Phase.31 『未玖のこれまで』
菅野未玖――年齢は、11歳。小学五年生。
この『異世界』にやって来たのは、およそ二カ月位前だそうだ。しかも1人でこの異世界へやってきてから今まで、ずっと1人でいたらしい。それには、驚いた。しかもその間、一度ももとの世界へは戻らなかったそうだ。
なぜ、もとの世界へ戻らなかったのか? それを聞いても未玖は「もとの世界へはもう戻りたくない」とだけ言ってそれについては、それ以上話さなかった。
未玖に更にお菓子を勧め、紅茶のお代わりを入れてやる。まだここにいたいようだったので、もう少し踏み込んで話をしてみる事にした。
「それじゃ未玖は、およそ二カ月もの間どうやって生きていたんだ? この辺りには、人を襲う魔物も沢山いるし二カ月間、何も飲まず食わずで生きていくなんて不可能だろ?」
未玖はお菓子に手を伸ばすと、それをもぐもぐと食べる。口の中の物が無くなるまで何かを考えているような感じ。まだ、俺は警戒されているのか? いや、何て言えば解ってもらえるのかと言葉を整理しているのかもしれない。
「ゆきひろさんは、この『異世界』でどうやってこれまで生き続けてきたのですか?」
「俺? 俺は全然だよ。俺がこの『異世界』に初めてきたのは先週だ。しかも転移するなりスライムや狼に襲われて逃げ帰って、暫くここへは来なかった。再びやって来たのは、土曜の朝だよ」
朝と言っても、まだ夜だった。この丸太小屋を使えるようにする為にと息巻いて、清掃グッズなども購入して気合を入れてやってきたのだ。
全ては、秋葉原に行った時に道端でメイドさんからビラをもらった事から全てが始まった。俺は、今までに至る経緯を未玖に話して聞かせた。すると、未玖はやっと自分の事を少し話してくれた。
「わたしも秋葉原でメイドさんに声をかけられて……それで、スマホにアプリを入れてもらいました。それから、この『異世界』にやってきて……気が付いたら洞窟の中でした。洞窟は真っ暗でしたけど、私が最初に気が付いた場所はなぜだか少し光があって女神像がありました」
なに? 女神像……しかも洞窟だって⁉ どういう事だ?
「え? 洞窟って……既に話したけど、俺はここからそう離れていない場所に女神像があってそこに転移してきているんだ! そこは、草原なんだが……洞窟……って他にも女神像があるのか?」
「はい。あります」
「そ、それはいったい何処にあるんだ? その女神像がある洞窟は?」
「ここよりももっと遠く……ずっと遠くにあります」
「……お、覚えていないのか?」
未玖は頷いた。
「わたしは、もとの世界へはもう戻りたくはありませんでした。だから『異世界』にやってきて、洞窟から抜け出して外の世界に出た時、もとの世界とは違う見た事もない世界が何処までも続いているのを見て、嬉しくて……嬉しくて……だからもとの世界からも、もっと遠く離れたくてわたしはどんどんと女神像のある洞窟からあても無く歩いて歩いて……」
なぜ、そうまでしてもとの世界から、遠ざかりたかったのか?
気になるけどそれについては、今は聞かないでおこう。その理由はきっとこの『異世界』とは何も関係がない。未玖のプライベートの話。しかもなんとなく直感で、話しづらい事なのではと察したからだ。
「それで二カ月も歩き続けてきたのか? 魔物もいるし怖くなかった? 未玖みたいな小さな女の子が、こんな所で一人で寂しかっただろうに……」
「ここの他に森みたいな場所も沢山あって、木の実や果実なんかも見つけてそれを食べていました」
「木の実や果実? よ、よくそれが食べられるって解ったな」
「いえ、最初は解らなかったです。でも『異世界』のアプリを入れてくれてたメイドのお姉さんが、アプリ機能に【鑑定】というのを入れてくれて……それを使ってスマホのカメラで調べたい物を撮ると、その対象の名前と簡単な説明が表示されて……それで食べられるものって判断して食べていました」
【鑑定】だと⁉ とんでもない情報だった。まさかアプリにそんなものがあっただなんて……未玖と出会えた事は、本当にお互いにとって大きな出会いになったと思う。【鑑定】……それがあれば、この異世界での生活はもっとよくなるぞ。
「恐ろしい魔物もいたけど、わたしもテレビゲームはよくやっていたので、その魔物を見ればある程度、危険かどうか解りましたし、そういう魔物に遭遇したら近づかないようにしたり隠れてやり過ごしていました。女神像のあった洞窟からは、ずっとそこを離れるように歩いて……洞窟や洞穴は他にもよく見かけたので安全かどうか様子を見ては、夜はそこで過ごしていました。それで煙を見かけたのでなんとなくここを目指していたらゴブリンに見つかって……」
煙……ああ、俺がやった焚火の煙か……あれが目印になったのか。
「なるほど、そこで俺と出会った訳か」
「ゆきひろさんに出会うまでに、ゆきひろさん以外の人も見かけました。でもどんな人かも解らなくて、ずっと隠れ続けていました」
「それは異世界人か?」
「いえ、わたしやゆきひろさんと同じ日本人に見えました。服装もそうなので、転移してきた人達だと思います」
「そうか……転移者は、他にもいるんだ。俺は、怖くなかったのか?」
「最初はそうでした……でも、助けてくれたから」
未玖はそう言って頬を赤くして俯く。ふむ、なるほどな。そういう事があったのか。それにしても、未玖と出会ったお陰で色々とまた有力なこの『異世界』の情報を掴む事ができた。
俺と未玖以外にもまだ何人もこの異世界へ来ている。そして、女神像は、あの草原にあるもの一つではない。他の何処かにもあるという事か。あと、【鑑定】というアプリ機能。ふーーむ。
ふと未玖を見ると、もううつらうつらとしてきていた。腕時計を見ると、もう23時を回っていた。
「もう、こんな時間か。未玖、そろそろ寝よう。俺はもう寝るぞ」
未玖は、頷いて寝室に戻った。
いい感じに話もできたし、いい感じに酒に酔っている。椅子をまた一列に並べると、それに横になって毛布を被った。木製の椅子は固いけど、色々謎も解けて今日はよく眠れそうだと思った。




