■第1話『世界が終わった朝』
——その朝は、あまりにも静かだった。
目が覚めたとき、違和感があった。
音が、ない。
いつもなら聞こえるはずの車の走行音も、通学する学生の話し声も、テレビのニュースも。
何も聞こえない。
「……おかしいな」
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
空は晴れていた。
昨日と同じ、何も変わらない青空。
なのに——
「誰も、いない……?」
通りには、人の姿がなかった。
車は途中で止まり、ドアが開いたままのものもある。
まるで“途中で時間が止まった”みたいな光景。
胸の奥がざわつく。
嫌な予感がした。
そのとき——
ガンッ!!
突然、下の階から大きな音が響いた。
「っ!?」
思わず息を呑む。
誰か、いる。
恐る恐る部屋を出て、階段を降りる。
一歩ずつ、足音を殺しながら。
そして、リビングの扉の前で立ち止まった。
中から、何かを引きずるような音。
……人、だよな?
ドアノブに手をかける。
開けるべきか。
逃げるべきか。
一瞬、迷う。
だが——
「……っ、誰かいるんですか?」
声をかけてしまった。
次の瞬間。
ガタンッ!!
中の“それ”が、勢いよく扉にぶつかってきた。
「うわっ!?」
反射的にドアを押さえる。
だが——力が、異常だった。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!!
内側から何度も叩きつけられる。
「な、なんだよこれ……!」
普通じゃない。
人の力じゃない。
嫌な汗が背中を伝う。
そして——
バキッ!!
ドアの一部が割れた。
その隙間から、覗いた“顔”。
「……っ」
言葉が出なかった。
目が、合っていない。
焦点が、ない。
口元は開きっぱなしで、異様な呼吸音を立てている。
それは——
「なんだよ……それ……」
人間じゃなかった。
次の瞬間。
ドアが、完全に破られた。
「うわあああっ!!」
逃げる間もなく、そいつが飛びかかってくる。
避けきれない。
——終わった。
そう思った。
衝撃。
視界が、真っ暗になる。
……。
——目が覚めた。
「……は?」
天井が見える。
自分の部屋の天井。
体を起こす。
怪我は、ない。
「今……俺……」
確かに、やられたはずだ。
あれは、夢じゃない。
心臓の鼓動が、まだ速い。
恐怖も、はっきり残っている。
だが——
体だけが、無事だった。
「……なんで」
混乱する頭で、ベッドから降りる。
そのとき、気づいた。
服が——破れている。
血の跡も、残っている。
「マジかよ……」
夢じゃない。
本当に、一度“死んだ”。
なのに——
生きている。
ピンポーン。
「っ!?」
突然、インターホンが鳴った。
心臓が跳ねる。
恐る恐るモニターを確認する。
そこに映っていたのは——
「……よかった」
見慣れた顔だった。
彼女だ。
不安そうに立っている。
急いで玄関に向かい、ドアを開ける。
「無事だったんだな!」
思わず声が大きくなる。
「う、うん……なんか、外おかしくて……怖くて……」
震えている。
その様子を見て、胸が締めつけられる。
そのときだった。
背後から、足音。
振り返る。
——さっきの“あれ”が、立っていた。
「っ……!」
彼女の方へ向かっている。
「下がれ!!」
考えるより先に、体が動いた。
飛び出して、あれに体当たりする。
そのまま、外へ——
ドンッ!!
地面に叩きつけられる。
そして——
噛みつかれた。
「——ぐっ……!」
痛み。
意識が、遠のく。
それでも——
彼女だけは、見えていた。
無事でいろ。
頼むから——
……。
——目が覚めた。
「……また、かよ」
同じ場所。
同じ体。
ただひとつ違うのは——
確信だった。
「俺……死ねないのか……?」
外から、彼女の声が聞こえる。
「ねえ!大丈夫!?」
そして、遠くから無数の“足音”。
世界は、もう終わっていた。
——彼女を守れるのは、何度でも立ち上がる俺だけだ。
そう、理解してしまった。




