳴る。


「それだよ! 俺のしゃ、写真撮ってんじゃねぇか!

 それネタに脅すんだろ! 脅迫罪だ!」

「………」

「ひっ!」


 ハルが無表情のまま片目を細める。

 たったそれだけで、ライカの体はビクリと震え上がるほど、冷たい表情となった。

 既にトラウマがカラダに染み付いているのか、ライカは喉の奥で小さな悲鳴を上げる。


「カイ」

「ん」


 ハルが手だけをカイに差し出すと、ボスの意を得たカイが、自分の胸ポケットからペンを抜いて宙に放る。

 大きな弧を描いたそれをハルがキャッチすると、自分の顔の目の前に立てるように持つ。


「……?」


 シルバーのフレームをした細いボールペンのようなものを、まるで手品でもするかのように見せられてライカが眉を寄せるが、構わずハルはそれに指を這わせる。

 側面には薄く目立たないが、四角いボタンがある。

 何かのスイッチになっているようだ。

 ハルがそれを親指で押し込む。


『よぉ、降谷ぁ』


「!!」


 そのペンから、声が響く。

 リクたちは悲鳴かうめき声か怒鳴り声しか聞いていないが、それは確かにライカの声だった。

 おそらく数分前、この出来事の少し前の彼の声だ。


『お前さ、ネイビスでサポーターやってんだろ?

 それ、やめろって言われたよなぁ?

 なぁ、なんでまだやってんの?

 やめる気はねぇの?』


 ペンからは、相手を威嚇するような声がライカの声が続く。


「お前、それ」

「音質最高なんだ、そのボイスレコーダー」


 ライカは吊り目を丸く開いて、震える指でペンを指さす。

 それにカイが答える。


「ぼ、ボイスレコーダー……?」


 ずっとカイの胸ポケットに刺さっていたペン型ボイスレコーダーは、数分前の彼らのやりとりを正確に録音していた。


「世の中、どこの誰が馬鹿をするか分からないから。

 弟とミズキにもあげる。

 ……買ったのはハル君だけど」

「ど、どうも」


 なぜか自慢げに胸を張りながら、ズボンのポケットから出した同じ型のボイスレコーダーを、カイがリクとミズキの胸ポケットに差す。

 そんなやり取りをしている間にも、ペン型ボイスレコーダーはさらに再生を続ける。


『……やめる気はない、と言ったら?』


 これはカイの声だ。

 どこか怯えた声であるが、今なら分かる。

 完璧に演技だと。

 

 しかし数分前の、それとは気づかないライカがせせら笑うように答える。


『嫌だと言ったら? そうだな、ちょっと痛い思いするかな?』


 チャッと金属が擦れる音がする。


『ナイフ……。

 俺を刺すのか?』

『今更だろ?

 このゲームに関わるなら覚悟くらいしとけよ』

『お前が『Ripper』だったのか?』

『お前の知ったこっちゃねぇよ。

 ほら、ゲームをやめるか?

 それともちょっとサクッといってみるか? あん?』


 ここで、ハルがもう一度ペンに指を滑らす。

 カチッという音と共に、再生が一時停止された。

 これがリクとミズキが来るまでにあった出来事の一場面なのだろう。

 レコーダーの音がない校舎裏に、不気味なくらいの静けさが流れる。


 ハルが音もなく一歩前に出て、真っ青になって座り込んでいるライカの前に、すっとしゃがみ込む。

 レコーダーを挟んで、二人の目線が同じ高さに合わさる。

 大柄ではないライカだが、それでもハルよりは拳一つ分は背が高く体格が良い。

 にもかかわらず、喉の奥でもう一度ヒッと音を鳴らし、ハルに押されたように僅かに後ずさる。

 ハルはそんなライカの頭を、レコーダーを持った手とは逆の手で後ろから髪の毛ごと掴む。


「なぁ、こんなことしてただで済むと思ってるの?

 これって犯罪だよなぁ?

 分かってんの?」


 先ほどのライカと同じ言葉で、しかし一段回低く抑揚のない声で、ハルが言う。

 感情も光もない、底なし沼のような瞳に捉えられ、ライカは逃げるように後ろに下がろうとするが、頭を掴まれてそれもできない。


「……ぅ……」


 世の中には、関わってはいけない人間がいる。

 思考が他の人間とは明らかに違う人間だ。

 ただ思考がズレているのではない。

 他の人間が確実にスピードを落とすかブレーキをかける場所で、躊躇いもせずにアクセルに足を叩きつけるような人間だ。

 一見して分かる人間もいれば、見た目は他の人間と区別がつかない時もある。

 行動や話すとそれに気付くこともある。


 そんな話をライカは頭の片隅に、まるで走馬灯のように思い出した。

 そして、はっきりと理解した。


 眼の前にいる、同じ年頃の少年がそれだ、と。


 魅入られたように逸らすことの出来ない、暗い水を湛えたような目は、今まで見てきた人が持つどの目とも違った。


「カイ。お前どうしたい?」


 ふとハルの視線がライカから外れる。

 彼は自分が息もしていなかったことに気づいて、思わず肩で息をつく。

 もちろん目の前にはハルがいるので、未だに牽制はされたままであるが。


「……うーん。押された時に、ちょっと背骨にヒビが入った、かなぁ。

 あとその時壁に付いた手も捻った。

 死ぬほど痛い。

 あぁ、俺死んじゃうかも」


 どう見てもピンピンしているカイが、感情なく体のあちこちを撫でながら、大げさに報告をする。

 まるで当たり屋だ。

 それを聞いて、ハルが再びライカに目を移す。

 また息をつまらせて、ライカは体を硬直させた。


「聞いたか?

 俺の友人に怪我をさせるなんて、酷いやつだな。

 治療費は五十万ってとこかな?」

「な、そんなわけないだ……いっ!」


 思わず反論したライカの言葉は、後ろから力を込めて引っ張られた髪の痛みで続かなかった。


「あ? 何なら今から病院行かせて診断書でも書かせてこようか?

 別にいいけど、そうしたらお前、ますます逃げられなくなっちまうなぁ?」

「……う」


 脅しかどうかは判断できないが、目の前の人物ならば本気で用意しそうだと感じ取り、ライカはさらに言葉をつまらす。


「あと脅されてすっごく怖かった。

 俺トラウマになっちゃった」


 ダメ押しでカイが付け加える。


「おっと大変だ。精神的苦痛も追加……と。

 今後の生活も考えて、慰謝料プラス百五十万か。

 合計二百万だってよ」

「はぁ!?」


 さすがにライカが批難めいた声を上げる。


「に、二百万って、そんな金あるわけねぇだろ!」

「それでも払わなきゃいけないんだよ。

 だって、そうじゃなきゃ、これが、なぁ?」


 ライカの非難を、少しだけ顔を傾けたハルがポケットからデジカメを出して、ゆっくり横に振りながら返す。


「人を脅して傷つけておいて、その責任も取れねぇ奴の恥ずかしい格好が、ネットで世界中に駆け回っちゃうけど、別に構わねぇよな? ん?」

「な、やめっ! やめろ!」


 ライカがデジカメを奪い返そうとカメラに向かって手を伸ばすが、ハルの方が一瞬早く彼から手を離して身軽に横に避ける。

 勢いづいたライカの体は、うつ伏せに倒れこむ。


「じゃ、二百万な?」

「ふ、ふざけんな! お、俺は……っ!」


 倒れこんだまま、ライカは恐怖を残した顔でハルを、半分気合で睨みつける。


「あ?」


 振り絞るような、わずかに上ずった声がライカから漏れる。


「お、俺は本気で刺すつもりなんて、な、なかったんだよ!

 ちょっと脅すつもりだっただけで、本気じゃねぇよ!」


 その言葉に、ハルは持っていたカメラで口元を隠すようにして目を細める。


「あぁそうなの?

 本気で傷つける気なんて無かった、だから二百万払わねぇって?」

「そうだよ!」


 軽くハルは頷く。鼻で笑いながら。


「へぇ、いいよ別に。じゃあ好きにしなよ。

 こっちも本当は写真をばら撒くつもりなんてねぇし」

「う、嘘をつくな!」


 地面に手をついたままでライカが叫ぶように言うが、ハルはしれっとしている。


「何で嘘だって分かるんだ。

 嘘かもしれないけど、本気かもしれないぜ?」

「そんなの俺に分かるわけ……あ」


 言いかけて、ライカが言葉を詰まらす。

 ハルの言いたいことが分かってしまったからだ。

 自分が言っていることと、ハルが言っていることは、何一つ変わらないのだということに。 


 ハルの言葉が本気かどうかなんて、ライカには分からない。

 二百万など払わなくても、写真はばら撒かれないかもしれないが、ばら撒くかもしれない。

 本気じゃなかった、など言い訳にすらならない。

 口を閉ざしてしまったライカに、ハルがもう一度同じ高さで視線合わせる。


「ほら、よく分かってるじゃないか。

 なぁ、関係ないんだよ、脅される方にはさ。

 お前が本気かどうかなんて、まるで関係ないんだ。

 あるのは、結果と植え付けられた恐怖だけ」

「……う」


 形の良い唇から、感情のない言葉がレコードのように吐かれる。

 このような場合、ハルの整った顔は、ただ恐怖を増幅するだけの凶器であった。

 全身に鋭い寒気を感じ、ライカは唇をきゅっと噛む。


「お前の言う真実は、事実じゃない。

 ここにある事実は、カイがお前に襲われ、『運良く』俺達が助けに入った。

 それだけだ」

「いっ!」 


 そこまで言うと、ハルが再びライカの髪の毛を後ろからつかみ、強引に上を向けさせる。

 上にさらけ出されたライカの喉仏が、息と唾液を飲んで何度か上下する。

 ハルは、さらに同じような底冷えするような声で続けた。


「良かったなぁ、お前。

 俺達が来るのが早くてさ。

 もしカイに、本当に何かあったら」


 ふとハルが言葉を区切る。

 ライカの髪を掴んだ手に、さらに力が込められた。


「え?」


 すっと頭上に掲げられたハルの右手には、銀色のペン型ボイスレコーダーが、ペン先を下に向けて逆手に握られている。

 それがどうなるか、ライカは簡単に予想ができた。

 それでも目が釘付けになった。

 ペン先が狙っているのは、それを見ている彼の眼球。


 銀色のペンがライカの目線と垂直に掲げられ、ペン先が瞳孔のまっすぐ先で、太陽を鈍く反射していた。


「や……やめ……」


 思うように動かない喉と、震えたまま硬直した体から絞りだすように、必死で声を出そうとする。

 自分の頭を掴むハルを押しのけようとライカが両手でもがくが、華奢に見えるその体は恐怖に支配されたライカの力ではびくともしない。

 ライカは自身の全身から冷や汗が噴き出るのが分かった。

 ハルにも、ライカの怯えた声は聞こえているはずだった。


 しかし彼は、まるで子供が積み上げた玩具を壊すかのように、なんの躊躇もなくペンを振り下ろす。


「ひっ!!」


 びくん、と肩を震わせたライカの喉が鳴る。


「……あ……ぁ……」


 ペン先は、彼の右目ほぼ一センチ前で止まっていた。

 三秒遅れて、がちがちと彼の歯が震えて鳴り出す。

 ペン先の下にあるライカの眼球は、まるで別の生き物のようにぎょろぎょろと逃げるように動きまわる。

 彼の喉からは、不規則な息が漏れていた。


「もし俺のものに手を出したら」


 ペン先が動く。

 頭の枷が外されたライカの頭ががくりと落ち、しかしその目は操られた人形のようにそれを追う。

 ペンはハルの顔の前で止まり、彼の唇に軽く押し付けられた。


「脅すだけじゃ、すまなくなってたところだ」


 まるでそれはそれで楽しそうだ、とでも言うかのように、ハルは冷たく告げる。


「あ、う……」


 それを合図に、ライカの体が糸の切れた人形のように、地面の上に崩れ落ちた。


「ハル君、そろそろやめてあげないと、そいつ漏らすよ。

 ていうか、まだ使うのに壊れちゃう。

 あと若干、弟とミズキが引いてる」


 すでに言葉を紡ぐ元気もなくなったライカに被せるように、カイの声が飛んでくる。


「若干どころの騒ぎじゃないんですが……」


 カイの言う通り、まるで現実ではなくドラマでも見ているかのようにして唖然としていたミズキが、カイを振り返りながら呟く。

 リクはといえば、兄が他人を恐喝する姿を見て、目を丸くして口をパクパクさせているだけだった。


「……そうだな、この先はちょっと見せないほうがよさそうだな」


 小さな声でハルは呟くと、


「アキ、連行」


 いつの間にかライカの後ろに回っていたアキに指をパチンと弾いて命令する。


「了解」

「いって!」


 アキが再び腰から抜かれた警棒の柄部分で、力の入らない体を何とか持ち上げようとしていたライカの後頭部を思いっきり殴る。

 が、特段気絶するわけでもなく、ただ痛そうな悲鳴だけが上がった。


「へー。ドラマみたいに、なかなか上手く気絶はしないんだな」

「これから練習すればいいだろ、これで」


 ちょっと不満そうに口を尖らせたアキに、ハルが目の前のライカを練習台にしろと言わんばかりに指をさす。


「な、なに勝手なこと……いでぇっ!」

「そうだな。とりあえず連れてくぞーぅ!」


 気絶させて連れて行くのは早々に諦め、ぐちゃぐちゃになったライカの髪を鷲掴みにして、アキがずるずると引っ張っていく。


「いてぇって! 髪! 髪はやめろぉっ!」


 ライカは足をばたつかせてもがくが、常人以上に力が余りあるアキの前では無力であり、大きい人形のように地面に引きずられて、やがて罵倒と共に姿を消す。

 その様子を、ハルとカイが無表情で手を振りながら見送り、リクとミズキは再び言葉を失っていた。


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