ドウターズ(2)
アルバは妹の姿をした有象無象を殺しながら、考える。
なぜ、<ドウターズ>はこの場に現れたのか。ハワードの命令であることは明白だが、ではその狙いは一体なにか。
そもそもこの半年間、暗殺者と遭遇した経緯はいつも同じだった。
──狂信者狩り。
<ドウターズ>に与えられてきた任務は、尽く〈キューティー〉全滅を目的としていた。アルバはこの襲撃もその延長に過ぎないのだと考えた。
ここには、<キューティー>の創設者の一人、フェン・シェンイェンがいる。
ハワードは徹頭徹尾、狂信者狩りを完遂するつもりらしい。
それが梶原奈義を手に入れる道を遮るものなら、容赦なく消し去るのだ。ハワードとはそういう男。アルバと同じ、目的意識に縛られた狂人に他ならない。
だからこそ言う。
「お前らの目的は、狂信者狩りだろう! だったら!」
「……ふふふ」「ふふふふ」「あはははは」
笑い声は重なり響き合う。アルバの戦いを嗤うように、血の花を咲かせる人形たち。
「なにがおかしい……!」
アルバの目潰しで両目から血を流した一人が、嘲笑混じりに答えた。
「それも一つ。あとは、二つあります」
「アルバ・ニコライと紀村ナハトの殺害です」
「ふふふふ……」
──!
「それなら……」
アルバはこの場所に至った自らを──この半年間を疑問に思った。涙すら枯れたはずの彼の頬には、赤い雫が線を描いた。
「それならどうして──ロサンゼルス基地で俺たちを殺さなかった!!」
◆
精神感応という現象がある。
一卵性双生児などがごく稀に有する、離れた位置にいても理解し合えたり、行動がシンクロしたりする、共鳴現象である。
二十一世紀では眉唾もの、あるいは遺伝的ではなく環境依存の現象だと考えられた古い概念である。
確かに、夫婦は行動が似てくるだとか、双子でも育った環境が違えば精神感応は起きないだとか、超能力めいた仮説の反例は多く上がった。
先天的に人間のすべてが規定されるのではなく、エピジェネティクスの観点も合わさり、時間と共に変化するのが人間だと──科学は優しくも厳しい結論を導き出した。
しかし、人体模倣の黎明期である2050年代、僅かにではあるが、精神感応に関する研究の小さな芽が萌えた。
ムーブメントこそ起こさないが、世界各地でポツリポツリと遺伝的に同一の人間のシンクロ現象が見受けられ出した。
ある研究者は、人間以外の動物では起こらないと報告し、人体模倣となんらかの関係があると示唆した。
現在でも、精神感応はオカルト的な見方が根強く残っている。
それでも、人類は言い逃れできないほどの例を、目の当たりにしてしまった。
ハワード・フィッシャー。
梶原奈義。
二人は精神感応を、遺伝子の隔たりを越えて実現する怪人である。厳密には仕組が異なるが、人体模倣の流れを汲む異能力であることには違いない。
そして、その極端な二例とは別に、精神感応による小さな不和が発生しつつあった。
アルバとナハトは、精神感応という現象を甘く見ていた。
クローンは遺伝的オリジナルと感応し得ることを──予想していなかったのである。
◆
殺されながら<ドウターズ>は言う。
「あの時はイヴが肉体と同期したばかりで、イヴの精神は不安定だった」
「<母殺し>も撃たれていたし」
「だから、梶原ヘレナとソフィア・ニコライの知人であるあなたたちを殺した場合、彼女たちが爆ぜて、主人格まで登り詰める可能性があった」
「安定的に絆の戦士たちが主人格に座するためには、あそこであなた方を殺すのは悪手だった」
「けれど、ハワードはあなた方を殺したい。だからイヴに委ねたの。殺すかどうかは任せる、と」
──!
「そんなに口が利けるのか?! お前らは!」
返り血を浴びながら、繰り出す蹴りは鋭く速い。疲労や苦痛など精神がいとも簡単に飛び越える。
アルバは叫んだ。
「お前らがソフィアを語るなよ! なにが分かるんだよ! この人形どもが!」
そこで、<ドウターズ>は一斉に攻撃を止めた。
「ふふふ」
皆、うつむき肩を揺らして嗤う。なじるような瞳がアルバへ向けられた。
「私たちはソフィアと同じ遺伝子を持っているの」
「ソフィアのことなら何でもわかる」
「あなたよりも」
精神感応。クローンと遺伝的オリジナルは心が共鳴する。
狂ったように首をかしげ、目を見開いた傀儡たちは、血塗れの口でアルバの精神を壊そうとする。
「なにが言いたい!」
「ソフィア・ニコライは主人格には決してなれない」
「どうしてかわかる?」
「それはね……」
アルバは自身の内側に亀裂が走る予感がした。
「ソフィア・ニコライの基本プログラムは、『また家族と暮らしたい』。父親も母親もいないこの宇宙を、ソフィア・ニコライは許せない」
「……………」
アルバの瞳から光が消えた。
始めから、わかっていたのかもしれない。ソフィア・ニコライは優しい。誰よりも幸せを願った彼女は、両親の死を悲しんでいる最中に、人心核を飲み込んだ。
一人だけ、大人になれなかったのである。
ソフィアの時間は、<静かの海戦争>が起きる前の日だまりのような日常のまま、止まっていた。
アルバは、妹を救うため、他を切り捨てた。悲しくも苦しくもあったが、最後に残った希望を握りしめていれば、アルバはまだ戦えた。
現実と戦えた。
ニコライ家の誰も悪くない。それでも兄と妹は、願望の時間軸がずれていた。両親の死を受け入れることができなかった妹。妹さえ救えれば何も要らない兄。
単純な話、そのどちらも叶えられない。
あらゆる譲歩を繰り返し、それでもたった一人だけは助けたいと叫び続けた願いも、世界はノーと解答した。
馬鹿でもわかるようにきちんと論理立てて、アルバ・ニコライは救われないと、証明されてしまった。
「可哀想なアルバ・ニコライ」
「ほら、頑張って。妹を救うんでしょう?」
「諦めないで」
アルバは何も答えない。
そこにあるのは、目的を奪われた道具に他ならない。
道具の死。
目的を持つ者は、それが消えたとき死ぬ。
アルバの心は今、死んだ。
「俺は……もう、無理だ……」
アルバは、眉間に刻み込まれた皺が嘘のように消えた、人生最高の、太陽のような笑顔で言った。
重荷から解放された彼は、その精神を散華させるように、本来平和な日々で見せるはずの屈託のない笑みのまま、天を見た。
アルバ・ニコライ、享年19歳。
そんなナレーションを想像して、笑いが零れる。
スッキリした気持ちは、何者にも止められない。
「もう、生きていかなくていいや……」
<ドウターズ>の一人がゆっくり近づき、アルバの眉間に銃口を突きつけた。
「じゃあ、死んで」
すると、<ドウターズ>の視界からアルバが消えた。高速でしゃがみ、足払いをして転ばせた人形の顔をアルバは踏みつけ、粉々にした。
湿った破裂音が響いた。赤い、赤い、風景の中で彼は笑う。
「死に方、どうしようかな」
「…………」
<ドウターズ>はアルバの周りを囲み、警戒心を露にする。彼の中でどんな変化が起きたか、理解が及ばないようだ。
「痛いのは嫌だな。うーん……」
そうだ、とアルバは目を細めてはにかんだ。
「ハワードを殺して、俺は死ぬ」
決意を述べるには腑抜けた表情。甘いものを頬張りにやけるような顔で、アルバは言った。
暗殺術は極限の冴えを見せた。
そして、アルバは数分後、その場にいた<ドウターズ>を全滅させた。




