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33、裏切り者

33、裏切り者



モリカワさんのあの言葉はなんだったんだろう?


『何故…………入れ物を渡してしまったのか』


あれから、智樹が変わった気がする。あんなに運動が嫌いだったのに毎日プールへ行くようになった。


本当に智樹か?そう思う事が多々あった。


今まで読書なんてしないのに、ずっと本ばかり見ている。何より私に悪態をつかない。いい子過ぎるぐらいいい子になった。


これがもしゲームの影響なら、いい効果かも。


以前みたいに、ノックもしないで部屋に入って来る事も無くなった。必ずノックをして「今ちょっといい?」と訊く。


「いいよ。今少し休憩入れようと思ってた所だから」

「莉奈、今何勉強してんの?」

「ん?世界史」


私は世界史の教科書を智樹に見せた。


「ふーん」

「そういえばラルがよくあの世界の事を説明してくれたよね。あ、知ってた?ラルってあのプルスのクソ関西弁だったんだよ?お前ももっと勉強しろって感じだよね?あはははは…………」


私が笑いながら机を片付けていると、急に智樹が黙った。黙って私の教科書を机に置くと、部屋を出ようとドアの方へ戻って行った。


すると、智樹のこんな言葉が聞こえて来た。


「勉強不足はお前の方や」

「は………………?」


その口調……………………


「こない幸せな所は他に無いわ。それを知らんのやろ?」


まさか………………


「頭ん中お花畑もいいとこや」

「ラル…………?どうして?」

「まったく、中身が変わっても誰一人気がつかん。家族でさえこの有り様や」


智樹は腕を組んで、ドアに寄りかかった。何?その態度?最近の智樹らしくない…………


「悪いがちゃんと本人に了承済みやで?智樹にもらったんや。この体」

「…………もらった?まさか!」


じゃあ、智樹はアクアで自分から失踪したって事?アルパウスと駆け落ち!?そんなまさか!!


「智樹も大馬鹿や。こんな恵まれた環境をいらんゆうて放り出すんやもんな~まぁ、俺は助かったわ。ずっと欲しゅうて探しとったからな」


まさかラルにとって…………これが本当の目的?


モリカワさんの言ってた『入れ物を渡してしまったのか』って…………こうゆう事だったんだ。


智樹は…………入れ物を与えてしまった。この、ゲームの中の実体の無い男に。いとも簡単に…………


「まぁ、智樹にしてみれば捨てたくもなるやろうな」

「どうして?」

「やっぱり知らんかったか……。智樹、いじめられてたみたいやで?毎回呼び出されてボコられてたらしいわ」


智樹がいじめられてた?あの智樹が?家ではあんなに強気なのに……?


「おかげでこのひ弱な体で三人を相手するんは、さすがに骨が折れたわ」


智樹が喧嘩!?確かに、よく見たら顔に擦り傷が増えているような気がする。


「どないする?…………本当の智樹を探しに行くか?」

「そんなの、当たり前じゃない。探しに行くに決まってるでしょ?」

「でもお前がゲームの世界へ行けば、兄貴の邪魔になる。兄貴に殺されるかもしれんで?」


それは………………


「それに、ゲームの世界で智樹を探しに行って邪魔し続けたら、それこそ兄貴への裏切りになるんと違うか?」

「裏切り者はあんたの方でしょ?まさか、最初からそのつもりで私達に近づいたの?」

「当たり前や。そもそもこのゲームにガイドなんかおらんで」


ガイドなんか…………いない…………


全部…………全部嘘だったの?


「嘘つき!!『purus aqua』を手に入れて、国のために使うって言ってたのに!あれも嘘!?」


それについてはラルは何も答えなかった。


「そもそも、故郷を捨てても何とも思わないの?あんた私に責めたよね?自分にその力があるのに、責任を負う事を拒んだって」

「うるさいわ!お前に何がわかんねん!」


そう言うと、部屋を出て行こうとした。


「ラル!」

「ラルやない!もうエメラルドじゃない!智樹だよ!ねーちゃん!」


それは…………まるで本当に智樹のような口ぶりだった。気持ちが悪い!!智樹じゃないのに!!


「止めてよ!智樹のふりするのは止めて!あんたなんか…………智樹じゃない!!」


すると、ラルは鼻で笑った。


「じゃあ、智樹と思わんでもええわ。莉奈とは姉弟やから結婚できんのは少し残念やけど、そんなもん法律上の問題や。種の繁栄にそんなもん関係あらへんしな」


何…………言ってるの?


わからない。言ってる意味が全然全然わからないよ…………


「出てって!!出てってよ!!」


私はラルを押し出してドアに鍵をかけた。


どうしよう…………どうしたらいい?


私はふと、世界史の教科書が目に入った。プールスに持って行った教科書だった。


それを見て、トムさんの事を思い出した。あれは、きっとお兄ちゃんだった。あの世界では見た目はいくらでも変えられる。


その後、何故かラルの言葉を思い出した。


『自分のいる世界を知らなければ、自分の置かれている状況や行く末を知る事はできない』


だったらちゃんと知ろう。自分の世界を知って、進むべき道を探そう。


私は母の帰宅を待って、兄の事を訊いた。


「お母さん、お兄ちゃんはどこ?」

「どうしたの?」

「本当に知らないの?」


母はすぐには答えなかった。母はエプロンを外すとキッチンを出てダイニングテーブルに座って話し始めた。


「智樹には、わからないって言ったんだけどね、本当は…………悠希の実の父親の所にいるって連絡があったの」

「それはどこ?私、お兄ちゃんに会いたい。会ってちゃんと話がしたいの」

「それは…………」


兄を探そう。邪魔になってもいい。殺されてもいい。あの世界へ智樹を見つけに行こう。


「それはできない」

「どうして?」

「悠希が、元夫の事業を手伝っているからよ」


どうやら母は『purus aqua』の事を知っているようだった。母の言う元夫の事業というのは多分、あのゲームの事だ。


「人を死に追いやって、その財産を奪う。あの人のやってる事は最低だわ。そんな所に莉奈を行かせられない」

「私『purus aqua』へ行ったの」

「莉奈…………!?」


母は私のその言葉に驚愕していた。


「だからお願い。お兄ちゃんの居場所を教えて」


母から兄の居場所を聞いて、旅の支度をした。今が夏休みで良かった。鞄に勉強道具とお菓子、モバイルバッテリーを詰めた。


そして、スマホで『purus aqua』のアカウントを取った。これからは、このスマホが機器だ。


私はスマホを片手に電車に飛び乗った。


「あれ?逆行きの電車乗っちゃった?」

「逆や。ホンマ莉奈は頼りにならん姉や」

「ラル!?」


気がつくと、ラルが一緒に電車に乗っていた。


いつの間に!?


「ついて来たの!?」

「社会見学や。ホンマは一人で行きたかったけど、オカンが許してくれんやん?まぁ、別にオカンの許可は取って無いけど」


私はため息をついて、携帯で母に連絡した。智樹がついて来た事、兄に会ったらすぐに帰る事。


高校生活最後の夏休み…………もしかしたら人生最後の夏休みになるかもしれない。それでも、私の決心は揺るがなかった。


この気持ちを整理してからじゃなきゃ、勉強なんて手につかない。


兄にちゃんと謝って『purus aqua』で智樹を探すのを許してもらおう。


あの、碧の続く世界で…………



最後までお付き合いいただきありがとうございました。どうでしょう……初めてのファンタジーの世界。情景表現が苦手な自分にはやっぱり少し難しい気がしました。


まだまだ書きたいのですが、ちょっと一旦ここでインターバルを置こうかなと……続きを書くかどうかは…………夏休みの宿題の具合次第で。


このお話が誰かの暇潰しになれば幸いです。ありがとうございました。


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