036 『策略』
翌日。
ユウは執務室でタブレットを使いある事を検索していた。と言ってもユウ用にこの世界の文字を日本語に置き換えた特別用だけど。正規軍の事とかもそうだけど、リベレーターに付いても調べ続けていた。昨日会った謎の女性から聞いた言葉。そのせいで妙に正規軍が気になってしまって仕方ない。
するとユウはある記事に辿り着いて指を止めた。
と思ったのも束の間。偶然か否か、リコリスが滅茶苦茶いいタイミングでその事について話し始めた。
「そう言えばユウ《影の情報屋》って知ってる?」
「情報屋? あー、今丁度その記事見てるけど……」
「じゃあ知らないんだ?」
「そうなるな」
最初は記事を見て済まそうと思っていたのだけど、リコリスが解説したそうにこっちを見ていたからタブレットを閉じてリコリスを見る。すると彼女は眼をパァッと輝かせながらも自信満々に説明し始めた。
「何でも逃走術と隠蔽術に途轍もない技術を持った情報屋で、その人は機密事項とかの情報を持ってるんだって。神出鬼没でどんな追跡も逃れる姿はまさに“影”。自分の気に入った人の前にしか現れないらしいから、その他の人が会うのなら本当の幸運くらいなんだって」
「へぇ~」
そう呟きつつも記事に戻る。リコリスと同じ様な情報が載ってあるし、その他にも武装をしてるとか何とかって書かれていた。情報屋でもあり戦闘も出来るとなると、彼女の知り合いはかなり苦労が少ないだろう。だって書き込みの情報によるとリベレーターの中隊長級だって書かれているし。
ふと脳裏で昨日の事が思い出される。普通ならあり得ない情報を持っていて、店から出た直後に跡を追ってもどこにもいない足の速さ。まさか……。
しかしそんなはずがないと顔を左右に振った。だって彼女に会えるのだとしたら気に入られるか幸運を引き当てるくらいだ。それなのにそんなことがある訳ない。
と思っていたのに、次にリコリスの言った情報で確信した。
「ちなみにその姿は灰色のローブを来てフード被ってるらしいよ?」
「っ――――」
間違いない。あの時に出会った女性は例の《影の情報屋》だ。何であのバーにいたのかは分からない。でもだとしたら彼女の話していた事は本当になるのではないか。
スラムで正規軍が集まり何かをしている。その情報が本当ならいち早く対処しなきゃいけない。だからこそすぐにリコリスへ話そうとするのだけど、直後にイシェスタが扉を蹴り破る勢いで開けるからそっちに持っていかれる。
「リコリス、それ――――」
「大変です!!!」
最初はすぐに自分の言いたい事も話そうとしたのだけど、イシェスタがあまりにも急いだ様子だったから倒れそうになる彼女の体を支えた。するとイシェスタは息を切らしながらも何が起こったのかを説明してくれた。
けど、それは決して簡単に片づけられる問題ではなくて。
「今さっき、正規軍の本拠地から軍団で進行を開始したって……!」
「嘘でしょ!?」
「リベレーターの偵察隊が捉えた情報なので間違いないらしいです!」
軍団で進行する。その情報を聞いてユウも驚愕した。
だってその情報はついに戦争が始まると言っても過言ではない物で――――。リコリスも同じ事を考えたのだろう。今までにないくらいの焦りを見せながらもイシェスタに情報を聞く。
「だとしたら本当にマズい……! 数は?」
「最低でも三千は上回るとの事」
「三千か……。確認してくる。二人はここで待ってて!」
「わかりました!」
するとリコリスは走って執務室を飛び出しては廊下を走っていった。
この世界に疎いユウでも分かる。今がどれだけ危険な状況なのかを。でも、それ以上にもっと危ない事が起りそうな気がしてたまらなかった。彼女が教えてくれた情報。それが不信感を募らせ続ける。
だから落ち着かないユウを見てイシェスタは問いかけた。
「ユウさん、どうしたんですか?」
「実は、昨日手に入れた情報で……」
――――――――――
それから数時間後。
リコリス達は本部からの通達で突如遠征する事となった。一応交渉はするつもりらしいけど、それでも戦闘があるかも知れないと全小隊と全中隊を招集して正規軍が進行する所へと向かっていく。
ユウとイシェスタはもしもの為にと街に残され、いつも通り街の警備を言い渡された。
でもそんな余裕はない。だってそれこそ奴らの狙いかも知れないのだから。
「一応連絡は入れました。各隊もそれぞれの管轄区域にあるスラムに警戒するそうです」
「そっか。よかった……」
連絡を入れられたのなら一先ずは安心だ。そう思って二人でソファーに倒れ込む。十七小隊の管轄区域にはスラムに近しい所はあってもスラムとは呼べないし、もし十七小隊の管轄区域での話なら彼女はちゃんと指定するはずだ。
最初はユウ達も他の隊に駆けつけようと思ったけど、出入りするのは自由でも勝手な戦闘は処罰対象になる。だからと言って一々許可を申請している余裕なんてないし、これが最善なのだ。そう言い聞かせて本部に留まる。
しかし、だからと言って完全に気を抜いていいわけでもない。
「……じゃあ、私達も行きましょうか」
「そうだな」
そう言って二人して起き上がる。確かにスラムと言った物は管轄区域にはないけど、“もしかしたら”が起ってしまうかも知れない。だからユウとイシェスタはいつも以上に街を巡回しようと動き始めた。
目指す場所はもちろん管轄区域の端。エセスラムだ。
ユウは今まで通り走って向かおうとするのだけど、イシェスタはガレージに寄るとバギーを取り出して乗り込んだ。
「ば、バギー……?」
「ほら、早く乗ってください」
「あ、ああ」
するとイシェスタは手を翳して指紋でエンジンを付ける。意外と古い乗り物が出て来たと思いきや搭載してる技術は最新版なのか……。
そうしてイシェスタはハンドルを握ると言った。
「掴っててくださいね!」
「え? えっ!?」
直後に全力でアクセルを踏むとバギーは急発進して道路へと飛び出した。それもかなりの速度で、同時にかなりの運転技術で他の自動車を避けながら。
荒っぽい割には丁寧な車捌きに驚愕しながらも吹き飛ばされないように必死にしがみついた。
「あのっ、イシェスタさん!? 少々運転が荒くないですか!?」
「全然優しい方ですよ! アリサの運転を経験したらもうとんでもないんですから!!」
「どんだけ!? え、ちょっ、あ~ッ!?」
車のフォルムから見て普通じゃないけど、リベレーターのロゴがあるからみんな理解してくれてるのだろう。バギーを見付けては可能な限りで道を開けてくれていた。改めてこの街がどれだけリベレーターに救われてるのかが目に見えて分かる。
そして、そのままバギーは暴走して走り続けた。
目的地まで一直線で突っ走りながら……。
――――――――――
「はぁ、はぁ……あ゛~、酷い目にあった……」
「酷いですね。これでもまだマシな方なんですよ?」
イシェスタの話を聞く度にゾッとする。アリサの運転する車には乗らないようにしようと決意しつつも目的地の奥を見た。ユウ達の立っている所から奥へ行く度に光景の色彩が薄れていくエセスラムを。
M4A1を握り締めると言った。
「……行こう」
「そうですね」
もし正規軍がいなかったとしても平気な訳じゃない。ここはゴロつきがよく集まっているのだから、どこからでも襲われる可能性がある。いつ襲われても言い様に特殊武装も二つ起動させながら進み続けた。
熱源感知があるから大丈夫だとは思うけど、一応イシェスタに問いかけた。
「獣人って事はやっぱり耳がいいのか?」
「そうですね……まぁ、普通の人よりはずっといいです。ちなみに種類にもよりますよ。犬でしたら嗅覚がいいですし、猫だったら感覚が敏感になります」
「へぇ~、そうなんだ」
このままじゃ会話が弾みそうだったから顔を左右に振って雑念を振り払う。今は任務中と言っても過言じゃない。いつ襲われるかも分からないのだから、十分に警戒しなきゃ。そう思いながらも静寂が立ち込める街の中を歩き続けた。
響くのは足音とユウの特殊武装から出るジェットエンジンめいた音だけ。その他は人々のざわめきすらも聞こえなかった。それ程なまでに遠いって言う事なんだろう。
……視線を感じる。やっぱり予想通り誰かがいる事は確実なんだ。
横目でイシェスタを見ると既に気づいている様で互いに視線が合った。だから同時に頷くと何も気づかないフリをして歩き続けた。
「引っ掛かったな」
「そうですね」
すると建物の陰から何かの器具が外れる音が響き、ソレはユウの脳天目掛けて高速で接近する。でも特殊武装で弾くともう一つの武装が高速で吹っ飛んではナイフが飛んで来た所に直撃した。それからは瓦礫が崩れる音が聞こえながらも男の悲鳴が聞こえる。
やがて地面に落ちたナイフを拾うと軽く手で振りながらも呟いた。
「まぁ、掛かったのは正規軍じゃなかったみたいだけど」
そう言うと建物の陰からゾロゾロと人が出て来ては全員が刃物を構える。一般人……なのだろう。ここまでくるとヤクザというか服装がダサいギャングというか。そんな事を考えながらもイシェスタに問いかけた。
「どうする? このまま逃げるか?」
「いえ、奴らはいわゆるギャングって奴です。ここらに出没するとは聞いてましたけど、まさかこんな大量に出て来てくれるとは。勝てない数じゃありません。ここで倒しましょう」
「了解。……って言いたいんだけど、何その武器」
するとイシェスタは腰の筒を掴むと形を変形させ、普通じゃ入らない、身の丈以上の巨大な鎌を出現させて見せた。ユウも機械生命体用の剣を構えるけどたまらずそう質問した。
これが彼女の武器なのだろうけど、見た目の可愛らしい姿に対して別の意味での破壊的な威力を持っているというか何というか。
「私の近接武器です。こういった集団戦だと一掃出来て便利なんですよ?」
「へぇ~……」
刃の部分が光ってるという事はアーク系の武器なのだろう。ライトセイバーの鎌バージョンといった所か。その武器を見た途端に二人を囲んだギャングたちは憶するけど、即座に気合いを入れ直ると重心を前に向けた。
だからユウも臨戦態勢に入る。
……だからこそ気が付けなかった。この戦いを見ている第三者がいた事に。
その人は近くの廃ビルの一番上に座りながら、右手に手帳を持って誰にも聞こえない声で小さく呟いた。
「あれが期待の新人クンって奴かぁ。見せて貰おうかな、彼の実力を」




