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Phase.32 『未玖のいた場所』



 ――――月曜日。朝。


 可愛らしい少女の声で目が覚める。


 気が付くと、未玖が俺の顔を覗き込んでいた。未玖の顔は、出会った時は泥で汚れていたけれど、顔を洗って綺麗にするととても可愛い顔をしている事にようやく気付いた。


 こんな可愛い子が、もとの世界に戻りたくないなんていったい何があったのだろうかと思う。学校でだって他の男子達にモッテモテだろうに。……俺なんか学生時代、特に色気もなかったからな。まあ、それはいいや。


「ゆきひろさん……おはようございます」

「は、はい。おはようーー」


 むくりと起き上がると、窓から外を見回した。今日もいい天気。そして、何も異常はないようだ。丸太小屋の周囲は俺の作った不細工な柵と馬防柵に囲まれていて、いくつかの草むしりした後の草の山がある。昨日と風景の変わらない森。鳥の声。


 腕時計を見る――7時11分。これは良く寝たな。


「それじゃ朝食にしようか」

「はい」

「未玖は、焚火を熾せるか?」

「……火を点ければいいですか?」

「そうだけど……それじゃ、教えるからついてきて」

「はい」


 ははは……なんだかちょっと偉そうだと思った。俺だって、まだ異世界生活何日目かだし、火を点けるのだって文明に頼ってるし、未玖とそう変わらない。だけど、未玖もこれからここで暮らすのであればね……と思った。


 小屋を出ると薪を用意しウッドデッキから少し離れた場所に置いた。


「石を円状に囲んで置いてあるだろ。ここで焚火をしている……っていうのは、昨日見たから知っているか。それじゃ、ここに薪を置いて火を点けてみてくれ。この燃えやすい枯草から火を点けて上手く薪を燃やすんだ。はい、これ」


 ライターを未玖に手渡す。すると未玖は、早速焚火を熾し始めた。


「本当は着火剤も持ってきているんだけどな。まずは、基本からってことで。駄目だったら、着火剤を使うから」


 未玖を横目に俺は、井戸の方へ水を汲みに行った。桶に括り付けたロープ。井戸の中へ放り投げて水を汲み、ヤカンに注ぐ。


「これ、ヤカンにロープを括り付けて直で投げてもいいな……」


 小屋の正面に戻って来る。未玖の方を見ると、彼女の目の前の焚火――既に火がメラメラと燃え上がっていた。なかなかやるな。


「おー、もう火が点いたのか。俺より全然火つけが上手いな。これほどなら、これから焚火は未玖に任せようかな」


 冗談交じりにそんな事を言ってみると、未玖はもじもじとして頬を赤くすると小さく頷いた。どうやら、まんざらでもないようだ。だけど、火を点けるのは俺より上手いのは事実だ。


 朝食は、カップ麺と缶詰にする事にした。


「お魚の缶詰……ですか?」

「鰯だよ。オイルサーディン。そのままでも食えるけど、缶詰の蓋を開いて少し醤油を垂らして火で炙ってから食べると美味しいよ。カップ麺は、今日は……赤と緑どっちにする?」

「じゃ、じゃあ赤で……」


 珈琲も二人分入れる。インスタントコーヒーだけど、この世界で飲む珈琲は最高だった。


 食事を始めると、未玖はまた夢中になってカップ麺を啜り、オイルサーディンを美味しそうに食べる。ふと見ると、口のすぐ横にオイルサーディンの破片がくっついていたので、タオルで拭いて取ってあげた。


「ありがとう、お兄ちゃん……」

「お、お兄ちゃん?」


 言った瞬間、未玖の顔がみるみると真っ赤になった。爆発するじゃないかってくらい。そして「間違えた……ごめんなさい」と言ったので俺は「わはは」と笑った。 


 ……お兄ちゃんか。未玖にはお兄ちゃんがいるのかな。俺にも妹がいるけど、俺とはまったく別の生物って感じの奴だった。未玖みたいな妹だったら、どんなに可愛いだろうと思う。


 食事も終わり、完全に朝のコーヒータイムになったので、今日の事を未玖に話した。


「そう言えば未玖は、洞窟や洞穴で寝泊まりしていたと言っていたけど、この森でもそういう場所があったりしたのか?」


 頷く未玖。


「そうか。じゃあ今日の予定なんだけど、そこへ案内してもらえないか? 話した通り俺はこっちに来てから魔物に襲われて散々でな。幸いこの丸太小屋を見つけたから、拠点にしたけど守りばかり強化してろくにこの異世界の事を知らない。他にも人がいるのなら会って色々と情報交換したいし、未玖が食べていたという木の実や果実なんかも教えて欲しいし、食べてみたい。駄目か?」

「……ゆきひろさんは、この『異世界(アストリア)』で目的はあるんですか?」

「え? うーーん。そうだね。俺はもとの世界じゃ、毎日毎日働いて何も希望をもってなかったんだ。でもこの『異世界(アストリア)』の事を知ってからは、もうこの異世界の事しか考えられなくなっている。ゲーマーだしオタクだし、こういうファンタジー世界には憧れていたんだよ」

「…………」

「だから目的と言えば、そうだね……色々あたってみたいし考えるときりがないけど、今パッと簡単にいうとスローライフと冒険かな」

「スローライフと冒険……ですか」

「うん。この夢のような異世界で、俺はスローライフを送りたい。その為にはここが安全かどうかとか色々と知っておかなくちゃならない事があると思うんだよ。調査は、その為に必要な事。だけど、ワクワクするだろ? ならそれは、冒険だと思わないかな」

「はい……確かに……」

「それじゃ、案内してくれるかな?」

「はい」


 未玖は承諾してくれた。


 俺はまだこの『異世界(アストリア)』の事を何も知らない。知っているのは、あの女神像がある草原の一部とこの森の一部、そして小屋周辺と見つけた川だけだ。洞窟や食べられる木の実や果実などあるのなら、是非見て見たいと思った。


 またゴブリンなど魔物に遭遇する可能性もあるが、同時に俺達のような転移者にも会える可能性はあるので、リスクばかりでもないと思った。

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