名探偵 藤原彰子の宮中事件簿 ――『転生皇后 藤原彰子』スピンオフ外伝
橘の種五つ ―― 名探偵 藤原彰子の宮中事件簿『転生皇后・藤原彰子』スピンオフ外伝
ある嵐の夜、若者が持ち込んだのは「橘の種五つ」と謎の印「☵・☵・☵」。その直後から一族に続く不可解な死の真相を追う彰子は、海の向こうに潜む巨大な陰謀へと迫っていく。しかし、真実にあと一歩まで迫りながらも救えなかった命――。理を尽くしても届かない現実、石の中宮・彰子の知略と覚悟が胸を打つ、切なくも重厚な歴史推理譚。
これまで私が筆にとどめてきた、彰子様の御前で起きた数々の事件を振り返ると、どれを先に語るべきかで、いつも迷います。
けれど、その中でも、いまだに夢に見るほど気味が悪く、しかも最後まで胸の底に冷たい澱のようなものを残した事件がありました。
それは、彰子様の推理が誤ったからではありません。むしろ、ほとんど真相へ届きながら、それでも一歩遅れたからこそ、なおさら痛ましかったのです。
人は、ときに理を尽くしても間に合わず、悪意が潮の満ち引きのように、こちらの都合とは無関係に、既に動き出してしまっている時があります。
この一件は、まさしくそれでした。
私はそれを、「橘の種五つ」の事件と名づけています。
その晩の風は、まるで生き物のようでした。秋も末に近いころ、梅壷の御殿を打つ風は、御簾を揺らし、板戸を鳴らし、どこか遠い山の獣のうなりのような声を立てていました。
灯の炎はたびたび細くなり、廊の端では、雨の粒が吹き込んで、小さな音をたてています。私はたまたま、その夜は彰子さまの御前に長く残っていました。夫が地方へ下っていたこともあり、里へ帰るよりは、こちらで書き物の整理でもしていた方が気が楽だったのです。
彰子様は、火桶のそばに端然と座し、何やら古い記録を読み返しておられました。私は少し離れたところで、近ごろ書き散らした歌の草稿を整えていたのですが、外の風の音があまりに大きく、つい筆が止まります。
「ひどい荒れようでございますね」
と私が言うと、彰子様は、記録から目を上げずに答えられました。
「ええ。こういう夜は、人の心も少しほどけます」
「それは良い意味で、でございましょうか」
「半分は」
その“半分は”が、いやに不穏でした。
ちょうどその時です。風の音にまぎれながらも、たしかに人の走る気配がしました。ついで、女房がやや息を乱して取り次ぎに来ます。
「中宮さま、急ぎの願いと申して、若い殿方が……どうしても今夜、お目通りをと」
私は思わず、こんな夜に、と口にしかけました。でも彰子さまは、すでに顔を上げておられます。
「名は」
「紀通高と申しております。宇治のあたりより参ったと」
「宇治」
彰子さまは、ごく短くその名を繰り返した。
「通して」
しばらくして、客人が入ってきました。年のころは二十を少し越えたあたり。身なりはよく、都風のやわらかな洒落気もあるが、今はそれどころではないようです。
狩衣の裾には泥がはね、履物の縁には白っぽい土がこびりついています。顔色は青く、目の下には隈があり、雨に濡れた髪先が頬に貼りついています。
ひと目で分かりました。この人は、ただの困りごとで来たのではない。追いつめられている。
「ご無礼をお許しください」
と、若者は座るや否や深く頭を下げた。
「このような夜に押しかけるとは承知しておりましたが、どうしても、もうほかに頼る先が思いつかず……」
「顔を上げなさい」
と、彰子さま。
「風雨の中を急いで来たのでしょう。話はそれからです」
若者が顔を上げる。その目には、眠れぬ夜をいくつも重ねた人にしかない、乾いた恐れがありました。
「あなた、宇治からですね」
と、彰子さまが言われる。
若者が、はっとしたように瞬いた。
「……はい」
「西南のぬかるみを通った。履物の縁に白土がついているので、石灰を含む崩れやすい土。宇治川沿いの道でしょう。しかも急いできた。右の袖にだけ雨の飛沫が強い。途中から風を横に受けながら、駕籠ではなく馬を急がせたのでしょう」
若者は言葉を失い、私も横で、また始まった、と内心つぶやく。
「お名前は紀通高殿。そうでしたね」
「……は、はい」
「では、通高殿」
と、彰子様は静かに言われた。
「あなたは今、ただ助言ではなく、命を救う手立てを求めてここへ来た。違いますか」
通高様の顔が、見る間にこわばった。
「その通りにございます」
通高様が懐から取り出したものを見た時、私は思わず息を呑んだ。
小さな檜扇の紙包み。それを開くと、中からころり、と乾いた種が五つ、卓の上へ転がった。橘の種でした。
ただの種なら、何のこともありません。けれど、その包み紙の裏には、朱で奇妙な文字が記されていました。
☵・☵・☵
横線が三つ並び、真ん中だけが太く繋がった、唐風とも違う異国めいた図形。私には何のことやら分からりませんが、まるで波の底へと誘う黒い口のように見えました。
「これが、今朝」
と、通高様はかすれた声で言いました。
「我が邸に届きました。ただ種が五つ。そして裏に、この印。さらに紙に一行――『書きつけを門前に置け』と」
「前にも、同じものが?」
と、彰子様。
「はい。父に。その前には叔父に」
そこで、ようやく通高様は、自分の家に起きた奇妙なことを語り始めました。
通高様の祖父には二人の息子がありました。兄はそのまま山城に残り、家を守った。弟――通高様の叔父、紀惟遠は、若いころに商船に乗って宋へ渡ったといいます。
最初はただの渡海商人の手伝いであったそうです。でも、南海の港々を巡るうち、惟遠様は戦にも巻き込まれ、海商や傭兵の頭目に近いような立場まで上りつめました。いつしか莫大な財を作り、そして突然、都の近くへ戻ってきました。
「叔父は宇治の外れに館を構えました」
と通高様は言った。
「財はございました。けれど気性は荒く、怒りやすく、しかも人嫌いで……。都へもほとんど出ず、客もとらず、ただ酒を飲み、庭を歩き、時に何日も部屋にこもっておりました」
「ご家族とは」
「父とも疎遠でした。ただ、なぜか幼かった私だけは気に入ったらしく、十二のころ、宇治の館へ引き取られました」
そういう大人は、案外いる。世間と折り合えぬ人ほど、子どもにだけ妙に心を許すことがある。
「叔父は私に鍵を預け、商人とのやりとりも、下働きへの指図も、かなり任せてくれました。けれど、ただ一つだけ、どうしても近づけぬ部屋がありました」
「蔵ですか」
「はい。庭の隅にある小さな蔵で、古い唐櫃やら、巻物やら、異国の箱やらが積んでありました。いつも固く閉ざされ、叔父自身しか鍵を持たなかったのです」
ここで通高様は、膝の上の手をぎゅっと握りました。
「そして、三年前の春。叔父のもとへ、博多から文が来ました」
「博多」
と、彰子様。
「ええ。叔父の文など、めったに届かぬのに」
惟遠様はその文を開いた途端、皿の上へぱらぱらと落ちた五つの橘の種を見て、顔色を失ったといいます。
「叔父は、まるで死霊でも見たように立ち上がり、“来たか……ついに来たか”と申しました」
私は、思わず鳥肌が立ちました。
「それで?」
「『神仏の報いだ』とも。そしてすぐに、庭の隅の蔵へ駆け、錆びた鍵を持ってきました。片手には小さな箱を抱えて。その日、叔父は自室に火を入れさせ、長く紙を焼いておりました」
「箱には」
「蓋の内側にも、同じ印がありました。
☵・☵・☵
、と」
私は、わけが分からぬまま、ぞくぞくしていました。意味の分からぬものほど、時に人を怖がらせます。
「叔父はその日のうちに、遺言を書き換えました。邸と財を、父へ。そしていずれは私へ譲る、と。ただし、“もし無事に持てぬと思ったなら、最も憎い敵にでも投げよ。これは諸刃だ”とも申しました」
「諸刃」
と私は繰り返しました。
「はい。私にも意味は分かりませんでした。ただ、叔父の怯えはそれからひどくなりました。酒量は増え、夜ごと庭へ飛び出しては刀を振り回し、“誰が怖いものか”“人だろうが鬼だろうが、檻に閉じ込められてたまるか”と叫ぶのです。けれど、その勢いがしぼむと、まるで別人のように青ざめて部屋へ逃げ帰り、内側から戸を閉ざしました」
「そして死んだ」
「はい」
通高様の声が、沈みました。
「それから七週間後、叔父は庭の池で死んでいました。浅い池です。検分した者は皆、自ら身を投げたのだろうと申しました。けれど私には、そうは思えませんでした。叔父は死を恐れてこそいた。自ら飛び込むような人ではなかった」
惟遠様の死後、館と財は通高様の父、紀通宣様へ渡りました。通高様は、父の命であの庭の隅の蔵を改めました。すると見つかったのは、空になった箱と、焼け残りらしい紙切れの束。蓋の内側には、やはり
☵・☵・☵。
その下に小さく、文、控、受け取り、一覧と書きつけてありました。
「つまり叔父の焼いたのは、文書類であったと」
と、彰子様。
「はい。大陸での暮らしに関わる書きつけや、名の一覧かと。ですが父は、そんな得体の知れぬ話は迷信だと言って笑っておりました」
「けれど、二年後」
「ええ。父のもとへも来たのです」
今度は難波から。同じく橘の種五つ。同じく
☵・☵・☵。
そして一行、―― 書きつけを門前に置け
「父は怒りました。“ここは宋でも海賊船でもない。こんな馬鹿げた脅しに従うものか”そう申して、私が検非違使へ相談したいと願っても許しませんでした」
「それで」
「三日後、父は旧友のもとへ向かい、その帰り、白土を掘る窯の崖下に落ちて死にました。夜道で足を踏み外したのだろうと片づけられました。けれど、やはり私には偶然と思えなかった」
ここで通高様は、顔を上げた。瞳はおびえているのに、その底にはようやく誰かに話せたという安堵も見えました。
「そして今朝、今度は私に来ました」
「他に、何か残っているものは?」
と、彰子様が問われると、通高様はすぐに懐を探りました。
「一つだけ。これが何かの役に立つとは思えませぬが……」
差し出されたのは、薄青い異国紙の切れ端でした。巻物から破れたというより、帳面か手記の一葉らしい。
上の方に、月日だけが墨で記されています。
三月四日 某来る 変わらず
三月七日 某らへ種を送る
三月九日 某片づく
三月十日 某片づく
三月十二日 某を訪ねる 上々
私は思わず顔をしかめました。
「気味が悪うございますね……」
「叔父の筆跡です」
と通高様。
「焼け残りが床へ落ちていたものかと」
彰子さまは、紙片を灯に近づけ、しばらく沈黙された。その横顔を見るだけで、頭の中で幾つもの線が動いているのが分かります。やがて紙を返し、きっぱりと言われた。
「通高殿。今すぐお戻りなさい」
「はい?」
「そして、その箱へ、この紙片を入れる。ほかの文書はみな叔父が焼き、残っているのはこれ一枚だけと書き添える。その上で、向こうの指示どおり、門前に置きなさい」
通高どのが青ざめた。
「言う通りに、でございますか」
「そうです」
「しかし、それでは脅しに屈するような」
「今は屈して構いません」
彰子様の声音には、一点の迷いもありませんでした。
「大事なのは、まず命をつなぐことです。相手が欲しがっているのが、その文書である以上、残りがそれだけだと示せば、ひとまず手をゆるめる可能性が高い」
「では、その後」
「その後はこちらで探ります」
「検非違使は……」
「もう当てにしてはなりません。彼らは偶然の死としか見ぬでしょう。けれど、これは偶然ではありません」
通高様の目に、かすかな光が戻った。ようやく、誰かが自分と同じように“つながり”を見てくれたからです。
「今夜のうちに帰れますか」
「はい。宇治まではまだ」
「ならば急いで。道は一人で行かぬように。そして、あなた自身はできるだけ邸から出ず、明日また使いをよこしなさい」
通高様は何度も頭を下げ、種と紙を包み直した。
「中宮さま……本当に、ありがとうございます。これでようやく、ただ怯えるだけではなくなりました」
「いいえ」
と、彰子さま。
「まだ何も終わっていません。ですから、気を抜いてはなりませんよ」
通高様は去った。風と雨の向こうへ、急かされるように。
戸が閉まると、しばらく部屋に静けさが落ちました。外ではなお風が鳴っています。私はたまらず問いました。
「姫様。あれは、いったい何なのでございましょう」
「いま、調べます」
「心当たりがおありで」
「少しだけ」
そう言うと、彰子様は古記録の棚へ歩み寄り、異国に関する書や、大宰府から上がった報告をまとめた帳面を引き出された。私は慌てて灯を寄せます。
夜も更けるというのに、彰子さまは疲れを見せなかった。帳面を一冊ずつ開き、紙片の内容と、通高どのの話をつなぎ合わせていく。やがて一冊の古い報告書の端に、指が止まりました。
「ありました」
「何がでございます」
「この印です」
私は身を乗り出しました。そこには、宋より帰った僧の聞き書きの形で、沿海の異聞が記されていました。
南海の港に、水底の神を祀り、☵(坎)の印を記す秘密の徒あり。同じ主に仕え、同じ罪を分かちし者ども、のちに離反する者を許さず。橘あるいは柑子の種五つを送り、去れ、返せ、従えの意を示す。背けば、海難・転落・自死に見せかけて、水底へ引きずり込むこと多し。
私は思わず声を落としました。
「……本当に、そういう者たちが」
「ええ」
「では叔父上は、その一味と」
「深く関わっていたのでしょう」
彰子さまは本を閉じ、指先で軽く叩かれた。
「そして、持ち帰ってはいけないものを持ち帰った。名簿、受け取り、控え。つまり、その一味の秘密をつなぐ文書類です」
「だから、何年たっても追われる」
「ええ。文書が残る限り、向こうは安心できない」
「では、通高様の命も」
「危ない」
はっきり言われて、私の喉がひりつきました。
「けれど、まだ手はあります。見ましたか、文の届いた場所」
「博多、難波、そして今度は……」
「鳥羽の津です」
私ははっとした。そこはもう、都の喉元です。
「それが意味するのは」
「同じ船、あるいは同じ一味が、海路をたどって近づいているということです。博多からでは七週間。難波からでは三日。つまり、文を送る者と、実際に手を下す者が、同じ船で移動しています」
「ですが、文の方が先に着く」
「当然です。早馬か、先に着いた便船を使えばよい。そして本隊は帆で追いつく。難波から三日しかかからなかったのは、もう近くまで来ていたから」
私は、背筋に冷水を流されたような気分になりました。
「では今度は、もうすぐそこに」
「ええ。だからこそ、今夜のうちにあの若者が戻ったのは、危うい」
「呼び戻した方が……!」
「もう遅いでしょう」
それが現実でした。私は唇を噛みました。通高様を今ここへ泊めておけばよかったのではないか――そう思わぬでもありませんでした。
けれど、邸へ戻って箱を出し、指示に従う必要もありました。何より、その場では私も、ここまで差し迫っているとは思わなかったのです。
彰子様はしばらく黙っておられたが、やがて言われました。
「明朝すぐ、船の記録をあたりましょう」
「どちらへ」
「まず大炊寮の物資記録、ついで大宰府・難波津の入港記録。博多と難波に同じ時期寄った船を拾えばよい」
「見つかりますか」
「見つけます」
その声音を聞いた時、私は少しだけ救われた。彰子様が“見つける”と言ったなら、少なくとも、ただ手をこまねいているよりはましです。
けれど、朝はそれより早かった。私は夜明けとともに再び御前へ上がりました。風はやんでいましたが、空気はまだ重い。何となく嫌な胸騒ぎがして、寝た気がしませんでした。
彰子さまはすでに起きておられ、支度を整え、外へ出るところでした。その時です。検非違使の下働きが、急ぎの知らせといってやって来ました。
私は、その男の顔を見た瞬間、もう察してしまいました。
「宇治の紀通高どのにございますが……」
男が言葉を濁す。
「昨夜、鳥羽の津へ向かう途中、川べりの板橋の下に落ち、亡くなったとのことにございます。風雨の夜ゆえ、足を踏み外されたのであろうと」
私の手から、持っていた紙が落ちました。
「そんな……」
つい昨夜、ここで話したばかりです。顔色は悪かったものの、生きていました。ようやく希望を持った、その直後に。
彰子さまは、ほんの一瞬だけ、目を伏せられた。それだけでした。けれど、その一瞬が、かえってひどく重く感じられました。
「遺体の様子は」
と、彰子様は低く問われる。
「外傷は少なく、ただ水を飲んでおり……争った跡もないとか」
「そうでしょうね」
私は、はっとして彰子様を見た。その声は静かだったが、怒っておられる時のそれだった。
「事故に見せたのでしょう。昨夜の嵐なら、なおさら簡単です」
男が去ると、私はしばらく立っていられませんでした。通高様の青い顔、震える声が思い出されます。助けを求めて来た人を、結局助けられませんでした。
「私の失策です」
と、彰子さまがぽつりと言われた。
「姫様」
「もっと早く、この件の深さを見切るべきでした」
「ですが――」
「いいえ。あの若者は、わたくしを頼った。それなのに死なせた」
私は、こんなふうに自らを責める彰子さまを、そう多く見たことがありません。胸が締めつけられました。
でも次の瞬間には、もういつもの鋼のような静けさが戻っていました。
「衛門」
「はい」
「これは、もう助言では終わりません」
「……はい」
「相手を見つけます。必ず」
その日、彰子さまは休むことなく動かれた。
私は付き従いながら、改めて思った。このお方が本気で何かを追う時、宮中は巨大な網になります。
大炊寮、内蔵寮、検非違使、蔵人所、大宰府からの報告に通じた者、外国帰りの僧、商人の名簿に強い下級役人。
ふだん散らばっている知識の切れ端が、彰子様の一つの意志のもとへ吸い寄せられてきます。
まず、博多。ついで難波。さらに鳥羽の津。それぞれの時期に入った船を突き合わせます。
すると、一艘だけ、妙に目につく船がありました。
「独星丸」
私は名を聞いて首をかしげた。唐風とも和風ともつかぬ、妙な名です。
「この船でございますか」
「おそらく」
と、彰子さま。
「博多に入り、のち難波へ。そしてつい先日、鳥羽へ回っている。船頭は宋帰りの男、配下には三人ほど異国語に通じる者がいる」
「まさに」
「ええ」
「今どこに」
「昨朝、潮に乗って西へ出ています。おそらくもう、瀬戸内へ入った頃です」
私は、遅い、と唇を噛みました。でも彰子様は、むしろそこで冷静さを増されました。
「まだ間に合います」
「どうやって」
「先回りを」
そう言うと、あのお方は紙を取られた。
「橘を」
「はい?」
「五つ、用意なさい」
私はすぐに言われた通りにした。小さな乾いた種を五つ、包みへ入れる。彰子さまは、その裏へ朱で記された。
☵・☵・☵
私は思わず息をのみました。
「まさか、こちらから」
「ええ」
そして包みの表に、短く『紀通高の代として。彰』と書かれました。
「これを」
「太宰府へ先ぶれで送ります。独星丸がどこへ寄ろうと、着いた先でこれを待たせます。さらに別便で、船頭の名を添えて、殺害の疑いありと伝えます」
「船頭の名は」
「郭廉」
宋帰りの男。独星丸の主。そして、おそらくはこの一味の頭目。
「ですが、逃げるのでは」
「逃げるなら、それでもよい。少なくとも追われていると知る。そして港に網がかかります」
私は、その鮮やかな切り返しに、少しだけ背筋が震えました。昨夜まで追う側だった者たちが、今度は同じ印を突き返される。なんと痛快で、なんと不気味なことでしょうか。
それでも、現実は物語のようには運びません。私たちはその後も、太宰府や難波、瀬戸内の港からの返事を待ちました。
独星丸をどこで捕らえられるか。郭廉とその仲間が本当に一味なのか。通高様の仇が、きちんと法の下へ引き出されるのか。
だが、その年の後半、海はひどく荒れました。とりわけ秋の初めに来た嵐は強く、瀬戸内を抜けた船の幾つかが消息を絶ちました。
しばらくして太宰府から届いた報せは、意外なものでした。
―― 豊後の沖で、砕けた船尾板が見つかった。そこに“独星”の二字あり。
それだけででした。
独星丸は、そのまま戻らなかった。郭廉も、その配下も、誰一人姿を見せなかった。海のどこかに沈んだのか。あるいは名を変え、どこかで生き延びたのか。それは、ついに分からぬままです。
事件のあと、私は何度も思い返しました。
もし通高様を、その夜、御前へ泊めていたなら。もし最初の一通目の時点で、父が警告を信じていたなら。もし惟遠が文書を持ち帰らなければ。あるいは、海の向こうでそんな秘密の徒に関わらなければ。
だが、そういう“もし”に意味はありません。起きたことは、起きたのです。
数日後、私は覚え書きをまとめながら、彰子さまに尋ねました。
「姫様。結局、あの一味は海に呑まれたのでございましょうか」
彰子様は、しばらく答えられなかった。
「分かりません」
「では、仇は」
「取りきれなかったでしょうね」
私は黙りました。
「けれど」
と、彰子様は続けられた。
「少なくとも、通高殿の死がただの事故ではないと、わたくしは知っています。そして、惟遠・通宣・通高、この三人の死が一本につながっていたことも」
「それを知るだけでは、慰めになりませぬ」
「ええ。なりません」
その言葉が、あまりに静かで、私は返す言葉を失った。
「ですが」
彰子様は、火桶の赤を見つめたまま言われた。
「人は、理を尽くしても負けることがあります。だからといって、見なかったことにはできません。誰かが、これは偶然ではなかった、と記しておかねばならない」
私は、その言葉をそのまま胸に刻みました。だから私は、ここにこの事件を残します。
紀惟遠という男が、海の向こうから何を持ち帰ったのか、私は最後まで知りません。名簿か。受け取りの控えか。あるいは、もっと血なまぐさい誓紙か。
☵・☵・☵
という奇妙な印が、どの国の、どの言葉に根ざしているのかも、ついには確かめきれませんでした。でも、それが“従わぬ者へ送られる死の前触れ”であったことだけは、ほとんど間違いありません。
橘の種五つ。
たったそれだけで、屈強な惟遠は震え上がり、強情な通宣も結局は死に、そして助けを求めた若い通高様までもが川へ沈められました。
あの時、もう運命は動いていました。
けれど、それでも彰子様は手を伸ばされた。一歩遅れたとしても、追った。そして、少なくとも“偶然”という偽りだけは打ち砕きました。
石の中宮の強さとは、万事を救うことではないのかもしれません。救えぬと知ってなお、目をそらさず、名もない悪意の筋道を見抜いて、記すべきところまで理を通すこと。
それが、このお方の強さなのだと、私は今では思っています。だから、この事件は敗北であると同時に、記録されるべき勝ちでもありました。
――とはいえ。
私は今でも、橘の実を割って種が五つきれいに並ぶと、ほんの少しだけ背筋が寒くなります。
理で割り切れぬ恐れというものは、案外そういうところに残るもののようです。
〜出典〜
The Five Orange Pips(五つのオレンジの種)
作:Arthur Conan Doyle 訳:加藤朝鳥、大久保ゆう
コナンドイル青空文庫 https://www.aozora.gr.jp/cards/000009/files/57322_57272.html
〜舞台背景〜
『五つのオレンジの種』は「名探偵シャーロック・ホームズ」の著者アーサー・コナン・ドイル本人が、1927年の雑誌インタビューで「短い話だが独自の劇的な力を持つ」と述べています。現代の「名探偵シャーロック・ホームズ」解説記事では「ホームズ短編の中でも、“不気味さ”と“運命の影”が強い話です。爽快さより不安感が印象に残ります。」とされていました。




