表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒旋律の歌姫  作者: 梔子
三章【王都編:悪魔の心】
63/64

【閑話】中身会議

「今より我らの会議を始める」


そこは、天井も床も何もない、広大な漆黒の空間。空間に浮くようにして、上下左右の無限に広がる円卓があった。重力がないように幾重にも重なり、螺旋状に広がる円卓には無数の者達が座っている。彼等に纏まりはなく、幼いブロンドの幼女の横に、純白の虎が座り、点滴まみれの白髪の男性の横に、迫力のある女傑が座っていた。


永久に続く生き物の群れ。性別民俗宗教身分年齢服装外装人種肌色身体肉体身長体重目の数手の数印象雰囲気高貴下等人間人外獣型魚型鳥型、全てがバラバラな彼等だったが、一様に見目麗しく、厳かな王者の貫禄を纏っており、座っている椅子に鎖で繋がれていることだけが共通していた。


その円卓の中心に男がいた。彼だけが座らずに、不可視の床に佇んでいるようだった。男は、熊の毛皮飾りが付いた緋色のマントで体を覆い、身体中を鎖で繋がれてまるで鎖の塊のようだった。鎖やフードを深く被っている為に、顔立ちや服装は詳しく分からないが、マント越しに浮き上がる体は大きくて逞しいと察する事は出来る。


円卓の机の端は彼を囲むように設置されており、そこから、クルクルと無数の螺旋円卓が伸びている。どうやら、無限の円卓は男が立っている場所から始まっているようだった。


無言が支配する中、男が口を開いた。


「さて、我らよ。我らの愛し人がいなくなった」


その男の声に、その場の全員が眼を吊り上げた。最初に口を開いたのは、小さな西洋人形のような少年だった。


「僕の同級生が?」


可憐な声が響いた瞬間、他の者達がポツリポツリと話し始める。


「私の従者が?」

「ワシの彼が?」

「あたしの恩人が?」

「妾の侍女が?」

「俺様のアイツが?」

「わたしの先生が?」

「ボクの教官が?」


人だけじゃない。見事なたてがみをたなびかせた獅子も、優雅な尾羽を輝かせた鳳凰も、一斉に呟き始める。一斉に呟く声は波となり、空間をたわませる。全員がバラバラな人物の事を言いながら、誰か一人を表しているんだと不思議と分かった。


「やはり、若僧に任せてはおけないな……」

「そうだ……」

「そうだな」

「せうである」

「是非もなし」

「そうよ」

「にゃん」


そんな中、誰かがポツリと呟いた言葉に周りの人物は黙り、一子乱れぬタイミングで頷いた。それはまるで一つの意志によるもののような、不気味な動きだった。


それを見て、円卓の中心にいた男が、ユルリと片手を顔の脇まで上げた。男はただ手を上げただけなのに、周りの視線を惹き付け、見なければいけないと思わせるような威圧感を漂わせていた。


「我らよ、今我らは奇跡に立ち会っておる。それは、魂の一刻となりし我らならばお分かりだろう。我らは永い永い間、忌まわしき宿命により、愛しい魂が簡単に無価値に情け容赦なく無慈悲に、我らの代わりに死を受け入れる様子を見続けてきた。我らが愛しい魂に触れる時は、彼女または彼の死の間際。満足げに笑う彼女ないしは彼を見た時の、絶望は皆に刻まれているだろう。罪を受け入れ、我らを生かす為だけに生まれ落ちる命。その健気さ儚さ美しさ、愛しさは募り深まり濃縮され、我らの心を掻き乱す。その度に我らは、自らの命を呪った。自らの命を忌い、ひたすら時代を激動を戦を駆け抜けて悲しみを誤魔化した。そんな中、やっと、やっとだ。幾千幾万幾億幾兆、積み重ねた我らの所業。それらの功徳にて、我らの愛しい妃の忌まわしき宿命をほどく事に成功した。今、私達が愛せなかった魂は生きている」


群衆の前に、とある映像が浮かび上がる。それは、純白の翼を持つ青年だった。誰かの視点なのだろうか?青年は視点の持ち主を見つめている。そして、視点の持ち主が伸ばした褐色の手が彼の頬を撫でると、青年はくすぐったそうに首を傾げながら声をあげて笑った。それは、この場にいる者達が永劫に近い時を懸けて望んだ光景だった。


「ああ、なんと尊い姿であろうか。今まで死に際の姿しか見ることの出来なかった我らだが、今、妃は美しい笑顔を見せてくれる。もう、冷たくなり固くなる肌を触る必要はない。もう、冷たい体から流れ出る熱い血潮に塗れる必要はない」

「だが、妃が我らの為に、いつ犠牲になるか分からぬ」

「そう、例えば刺殺されるかもしれない」

「また櫟殺されるかもしれない」

「また、溺死するかもしれない」

「また、絞殺されるかもしれない」

「また、病死するかもしれない」

「また、犠牲になるかもしれない」

「また、犯されて殺されるかもしれない」

「いまだに世界は妃に辛く、厳しい。だから、我らが守る必要があるのだ。また、悲劇を繰り返さぬ為に」

「なのに、今の我らは分かっておらぬ」

「この奇跡の価値を」

「どれだけ危険なのか」

「その健気さ儚さ美しさ」

「もう、我らは失わぬ。立ち上がれ我らよ」


中心の男が命じた瞬間、円卓に着席していた者達が一斉に立ち上がった。椅子から起立するその音は、まるで山鳴りのように轟き、魂に影響する。


「これより、我らは現在の我らに干渉する」


各々の言葉で「応」「応」と応え、そのざわめきは轟きのように押し寄せ、耳が壊れそうなほどの轟音となって空間に満ち溢れる。


彼等は未来永劫に等しい時を、愛しい命を目の前で失った心の集合体【前世】。気付いた瞬間、無惨に命が散るのを見続けた魂の積み重ね。前世の列に列席しながら、「これは罰なのだろうか?」と何度も己達に問い掛けた。


だからこそ、【前世】の【愛する魂】への執着は並々ならぬ物があった。


最初は小さな干渉から始まった。それは禁じられた事であったが、神獣や大魔術師もいる【前世】にとっては容易い事だった。現世の影から見守るだけで、現世の影に潜みながら【愛しい魂】に触れるだけで満足だった。だが、偉大な魂にも欲がある。もっと、もっとと欲が出て、それは現世の思考にさえ影響を及ぼし始めた。


彼等の望みは只一つ。【愛しい魂】を守り、永久に供にいる事。だが、今の現世は、様々な修羅場を経験した前世にとっては生温い若造であった。


だから、成すべき事を教えてやった。

例え、それが現世の今の本意じゃなくとも、いつかその判断に安堵する日が来ると知っているから。


なのに、不甲斐ない現世は再び【愛しい魂】を見失った。あれほど懇切丁寧に教えてやったのに、愚かな若造は愚かな事に見失った。


もう、任せてはおけない。

干渉しよう。

深く深く。

先ずは、危険な子供だ。

殺しはしない。

子供は現世と【愛しい魂】の合わせだから。

だが、魔術を使えないようにしよう。

魔術の源泉である感情をなくそう。

邪魔な現世は眠らせて……。


「……今、助けてあげよう我が妃よ……」


思わず呟いた中心の男。


彼等の目に、美しい碧眼から涙を流す【愛しい魂】が映る。それは悲痛な叫びを伴う涙だ。だが、彼等はそれすらも歓喜になる。「ああ、美しい。今の貴方はそう泣くのか」と……。そして、更に今の貴方を守らなければならないと覚悟を決める。


私達は貴方が笑ったり泣いたり出来るように、生きていけるようにする為ならば何でもしよう。例え貴方が望んでなくても、貴方を守ろう。


彼等は狂っていたり、愚かである訳ではない。ただ、愛し続けた魂を自分のせいで失い続けただけなのだ。そうなったら、誰もがこうなるだろう。


理性と慈愛に満ちた瞳で、凶行に手を染めるだろう。何故ならば、それが前世としての経験による、理論立った結論だからだ。だがしかし、此処に一つ、前世に囚われない人物がいた。


「に……さ……」


声がした。

それは眠らせた筈の若造の声。


「兄さんを、泣かせる奴は誰だぁぁぁ!!」

「!?」


唐突に、脈絡もなく、突然に、空中に忽然と現れたのは、有翼の青年。悪魔の称号を持つ彼は、その称号に相応しい憤怒の表情を浮かべて叫んでいた。それは、空間に満ちる【前世】のざわめきを一掃するような、猛々しい怒鳴り声。


「ああ、兄さん可愛いな。その泣き顔、最高に可愛いよ。兄さん兄さん兄さん、なんて綺麗な涙なんだ、兄さんの翡翠色の瞳から流れるとまるで水晶だよ。最高に綺麗だよ兄さん。ああ、可愛い可愛い可愛い、けど、誰だ?兄さんをこんなに泣かせて傷付けた奴は誰だ?兄さんが辛そうだ、兄さんが悲しんでいる、兄さんが笑っていない」


怒鳴った後、頭を抱えて何事かをブツブツと呟き始めた青年は、癇癪を起こしたように黒翼をバサバサと羽ばたかせる。


「つーかよぉ……、つーかよぉ、つーかよぉぉぉ!!俺より先に兄さんのこんな綺麗な姿を見た糞ヘド野郎は誰なんだよアアン!?」


再び、怒りを爆発させ、振り子のように上半身をグルンと揺らす青年。上半身だけ脱力して、仰け反ったような不自然な姿勢で視線を巡らせた青年は、眼下の中心の男を見付けた瞬間、ピタリと動きが止まり、幽鬼のような虚ろな表情になる。


それは、怒りが臨界点を突発して、逆に感情が単調になってしまったような、不気味で、なんかヤバイ表情だった。


「おぉぉぉまぁぁぁえぇぇぇぇかぁぁぁぁぁ」


地獄の底から響くような低い唸り声を出しながら、バネが弾けるように動き出した青年。黒翼をひるがえし、空中で回転すると、頭を下にした姿勢で一気に急降下した。


「馬鹿が!これはお前の為でもあるのだぞ!」

「知らん!」


【前世】達の叫びを、青年は一蹴する。


彼は他の【前世】と違い、円卓に囚われず自由に空を駆け、螺旋を描く円卓を潜り抜けながら中心の男に向かう。円卓から、様々な腕が脚が翼が嘴が差し伸べられ、青年を捕まえようとするが捕まらない。


鎖に囚われずに自由に空を駆ける黒鳥は、【前世】のつまらぬ感傷を避け、ただ、兄を泣かせた元凶に肉薄するだけ。


「おらぁぁ!!」(巻き舌)


そして、その叫びと同時に、フォルテスは中心の男にエグボーを喰らわせたのだった。



これは深層心理の中の出来事なので、フォルテスには記憶はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ