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いつか夢見る人心核  作者: かめったろす
最終章. アダムとイヴ
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アルバ・ニコライに花束を

 コンバーターを再び造るという頼みを受けたはいいが、日本の離れ小島でできることは限られている。第一、ここに戦闘機開発の設備はない。しかし、梶原奈義の決心が無駄になることは許されない。ハワード・フィッシャーと戦う土俵に立たねば話にならない。


 ルイス・キャルヴィンはナハトに言った。


「宇宙で作ってもらいましょうか。明龍の技師があなたの手足になるわ」


「…………」ナハトはそれを聞いて、何となくバツが悪かった。


 思い浮かんだのはアーノルドの顔だ。ナハトは彼の首を絞めて罵った。できることなら、二度と関わりたくないと思っていた矢先、結局明龍に利用されるのが、不愉快だった。


「まあ、いいか。他に方法もない」


──どうせ、これが()()なのだから。


 ナハトは自身の思惑のために、その頭脳を提供すると約束した。ヘレナが解放されるならば、それでいい。その救済の手が、梶原奈義によるものか、ナハトによるものか、ヘレナには関係がない。


 むしろ、ヘレナが助かった世界にはナハトの存在が不要と言える。イヴがナハトの心を壊したシャクルトンでの話では、ヘレナの超越的な考えの前に、ナハトはただの実験体に過ぎないのだから。


 ナハトは、自分らしくない「最も多くの人が幸せになる結末」を考え、実行に移す。


「コンバーターを作るのに必要な期間は、ざっと見て、一ヶ月だろう」


「ええ、頼むわね」


 それから、ナハトはアーノルドから受け取ったデータを閲覧し、ノイマン博士が設計した梶原奈義専用機の作りを理解した。ノイマン機関と呼ばれる<神の代弁者(プロフェット)>発生炉の仕組み、製造方法。設計図を閲覧しているナハトは、オルガ・ブラウンの頭脳に人生を狂わされた人間の断末魔を聞いているような感覚を抱いた。


 初めの一週間は理論の構築に励んだ。ノイマンの設計に無駄が多いと感じたナハトは、ルイスの権限で明龍のデータベースにアクセスし、研究レポートを漁るように読み込み、重力偏極量子の振る舞いを理解した。梶原奈義の戦闘データとすり合わせ、コンバーターを再構築する。


 この時点で、壊された機体とは別物が出来上がることが確定した。


 重要なコンセプトは、あらゆる物理的な兵器を捨て、<神の代弁者(プロフェット)>にすべてを任せるという考え方だ。力学的エネルギーは全て量子で制御する思想は、ノイマンの設計図にはなかった。彼はあくまで常識人だったのだ。ここまで無駄を削ぎ落し、完全に一つのことに特化することはできなかったようだ。


 ナハトは違った。量子制御に一点集中。宇宙で性能を見せつけたイヴを思い出し、あれが臨界突破者と<神の代弁者(プロフェット)>の組み合わせがもたらす結果ならば、中途半端な物理装備はかえって邪魔になる。


 するとおのずと、戦闘機の形が変わってくる。重力偏極量子は制御者の()から影響を受ける。人型感応という特性を活かして、<コンバーター>は従来の戦闘機とは次元が違うフォルムを描いた。


 作製場所が宇宙であることも重要だ。重力に耐える型と、重力偏極量子が出力を上げる型が同じであるはずがない。地球での戦闘機開発は重力の制約が大きく、自由な発想が生まれにくいことはナハトでなくとも戦闘機技師の常識だ。


 一週間で理論が完成し、三日で設計図ができた。


 ルイスと同じ建屋で過ごした十日間をナハトはあまり覚えていない。


 彼女は、ヘッドセットを装着して没頭するナハトの脇に食事を置いたり、独り言に相槌を打ったりしていた。たまに話しかけてきて、短い返事をするナハトを見て微笑む、そんな時間が妙に印象的で、逆に言えば、それ以上の感想がない。


 ただ、ナハトはルイスと一緒にいることが、妙にしっくりきていた。


 邪魔にならないという、ただそれだけのことなのに。老婆はたまに泣きそうなほど嬉しそうに微笑むのだ。


 ナハトはそれを無視して、作業に戻る。


「私の理論は完璧だ。ただ、設計図は馬鹿でもわかるように書かなきゃいかん。それが面倒だ」


 ナハトはそう一人零した。口調がいつもと違うことに、自分でも気が付かない。


「そうねえ」とルイスは曖昧な返事をして、お茶を飲んで、窓の外の宙を眺めたり、本を読んでいる。


 たまに部屋に押し掛けてくる子供がいたが、ナハトは無視した。エマの姿は見かけなかった。


 しばしば運ばれてくる海産物が美味しかった。ルイスと島民の関係性は良好そうだったが、ナハトは興味がなかった。


 何気ない時間だけが積み上がっていく。


 そして──作製開始から、28日が経過し、宇宙で<コンバーター>が完成したらしい。


 

        ◆



「こんなものだろう」とナハトは不精髭を触りながら言った。


「ご苦労様」とルイスは、ナハトの口にお菓子を運んだ。なんの違和感も覚えずにそれを咥えて、咀嚼するナハト。設計に漏れがないか、明龍からのデータを見ている。


「まあ、後は梶原奈義が乗ってからの調整が必要になるが……作戦上無理だろうな」


「そうね」


「梶原奈義のこれまでの戦闘データから調整はした。おそらくそれで問題ないだろう。たとえ、失敗したとしても他に手はない。私と梶原奈義で勝てないなら、大人しく諦めてもらうぞ」


「いいわよ」とルイスは笑った。


「…………? 何がおかしい。キャルヴィン…………」


──ナハトは、違和感に気が付いた。


「俺は今…………誰だった?」


「私にはわからないわ」


「ここ数日の記憶が曖昧なんだ。俺はどうして……あんなに知らないことを知ったみたいに……そもそも、俺はネットワークに意識を飛ばせるだけで、知らないことは知らないはずなんだ……」


「くそっ……。約束は果たしたからな」


 ナハトは魔法が解けたように我に返った。上着を羽織って、部屋を出た。


「ヘレナを必ず助けろよ」


 そう言い捨てて、役目を終えたナハトは小屋を出た。



        ◆



 外は雨が降り始めていた。


 ナハトは小屋から離れるように、走り出した。


 梶原ヘレナと一緒には居られない。だけど、彼女が助かるならそれでいいと、世界最強の戦士に想いを託した。小悪党の最期の足掻き。ナハトは物語の結末を見ることはない。ここで役目は終わったのだ。


 小雨が空気を湿らせる。ぬかるんだ道に足を取られながら進むナハト。どこでもいい。誰もいない場所を探していた。丘の頂を目指している。


「はあ……はあ……」


 息が白い。雨が体温を奪う。


「なあ! これでいいかな! アルバ!」


 ナハトは清算しなくてはならない相手に叫んだ。その人物は世界中を探しても見つからない。なぜなら、最も近くにいるからだ。アルバの身体でナハトは走っていた。


『頼んだぞ』と託された。


 ハワードと戦う決心をした梶原奈義に剣を渡した。これで、ナハトは役目を果たした。果たしたことにしたかった。


「俺はできることをやったぞ! これでいいよな! もう」


 ナハトは狂ったように笑った。


「死んで……いいよな!!」


 雨は少しずつ強くなる。


 死にたかった。けれど、アルバから託された使命があった。ただ死ぬことはできなかった。ナハト一人が死んだとしてもなんの解決にもならない。ヘレナには助かってほしかった。そのために残しておいた弾丸だった。


 けれど、今。二つの問題が解決した。


 これでハワードと梶原奈義は戦い、ヘレナを助ける。


 アルバから背負わされた責任も、ヘレナへの思いも清算された。


 これ以上は耐えられない。後はこの劣悪な魂が滅ぶだけで、物語は幕を閉じる。


 今となっては、弾丸を自分に撃つことができる。


 木々が開けた場所にナハトはたどり着いた。水たまりをふらつく足が踏みつけた。跳ねた泥水。ナハトは上着のポケットから拳銃を取り出した。


 込められた弾丸は人心核を殺す特攻兵器。震える手でナハトは眉間に銃口を向けた。


 数秒目を閉じて、<マザー>の介入がないことを確認して、引き金に力を込めた。


「アルバ……! 身体を返すよ! 俺と入れ替わってくれ!」


 ナハトは叫んで、引き金を引いた。

 

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