038 『影の情報屋』
「おーけー、とりあえず動かないからソレどけてくれないかな……」
「駄目だぞ。まだお前が安全という保証が取れてないからな」
両手を上げて降参のポーズを取る。
声からしても彼女がバーで会った《影の情報屋》なのは確実。なのにこんな状況になるだなんて思わなかった。二つ名からして神出鬼没なだけだと思い込んでいたから。
彼女は依然ナイフを突きつけながらも問いかけた。
「お前、どうして私に近づいた?」
「あんた《影の情報屋》だろ。この前俺とバーで出会った。……聞きたい事がったんだ」
「名前と所属は? 嘘つくとどうなるか、分かるな?」
「OKOK。俺は高幡裕。リベレーター第十七小隊所属の新人だ」
そう言うと後ろから鋭い視線が浴びせられる。最初は優しい人かと思っていたけど、どうやらそこまで現実は甘くない様だ。
ここからどうしよう。すぐに刺さないって事は交渉の意志があるって事だし、条件次第では解放してくれるかもしれない、ここは一門一句を気を付けて答えなきゃ。……そう考えていたのだけど、彼女はナイフを離すとおかしな事を言う。
「……知ってる」
「えっ、は?」
「ゆっくり後ろを向いて」
戸惑いながらも言う通りにゆっくりと振り向く。するとそこには灰色のローブを被った女性がいて、フードの中には金色の瞳に少し童顔の容姿が確認出来た。
彼女はナイフを慣れた手つきで振り回すと腰に仕舞って言う。
「えっと、その……」
「回りくどいやり方をしてすまなかったな。今のは君が本人かを確かめる為だったんだぞ」
「だぞ?」
さっきから妙な口調を付ける彼女に首をかしげる。
とにかく助かったって事でいいのだろうか。彼女には今さっきみたいな敵意の視線は感じないし、本人かを確かめる為だって言っていたし。
本当に回りくどいやり方に軽くため息をつきながらも彼女の話を聞いた。
「本人確認は基本中の基本。嘘を付かれちゃ元も子もないからな。視線も相まって怖かっただろ」
「怖いもなにも回りくど過ぎだろ……。って事は敵対心はないって認識でいいのか?」
「大丈夫だ。何でも質問してくれていいぞ!」
そう言うと彼女は今さっきの視線が嘘みたいな表情で笑って見せた。聞きたい事は沢山あるし、疑問も山ほどある。けれどユウはまず最初に正さなきゃいけない事を質問する。
彼女もそれを分かっていたようで、即座に答えてくれた。
「そっか。じゃあ早速だけど聞きたい事がある。――何で俺に情報を渡してくれた。あんたにとっては関係ないはずだろ」
「ワインを奢られたからな。私は常に気分で行動してる。だから、いつどこで誰に情報を渡すか渡さないかは私の自由なんだぞ」
「じゃああの時会ったのは偶然で、あんたはワインを奢った事で情報を渡す気になった。って事でいいのか?」
「それも少し違うぞ」
しかし彼女は人差し指を立ててちっちっちっと振るとその情報を正した。でもそれはユウにとっては凄く驚く様な物であって、彼女にとっては当たり前の事であって。
「君の話はリベレーターじゃもちろん外部にも広がってる。推薦試験で一人生き残り、魔術師相手にタイマンで張り合ったってね。要するに私は君が気になるんだぞ」
「気になる?」
「おうともさ。君はリベレーターの中でも特殊な立ち位置にいるのは確認済み。一体、どうしてそんな待遇になってるのかなぁ?」
「なるほど。情報屋としては俺の功績や立ち位置は気になるって事か」
「そゆこと」
って事はあそこで出会ったのも偶然じゃなくて彼女が自ら合わせたって事なのだろう。ユウは彼女にとって気になる人だからこそ出会う事が出来たって訳だ。喜んでいいのか微妙な所だけど、こうして出会えているのだから今はいい。
すると彼女はどれだけ情報を持っているのかを言って見せる。
「既に君に関しての情報は集めてある。でもどこまで行っても出身や故郷だけは出て来なかった。要するに君は謎に包まれてるんだよ。情報屋としてここまでの大物は逃す訳にはいかない」
「仮に俺の情報を集められたとしてもどうする気なんだ? 誰かのその情報を売る気か。――言っておくが俺は仮にもリベレーターだ。正規軍とかの輩に渡す様なら……!」
「安心しなされ。私は個人情報を売る気はないから。……そこら辺も詳しく話していいけど、まずはお仲間さんに連絡を入れるべきじゃないかな?」
「っ……」
さっきから妙に図星の所を突いて来る彼女に警戒心が強まる。だって、今のユウは機密事項も同然の扱いなはず。それなのに出身以外は全て調べ上げるなんて、言い方は悪いけど、あまりにも害悪過ぎる。言い方を変えるのなら流石《影の情報屋》といった所だろうか。コンセプトとぴったりだ。
互いに聞きたい事があるからこそ引く事は出来ない。一度別れれば彼女のさじ加減で会えなくなるかもしれないのだから。
だからこそユウはイシェスタに連絡を入れた。少々無理やりだけど私用が出来たと。
するとそれを確認した彼女はようやく素顔を見せてくれる。フードを外して現れた容姿は想像とは少し異なり、声と相反して活発な印象を与えた。
緑髪に癖毛のあるショートヘーアに金色の瞳。そしてやっぱり幼く見える童顔。
そんな容姿をしていた彼女は手招きすると言った。
「名乗ってなかったね。私はラディ。知ってると思うけど《影の情報屋》だよ」
「知ってる。今朝調べたばっかりだからな」
「それじゃあ、ここで立ち話も何だし移動しようか。お気に入りのお店に、ねっ」
――――――――――
適当な理由を付けてイシェスタと別れた後、ユウはラディに連れられてお気に入りの店へと導かれた。といってもそれは昨日入ったばかりの【労いのバー】だったのだけど。
昼間でも一応バーとして動いているのか、店主は昼に入って来たにも関わらず何も動じずにいた。それからカウンターではなく席に座ると向かい合わせで言う。
「一応聞くんだけどさ、ここ、バーだよな?」
「そうだぞ。私はここの常連でさ、昼でもよく来るんだ。ちなみにマスターは私にとって唯一の協力者。要するに助手みたいなものだね」
するとラディは親指をマスターに向け、そっちに振り向くとマスターは微笑みながらも頷いた。なるほど、通りで昼に入っても焦らない訳だ。
そしてラディは肘をついて手を組むと口元に当てて喋り始めた。それも、ユウにとっては敵とも言える様な事を。
「さて、単刀直入に言おうか。――先の戦闘。アレを引き起こしたのは私だ」
「っ!?」
「君の戦闘データを取る為に両者とも情報を伝えた。それならあんなに囲まれた事も納得できるでしょ?」
「そう言う事か……」
そう言いながらも左手は拳銃に伸びていく。《影の情報屋》と言われているだけでリベレーターに協力的だとは言えないし、ユウが気になって言われても友好的な意味での気になるとも言い切れない。だから警戒心を全開にしているとラディは真剣な眼差しで捉える。
やがてユウは鋭い視線を開けると本質的な言葉で問いかけた。
「――依頼主は誰だ。言っとくけど、俺は心を預けた仲間以外は信頼しないからな」
情報屋と言うのは自ら情報を集めて売るか、依頼されて情報を集める場合が殆どだ。たかが個人の為にそこまで調べるとは思えない。つまりラディは誰かの依頼でユウの事を調べ戦闘データを取っていたという事に――――。
と、深読みし過ぎたみたいで、ラディは冷静に対応すると手を左右に振って否定した。
「誤解がない様に言っておくと、私は誰の依頼も受けてないぞ。偶然会ったとしても私の気分次第だし、プライバシーはきちんと守ってある、個人情報を売ったりはしないから安心しろ」
「じゃあ何で俺の情報なんか集めるんだよ……」
「リベレーターに依頼を受ける事もあるのさ。この人の能力を調べて欲しいと」
「って事は今回に限っては完全なるあんたの気分なのか?」
「そうなるぞ」
結果としてラディはユウの能力値を図り、ユウは街を危険に晒す要因を排除できる可能性を掴んだわけだ。この管轄区域にいなくたって他の管轄区域にはまだ正規軍が残ってるかもしれない。それに《影の情報屋》の情報なのだから、ある程度は信じられるだろう。
するとラディは人差し指を伸ばしてユウのおでこを突くと言った。
「さっきも言ったけど、君は謎に満ちてる。故に私はその謎を知りたい。――もちろん、ここで話してくれるのならそれでもいいぞ」
「っ…………」
ラディの瞳に鋭い光が灯る。敵なのか味方なのかよく分からない立ち位置にいる彼女にもう一度警戒し、ユウはまた疑惑の視線を投げつけた。
個人的には異世界人と言う事を話したって構わない。でもそうする事で色々と事件が起るかも知れないし、元からリコリスに他言厳禁と言われているのだから話すつもりはない。故にその誘いを断った。
「……悪いが話せない。諦めてくれ」
「いいぞ、別に。私は私で自由に行動するし」
すると彼女は強気な笑みを浮かべながらもそう言う。
今は断れるけど、ラディなら自力でも真実に近づく可能性が高い。機密事項っぽい扱いにしてあるユウの情報を既に知っているのだから。
だからこそ彼女が去ってしまう前に情報を抜き出してしまおうと問いかけた。
「それで聞きたい事が他にもあるんだが――――」
「おやおや~? 自分の事は話せないのに他の事は話せって~? 対価も無いのにどうやるつもりなのかな?」
「むっ……」
「情報が欲しいのならそれなりの対価を払ってもいいんじゃないかな? ン?」
痛い所を突いてる彼女に口ごもる。確かにこっちは何も出さないのにそっちは出せって言うのは少々不公平だろう。しかしお金はそんなに多く持ってないし、払える対価というのならユウの情報を代わりに出すくらいしか――――。
それが狙いだという事は分かっていたけど、街やみんなに貢献する為にもここはバレない程度でこっちの情報を差し出した。
「……分かった。どんな対価を払えばいい?」
「これから君を尾行させてほしい。その中で君の情報を引き抜く」
「え、そんなんでいいのか?」
「うん。もちろんプライバシーは守るから安心して。大丈夫だぞ」
正直怪しさ満点の言葉だ。本当に信じていいのかと心の底から疑う。でも、仮にも彼女は情報屋だ。そんなよく分からない事を根拠に信じ込んだ。
しかし一応釘は差しておく。
「……本当に依頼されてないんだろうな」
「何度も言ったろ? 君は類を見ない存在だ。どの道調べておいて損はないって訳」
「なるほどねぇ」
この先正規軍がラディを頼ったらきっと厄介な事になる。それを踏まえてラディに接触する事は避けるべきなのだけど、逆を言えばこっちも正規軍の情報を引き出せるかも知れない。今回の様に。
情報屋を利用するからにはこっちの情報も抜かれていておかしくないと考えた方が良いだろう。特に彼女に関しては特別警戒すべき。
それを踏まえて情報を聞き出した。
「それじゃあ最初の質問だ」
「うんうん。遠慮なく聞いて聞いて」
「――正規軍は、どこにいる」




