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Phase.41 『長野正業と言う男』



「椎名君、儂はもうな。71歳なんじゃよ」

「はい」

「もとの世界じゃ、儂は妻も子供もおらんし財産も特別持っておらん孤独な老人なんじゃ。知り合いもどんどん疎遠になっての、憂鬱な日々が続いておった。仕事もやめて、ただただ毎日を繰り返す孤独な独り暮らし」

「…………」

「このまま来る日がくれば、孤独死するんじゃろうなと思っておった。それゆえに、逝く時はぽっくりといければいいなと思っての、この歳になってもトレーニングを続けておった。死ぬにも体力がいるのではないかと思っての。フォホッ、まあそれは冗談じゃが、もはや退職して年金暮らし。特別する事もないのでな。それが一年前、たまたま道端で可愛い衣装に身を包む娘さんに声をかけてもろうてな」


 あの秋葉原で俺が声をかけられたメイドか、同じ『アストリア』のメイドだと思った。


「それから儂の夢のような異世界生活が始まったんじゃ。もうただただ何もない毎日を生きていた儂には、見た事もない世界に動物など感動の連続じゃった」

「そうなんですか……でも、俺もなんとなくその気持ち、共感できます」

「昔々、もっと若い頃なんじゃがな。儂は探検家になりたかった。だからこの異世界で儂は、最後の夢を叶えられると思ってな。それでずっとこの異世界を旅してまわっておるんじゃ」


 つまり長野さんは、ひとところには留まらないと言っているのだと思った。


「子や孫のいる爺さんが、それらを自分の全てと考えているようにの、『異世界(アストリア)』は今の儂の全てなんじゃよ。この異世界で冒険をし、その最中に力尽きる事があればそれはそれで幸せだと思うておる」

「……わかりました。それなら無理に引き留めはしません」

「すまんな。身体がまだ自由に動く間に、この夢のような世界をもっと色々と見て回りたい。危険な魔物と死闘を繰り広たり、時には心安らげるのどかな草原や森で、自然に耳を傾けて一体になりたい。儂の人生、最後の最後に昔探検家になりたいと思った夢が形を変えて叶ったんじゃ。残りの人生を謳歌したい」


 長野さんには、長野さんの事情があるのだ。こればっかりは、引きとめることもできないし仕方の無い事。


「まあ気を落とさんでくれ。儂は当面、この辺りをウロウロしていると思う。初めてくる土地だしの。それでまた気が向いた時にでもよらしてもらいのじゃが、いいかのう?」

「ええ、それはもちろん! 折角知り合った転移者ですし、長野さんとは気も合います。気が向いた時には、いつでもここに来てください。俺達も当面はここを拠点にしようって事以外はあまり考えていませんから」

「ほう、そうか。それなら……」


 急に長野さんは俺が作った柵を触って色々と、見始めた。


「もっと柵を強化したいの。それに、もっと範囲を広げたい」

「実はそれも既に考えてはいるんですけど、なにぶん俺と未玖だけでやるとなるとなかなか……」


 柵を広げてテリトリーを広げれば、逆に守らなくてはならない部分が増えて守りにくくなるかもしれない。だけど、柵に囲まれた場所が広がるという事は、俺達が自由に様々な事ができる土地が増えて広がるという事。戦略ゲームなどに例えると、俺や未玖の領地が増えるという事だ。


「ふむ。それならここへ招待してくれて、最高に美味い焼き魚や酒などご馳走になった礼もあるしの。明日、また儂は旅立とうと思うておるがそれまで少し時間もあるし、柵の強化など手伝える所まで手伝ってやろうかの」

「ええ!! それは嬉しいですが、今からですか!?」

「気持ちものってきたし、丁度酔い醒ましにもええわい。椎名君は、しんどければゆっくりしていてええ。儂は好きでやるからの」


 正直、食後で酒もそこそこ飲んでいたので、今から動くのはどう考えても地獄だった。だがいくら筋肉モリモリで元気であっても71歳を一人で働かせて自分は、ゆっくりと焚火の前で転がっているっていうのもできない。観念するしかないか。


「わ、解りました。それじゃあ、俺も一緒にやらせてください」


 時計を見ると、16時半。空を見るともう夕焼け色になってきている。


 柵を強化したり、新たに作って広げるとなると新たに森に入って木を伐らなければならない。そうなると、まだ少しでも明るいうちにその作業をしておきたかった。


「それじゃ暗くなるまでに木をできるだけ伐り出してくるかの。儂は鋸は持っておるが椎名君は?」

「はい、持ってます」


 食事から一転して何やら外に出る準備をし始めた俺と長野さんを見て、未玖がどうしたのかと近寄ってきた。


「ちょっと木を伐り出してくるから未玖はここに居てくれ」

「わたしも手伝います」

「そう? それじゃ未玖には、別の仕事を頼もうかな」

「別の仕事?」

「俺と長野さんでそこの森に入って柵作りに使えそうな手ごろな木を伐って運んでくるから、未玖はそれを並べたり使いやすいように配置してくれ。あとロープと釘、金槌なんかの工具も小屋に置いてあるから、柵作りの準備をしておいてくれ。別に肉を焼いて食ったりしながらとか、ゆっくりやっていいからな」

「は、はい」


 伐り出した木をどんどん運ぶなら、あのお手製の槍も邪魔だ。槍は置いて行こう。それがなくても一応、サバイバルナイフや鉈、小屋で見つけた立派な剣を腰には吊っているし大丈夫だろう。


 長野さんも魔物を用心して、作業用の鋸の他に散弾銃を持つ。唐突の魔物の襲撃を想定して、武装をしっかりと整えると二人で森の中へ入った。


 しかし飯食って酒を飲んだあとに労働するのは、何とも苦しい。これなら逆に空腹の方が問題なく動けるのになと思った。

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