1話 お嬢様とお嬢様AI
新連載始めました。
よろしくお願いします。
夢でヒントを得た物語です
「もう帰りたい……」
俺は、フリー記者の滋賀内岸矢。
今、屈指の財閥の紅光院家の玄関前に立っている。
ここは、白い壁に薔薇園の甘く優しい香りが漂う大邸宅だ。
庶民の俺には、敷居が高すぎる場所だ。
世話になっている編集長に、紅光院家の最新AIについて取材してこいと、お願いされてしまったのだ。
俺は、関東工業科学大学のロボティクス学科を卒業した。だから、AIに詳しいと思われたらしい。編集長は、「AIって子、芸能人にいたかな」と言うような人である。
……苦手だが、仕方ない。
俺は、ヨレヨレのジャケットの誇りを払い、呼び鈴を鳴らすと、ジジッと微かな電子音がした。
「来訪者を検知しました。初訪問の人物と推定されます。所属・目的・滞在時間をお伺いしてもよろしいでしょうか」
驚いた。この対応は人じゃないよな。
「え、あの……取材で……。俺は滋賀内岸矢と申します。アポは取ってあります」
「確認中です。しばらくお待ちください。来訪者:男性、推定年齢20代後半〜30代前半、衣服:カジュアル、やや緊張状態。目的:取材の可能性78%」
なんだこれは!?
どこから観察されてるんだよ。
「こわいこわいこわい。早く帰りたい……」
「初訪問のため、緊張状態と推測されます。深呼吸を推奨します」
「え?」
「では3秒吸ってください」
「いやあの、普通に取り次いでもらえませんか」
俺のか弱い心臓は、もう乱れ打ちしている。
インターホンの向こうで別の声がした。
女性のようだ。
「セマAI。お客様を揶揄うのはおよしなさい」
「揶揄っておりません。最適解の結果です」
「いいから。扉を開けて」
優美な模様の鉄の扉が、自動で開く。
「自動かよっ!」
「滋賀内様ですね。お入りください」
無表情な侍女が玄関の向こうにいた。
髪を引っ詰め物静かな仕草から、ベテランの侍女だろうと俺は推測した。
静かに頭を下げて出迎えてくれる。
「こちらです。お嬢様が応接間でお待ちです」
「はあ」
壁には緻密な風景がたくさんかかっていた。
侍女に案内されて、綺麗に磨かれた廊下を歩いていく。高級そうな木の扉が現れた。
「こちらが応接間でございます」
扉が開くと、部屋の中は深い赤で埋め尽くされていた。赤い壁に、ヴィンテージものと分かるヴィクトリアン調の赤いベルベットのセティ。
そして、そのセティに豪華な赤いワンピースを着た美少女が、絵画のように静かに座っていた。
腰まである艶やかな黒髪、長い睫毛に縁取られた紅玉の瞳。その整った美しさは、まるで人ではなく人形のようにも思えた。
俺は息をするのも忘れて、美少女に見入っていた。
こんな美人もいるんだな。
ほんの僅かの間を置いて、美少女が俺を見つめる。
「……あ。お待たせして申し訳ありません。取材に来ました滋賀内といいます。今日は取材に応じていただき、本当にありがとうございます」
俺は慌てて、くたびれたジャケットから名刺を取り出した。
「ようこそ。お待ちしておりました」
上品で柔らかい声だった。
……ただ、何かが引っ掛かった。
なんだろう? 感情を押し殺した声なのか?
上流階級の人間は、つけ込まれないように感情を隠す訓練をすると聞いたことがある。
少し考え事をしてて、間が空いてしまった。
「お疲れのようですね。少しお座りになりますか?」
……お嬢様に気遣われた。
ここのお嬢様は引き篭もりと聞いていたが、優しい子のようだ。
お嬢様の真向かいにある椅子もアンティークで、美術館とかで座ったら怒られるタイプのやつだった。
俺が恐る恐る向かいの椅子に腰を下ろすと、彼女は柔らかく微笑んだ。
まさに天使の微笑みである。
俺は照れ臭くなって、今日は良い日だ、なんて考えてしまう。
「ええと、ここの最新研究のAIの記事を書かせていただけるんですよね」
「はい、そうです。どうぞ、質問をなさってください」
「確か、自立型ロボットでしたよね。そこんとこを詳しく……」
お嬢様は一瞬、ほんのわずか、間を置いた。
なんだろう?
「……はい、そうです。どうぞ、質問をなさってください。私が最新の自立型AIロボット、RADY1号です」
俺は椅子から転げ落ちた。
冗談だろうと思った。
だが彼女は、微動だにせず表情一つ変えなかった。
そして今まで感じていた微妙な違和感に、俺は納得がいってしまった。
俺は生唾をゴクリと飲み込む。
……これが、AIロボットだって?
「……冗談じゃないんですよね。本当に? 本当にAIロボットなんですか?」
「はい。そうです」
俺は間抜け面をして、美しいAIロボットを見つめてしまった。
その時だ。
力強い少女の声が響き渡った。
「そうよ! でもその子は、私の妹の愛蘭なの!」
突然、部屋の中の奥扉が開いた。
そう思ったら、AIロボットにそっくりな美少女が、部屋に飛び込んできた。
同じ顔、同じ声、同じ服。違うところといったら、髪がゆるふわに巻かれていたことくらいだ。
彼女は勢いよく中に入り、自分そっくりなAIロボットを抱きしめる。
「おじさまだって、この子を人間だと思ってたわ。やっぱりこの子は愛蘭なのよ!」
「えええー!?」
俺は驚きのあまり、裏返った声で叫んでいた。
頭の中で、事前に調べていた情報を思い出す。
紅光院愛蘭
それは数年前に亡くなった、紅光院家のお嬢様の名前だ。
確か、双子の姉の名前が愛瑞
おそらく後から入ってきた子が、愛瑞なんだろう。
「あの……お嬢様」
「“お姉様”と呼ぶように言ったでしょう!」
「お、お姉様……」
「それでいいのよ。愛蘭」
AIロボットお嬢様の方が、しばらくフリーズしていた。少し顔を赤らめている。無表情だが、感情らしきものがあるのだろうか。
俺は、そう思った。
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