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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
★ おまけのおはなし  「それは腹立ちとショックで始まった。」
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(9) 過去と今とこれからと


俺と芳原の関係は、周囲には気付かれなかった。

学校で二人だけでいることは無かったし、葵ちゃんを交えて話しているときも、相変わらず芳原は俺に厳しいことを言っていたから。


本当のことを言うと、俺は、芳原とのことをオープンにしてしまいたかった。

芳原は言葉はキツいけど、いいところがたくさんある。

サバサバした性格と、ときどき見せる女の子らしさのギャップも可愛い。


そんな芳原と自分が仲がいいことを自慢したい。

俺しか知らない芳原の可愛らしさを自慢したい。

なのにそれができなくて、俺は少しばかり不満なのだ。

特に、ほかのヤツの彼女自慢を聞くと。

今までのろけ話をするヤツなんか軽蔑していたけど、自分がそれに当てはまると知って、かなり驚いている。


べつに芳原が、誰にも言うなと言ったわけじゃない。

だけど彼女は、ピヨ太郎を誰にもらったのか、友だちに言わなかった。

リュックのピヨ太郎を褒められたときにはこう言った。


「誕生日にもらったんだ。」


ただ一言。

それだけ。


上手い答えだ。

みんな、自分の知らない誰か ―― 女子の友だち ―― があげたのだと思っただろう。


俺はちょっとばかり傷付いた。

最近は人前で俺と話していることもあるんだから、俺からもらったって言ったっていいはずなのに……って。


悲しくて不満だけど、俺が勝手に誰かに言うことはできない。

何故なら、芳原の気持ちが決まっていないから。


期待して待ってもいいって言ってくれたけど、彼女になると約束してくれたわけじゃない。

二人で出かけたこともあるけど、その日もそのあとも、芳原の態度は変わっていない。

まだ一か月だから、そんなに長い間待っているわけじゃないけど……淋しい。


そう思っていた矢先に、思いがけないことが起こった。




3月14日。期末テスト真ん中の日。

世間ではホワイトデーのこの日、俺は楽しい気分で登校した。


最初は誕生日のときのように、朝の電車の時間を合わせてホワイトデーの贈り物を渡すことも考えた。

でも、せっかくテスト中で学校は昼までで終わりなのだ。

帰りに二人で昼メシを食べに寄ってデザートでもおごろうと思い付いて、そう事前に話しておいた。

部活がない日は葵ちゃんと芳原と俺の三人で帰るんだから、わざわざ待ち合わせをする必要もない。


3時間目までのテスト終了後、その出来についてはまったく考えもせず、足取りも軽く5組の教室を出ると……。


(あれ?)


ぱらぱらと生徒が行き交う廊下で、芳原が一人で窓から校庭をながめていた。

帰り支度をして、赤いリュックを胸に抱えて。


「芳原。」


声をかけると、芳原がビクッとしてからこちらを向いた。

なんとなく居心地が悪そうな様子で。


「葵ちゃんは?」


尋ねると、困ったような、怒ったような顔をした。

そしてササッと周囲を見回し、俺のダッフルコートの袖をつかんで選択教室側の廊下へと引っ張って行く。

以前、俺が「名前で呼んでほしい」と頼んだ場所へ。

芳原のリュックに付けられたピヨ太郎がぴょこぴょこと跳ねた。


手を離して向かい合っても、芳原はなかなか用件を切り出さなかった。

赤いリュックを胸に抱えて、何か言いにくそうな顔で視線をさまよわせている。

こんな芳原は初めてだ。


気持ちが落ち着くように俺から何か言おうと思ったとき、芳原が思い切ったように顔を上げた。


「葵が。」


けれど、そこまで言って下を向いてしまった。

何か、相当困ったことになっているのだろうか?


「どうした? 葵ちゃんとケンカでもしたのか?」


心配になって、横から顔を覗き込むようにして訊いてみる。

すると芳原は首を横に振った。

そしてもう一度、思い切ったように顔を上げた。


「葵が……知ってたの。」


助けを求めるように向けられた瞳。

よく見ると、目尻のあたりが赤い。


「『知ってた』って、何を……?」


「ええと、あたしたちの…こと。」


「え!?」


葵ちゃんが気付いてたということもびっくりしたけど、芳原が「あたしたち」と一括りに表現したことが胸にズシンと来た。

だって、そんな言い方だと二人の関係が揺るぎのないもののように聞こえる。

芳原はいつの間にか気持ちを固めたんだろうか?


でも、芳原本人はそこは気にならないらしい。

困った様子で話を続ける。


「ずっと前から気付いてたって言うの。で、今日はホワイトデーだから二人で帰りなさいって言って、先に帰っちゃって……。」


「……ずっと前?」


俺だって、自分で気付いたのは最近なのに?

しかも、あのおっとりした葵ちゃんが、芳原に「二人で帰りなさい」って命令した?


「うん……。」


芳原は頷いて、そのまままた下を向いてしまった。


ずっと前っていつだろう、と思ったけれど、今はそんなことはどうでもいいと思い直した。

過去のことよりも、今が大切だ。

今と、そしてこれからが。


「芳原は……いいのか?」


芳原がハッと顔を上げる。


「俺と二人で帰っても…いい、のか?」


学校から二人で一緒に帰るということは、俺たちの関係を公表する覚悟をするということだ。

もちろん、誰も何とも思わないかも知れない。

でも、俺たちの年頃で、ホワイトデーに一緒に帰る二人組を誰一人として疑わないなんてあり得ないだろう。

偶然だろうと思ったとしても、 “でも、もしかしたら…” と考えたくなるのが普通だと思う。

そういう生徒の何人かは俺たちに尋ねるだろうし、ひっそりと噂が流れる可能性もある。


そのときに話す覚悟ができるのか、俺は芳原に尋ねたのだ。

そしてそれは、芳原の最終的な気持ちを確認する質問でもあった。


2回ほど口を開いたり閉じたりしたあと、彼女はやっと、小さく頷いた。


「…うん。」


それから深呼吸をするように大きく息をつき、目を閉じた。

何秒かして目を開けると、まっすぐに俺を見た。

明るい瞳で。

何か決心をしたように。

自信を取り戻したように。


「うん。いいよ。」


そう言って、芳原が大きく微笑む。

いつもと同じ微笑み。

おおらかで爽やかな。

俺が大好きな。


「ショウタロウと一緒なら、何でも平気な気がする。」


幸せのあまり目まいがした。

芳原が、本当に俺の彼女になった瞬間だった。




不思議なことに、並んで歩いても、俺たちはちっとも緊張しなかった。

お互いに覚悟が決まったせいだろうか。それとも慣れか。

ほかの生徒たちの間を堂々と、葵ちゃんがいるときと同じように歩いた。

それぞれの知り合いに帰りのあいさつをしたりしながら。

芳原が言った「何でも平気」は、こういうことなのだと実感した。


歩きながら、俺は葵ちゃんの様子を思い出していた。

彼女はときどき、言い合いをしている俺と芳原を、黙って楽しそうに見ていることがあった。

俺は、それは単に彼女のおとなしい性格のせいだと思っていた。


けれど、本当はそうじゃなかったに違いない。

葵ちゃんは、俺と芳原がこうなることを予想しながら見ていたのだ。


それに、たぶん芳原の誕生日の話をしたのもわざとなんだろう。

俺は葵ちゃんの計略に上手に引っ掛かってしまったというわけだ。


(いや、そうじゃないな。)


葵ちゃんが俺の背中を押してくれたのだ。

そして今日は芳原の背中を。


(お礼を言わなくちゃいけないな。)


そして、相河には言うなと言っておこう。

……もう遅いかな。


信号待ちで立ち止まったとき、俺に話しかけた芳原の動きで揺れたピヨ太郎が目に入った。


(そうだ。)


家に置いてあるもう一羽を思い出す。

あの日、芳原に言えないまま持ち帰ったもう一羽。

おそろいのひよこ。


「あのさあ、芳原。」


芳原が俺を見る。

そのまっすぐな視線が気持ちいい。


「そのひよこ、うちにもう一羽いるんだけど……。」


「もう一羽? 二羽買ったの?」


「いや、買ったんじゃなくてゲーセンで取ったやつなんだ、それ。」


「ゲームセンターで?」


驚かれてしまった。

誕生日のプレゼントをゲーセンで調達したなんて悪かったかな?


「あの、いや、それが気に入って、狙って取ったんだよ。芳原のために、ちゃんと。」


「ああ、そうなの? どうもありがとう。じゃあ、もしかしたらお金かかっちゃったのかな?」


今度は違う心配をされてしまった。

そういうことを言いたいんじゃなかったのに。


「そんなことないよ。2回目で取れたから、別に高くないよ。そうじゃないんだ。ええと……ああ、そうそう、もう一羽だ。それと一緒にもう一羽取れたんだよ。偶然。」


「ああ、さすがニワトリだね。」


「……え?」


「え? だから、二羽取れたんでしょ?」


「え……?」


(二羽取れたから……二羽、取り、で、ニワトリ……?)


「芳原……。」


思わず芳原をまじまじと見てしまった。


「芳原も駄洒落なんか言うんだ……?」


「女子の前ではくだらな過ぎて言わないけど。ふふ。」


まさか彼女がそんなことをするとは思わなかった。

本人は満足そうにくすくす笑っているけれど。

芳原の意外なところを、また知ってしまった。


「え、ええとさ」


笑うタイミングを逃してしまったので、話題を進めることにする。


「そのひよこなんだけど、俺も……カバンに付けようかな、と思って。」


「え?」


「おそろい。いい?」


今度は芳原が俺をまじまじと見た。


「ショウタロウ……、おそろいとか好きなんだ?」


そう訊かれたら、急に照れくさくなった。


「な、なんかさ、よく分かんないんだけど……、ちょっと言いふらしたいって言うか……、ダメ?」


「ふふっ、いいけど。」


芳原がくすくす笑い出す。


「何だよ?」


「だって、意外なんだもん。」


(俺だってそう思ってるよ。)


心の中で答えながら、隣で笑い続けている芳原をちらりと見た。

一年前には、彼女が自分の隣で笑っているところなんて、まったく考えたことはなかった。

それに、自分が他人にのろけ話をしたり、おそろいのものをこれ見よがしに付けたりしたい性格だとも思ってもみなかった。


(だけど、嬉しいんだもん。仕方ないよな?)


開き直ってみたら、これからのことが楽しみになってきた。

二人で一緒に過ごすこれからのことが。


まだ知らない芳原を見られるかも知れない。

新しい自分を発見するかも知れない。

二人でいるから起こる変化もあるかも知れない。

できるなら、お互いがお互いに良いものをもたらす存在でありたい。


(きっと大丈夫だ。)


芳原はいつもまっすぐだから。


でもいつか、まっすぐでいることが辛くなることもあるかも知れない。

そんなときは、俺が寄り掛からせてあげよう。

葵ちゃんが何度も「優しい」と言ってくれた俺が。

俺の優しさは、きっとそのときのためにあるんだ。


そんなことを考えたら、葵ちゃんを好きになったことが運命だったような気がした。

だとすると、すべてがあの最初の日から始まっていたのだ。

葵ちゃんが俺の名前をペガサスだと言って喜んだあの瞬間に。

それとも、俺がこの九重高校に合格したときからだろうか。


未来のことは分からない。

でも、だからこそ、未来につながっている今を……今の自分が思うこと、することを、大切にしなくちゃいけないんだ。


そんなことを少しだけ真面目に考えている自分に気付いたら、急に自分が成長したような気がした。

俺の外側は、いつもと変わりなく笑ったり冗談を言ったりして、芳原に呆れられているだけだったけど。






−−−−−−−−−−−− おしまい。






最後までお読みいただき、ありがとうございました。

いつものことですが、読みに来ていただけることが励みになり、最後まで書き上げることができました。

心からお礼申し上げます。


<ありそうでHAPPYな>おはなしを書きたくて活動を始めて約3年。

ネタ切れの不安を抱えながら、いつの間にか10作にもなりました。

「どんだけヒマなんだ!」と思うのですが…、それなりに忙しかったはずなのですけど…。


あまり波風の立たない平凡なおはなしばかりですが、読んでくださった方にほっとしていただけたり、楽しい気分になっていただけたりしていたら、頑張って書いた甲斐があります。

どうかみなさまにも、楽しくてHAPPYなことがたくさんありますように!


虹色


---------- 2015.9月

大学を卒業した宇喜多さんを主人公に、おはなしを書き始めました。

『俺が真面目だとみんなは言うけれど』

どんな女の子が似合うのか、たくさん悩みました。

お時間がありましたら、どうぞお立ち寄りください。


虹色

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