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第一章:断罪の夜に、思い出す

「レティシア・フォン・ローゼンベルク! 貴様の浅ましい嫉妬と悪行は、もはや見過ごせぬ!」


絢爛豪華な王城の大広間。幾重ものシャンデリアが眩しく照らすその中心で、第一王子ジルベールは声高らかに叫んだ。


その腕には、可憐な桃色の髪を揺らし、怯えた目をした少女――男爵令嬢のアリアが抱き寄せられている。


周りを取り囲む貴族たちの刺すような視線。蔑み、嘲笑、憐れみ。


私は、床に膝をついた姿勢のまま、ゆっくりと自分の指先を見つめていた。


(……あ、これ、進研ゼミで見たやつだ)


唐突に、頭の中でそんな場違いなフレーズが浮かんだ。


いや、進研ゼミではない。乙女ゲームだ。


ドッと押し寄せてきたのは、前世の記憶。


私は日本の普通のOLで、残業続きの毎日の癒やしとして、徹夜で乙女ゲーム『聖女のアルペジオ』をプレイしていた。そして、最終ルートをクリアした翌朝、寝不足のまま出勤しようと横断歩道を渡り――トラックにはねられたのだ。


そして今、私は『聖女のアルペジオ』の悪役令嬢、レティシア・フォン・ローゼンベルクとして、クライマックスである「断罪イベント」の真っ只中にいる。


「おい、聞いているのかレティシア!アリアの教科書を破り、階段から突き落とし、さらには魔獣の生贄にしようとしたこと……すべて証拠は挙がっているのだぞ!」


ジルベール殿下が顔を真っ赤にして糾弾を続ける。


前世の記憶が戻ったことで、私の頭脳は冷徹なほどクリアになっていた。


(ちょっと待って。教科書破き? 階段突き落とし? 魔獣の生贄? …私がそんなコスパの悪い嫌がらせをするわけがないでしょうが)


私は公爵家の令嬢だ。厳しい教育を受け、領地経営の帳簿もつけられる。嫌いな相手がいるなら、物理的な嫌がらせなどではなく、経済的に追い詰めるか、社交界から静かに抹殺するのがローゼンベルク家の流儀である。


「殿下」


私は静かに声を出し、ゆっくりと立ち上がった。


背筋を伸ばし、ドレスの裾を払う。前世の記憶が戻っても、体に染み付いた公爵令嬢としての美しく無駄のない動作は崩れない。


「何だその態度は! 罪を認める気になったか!」


「いいえ。身に覚えのない言いがかりに首を傾げていただけにございます」


「なに……!?」


大広間にどよめきが広がる。これまでジルベール殿下に盲目的な恋心を抱き、ヒロインであるアリアにキーキーとみっともなく嫉妬していた「レティシア」とは一線を画す冷ややかな対応に、殿下が一瞬怯んだ。


「証拠とおっしゃいましたね。では、その証拠とやらを公の場でご提示いただけますか? 私の側近や侍女への取り調べの記録、目撃者の証言調書、魔獣の召喚陣に残された魔力残渣の鑑定書……まさか、アリア様のお言葉『だけ』を証拠とおっしゃるわけではございませんでしょう?」


「くっ……! アリアが嘘をつくはずがないだろう! 彼女は傷つき、怯えているのだぞ!」


感情論だ。


王子様、完全に頭がピンク色である。


『聖女のアルペジオ』におけるジルベールルートは、ぶっちゃけ不評だった。王子が盲目すぎて、ヒロインの言葉を鵜呑みにし、冤罪で悪役令嬢を処刑または追放する。プレイヤーからは「無能王子」と叩かれていたものだ。


「殿下。法と証拠に基づかない断罪は、王家の威信を損ねます。ですが……」


私はフッと小さく微笑んだ。扇子を広げ、口元を隠す。


ここで下手に反論して泥沼化するのは得策ではない。記憶を取り戻した今の私にとって、この愚かな王子との婚約など、百害あって一利なしだ。公爵家を巻き込んで内乱になるのも面倒くさい。


「……これ以上、殿下が私をお嫌いになり、アリア様を愛しておられるというのでしたら、私から婚約の破棄を謹んでお受けいたします」


「え……?」


ジルベール殿下が拍子抜けしたような声を上げた。


もっと泣き叫び、すがりついてくるとでも思っていたのだろう。


「さらに、私は本日限りでローゼンベルク公爵家の廃嫡を受け入れ、領地を去り、北の果て……『黒の平原』へ隠遁いたしましょう」


「く、黒の平原だと……!? あそこは魔獣が跋扈する荒廃した死の土地だぞ!?」


「ええ。身に覚えのない罪であれ、殿下に不快な思いをさせた罰として、自ら赴きましょう。これで満足していただけますか、殿下?」


私は完璧な淑女のカーテシーを捧げた。


ジルベール殿下は毒気を抜かれたように固まり、アリアは予想外の展開に目を白黒させている。


「さようなら、ジルベール殿下。どうぞ、そのお優しい『聖女』様と末永くお幸せに」


私は踵を返し、大広間をあとにした。


背後でざわめく貴族たちの声を聞きながら、私は心の中で小さくガッツポーズをした。


(よし! 退職(婚約破棄)成功! 今日から私は自由だー!)


ブラック企業勤めだった前世と、ギスギスした宮廷闘争に明け暮れた今生。


もう、他人の顔色を伺って生きるのは終わりだ。


北の果ての荒野? 結構じゃないか。誰も干渉してこない自分だけの領地を手に入れて、のんびりスローライフを送ってやる!



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