プロローグ
冷たい石壁に囲まれて、フェリシティ・コディは立っていた。
群青色の制服をまとい、長い金髪を後ろで束ね、前髪をきっちり右側に流している。青い瞳はまっすぐに前を向いているが、微動だにしない視線は彫像のように生気にとぼしい。
部屋の寒さに、前で組んだ手をしきりにこすり合わせるが、血液まで凍りついたかのようにぬくもりは戻らない。
「たしかにコディ弁務官の行ったことは、道義において正しい」
道義とは。フェリシティは記憶の中の辞書を引っ張り出した。背丈が今の半分に満たないころから詰め込まれた膨大な情報によると”人の行うべき道”とある。
では、”人”とはなんだったか。思い出そうとしても、人を定義する言葉はまだ見つかっていない。
「だが、短慮であったことは疑いない。そうではないかね」
あの時、フェリシティは考えた。やせ細った子どもたちに囲まれ、毎日毎日考えていた。だが、答えは見つからなかった。結局、その時が来ても、だれも知らなかった。
「若い弁務官にありがちなミスだ。我々にだって似たような経験がある。まぁ、彼女の場合いささか大規模ではあるがね」
複数の笑い声が響く。冷たい石畳に木霊して、頭のなかでわんわんと響く。
人はなにかに安心すると笑うという。みな、なにに安心しているのだろうか。
「なにより、メディアが居たというのが不味かったな。だれだ、許可したのは」
「広報部では?」
「うちじゃありませんよ。喪失惑星は福協が……」
「待て待て、報道を入れるのは慣習によるものだ」
だれが悪いのかずっと探していた。なぜ世界には犠牲が必要なのか。
結論を消去して、一から試行錯誤。毎日眠る前に繰り返した
どれだけ考えても行きつく答えは一つしかなかった。
世界は――
「主題から離れています。話を戻しましょう」
「……ともあれ、いい加減結論を出す時だろう。もう四時間も話し合ったのだし」
「では別室に移りますか」
「先日の提案でよいのでは?」
「異論はありますか」
「ないよ。そんなもの」
「昼食までに終わらせましょう」
部屋は冷えている。フェリシティはしきりに両手をこすり合わせた。
「では、決まりだな。コディ弁務官」
うつむいた視界には、石畳とみずからの足しか映らない。
石灰岩に温度を奪われたつま先はすでに感覚がなく、血の通わない無機物のように思えた。
「……コディ弁務官?」
これからもずっとずっとこうして立っていると、体も凍るのだろうか。
最後には、心も凍てつくのだろうか。
それならばいっそ――
「フェリシティ・コディ弁務官!」
しん、と静寂が落ちた。
顔を上げると、査問委員たちがこちらを見ていた。年老いて一線をしりぞき、若い人間の失敗をあげつらうことに喜びを見出した権力者たち。
フェリシティは、みながこちらの反応を待っているのだと気づき、慌てて答えた。
「は、はい」
「君への処置だが」
委員の中でもっとも太った査問委員長が、もったいぶるような口調で告げた。
「……喪失惑星調査団にて、法務を行ってもらうことにした」
別に驚きはしなかった。とっくに予想していたことだ。そして、査問がはじまるより前に決まっていたことだろう。
「正式な辞令は後日通達する。長旅だ、身辺を整理しておきたまえ」
フェリシティは無言で頭を下げた。
「では、査問を終了する!」
途端に空気が弛緩した。
委員たちががやがやと席を立ち、部屋を出て行く。石畳を踏みしめる革靴の音は群れをなし遠ざかり、やがて扉の閉まる音を最後に静寂が生まれた。
フェリシティは頭を垂れたまま動かない。
頬を焼くほどに熱い液体がぽたぽたと石畳に落ちた。




