12、オワコン
12、オワコン
私が宿に戻ると、智樹とラルはロビーで待っていた。
「莉奈!飛んで行っちゃうからびっくりしたよ!」
「私もびっくりした~!港の方にいたんだけど、早く宿に戻るように言われたの」
智樹達も同じように言われて、宿に帰って来たらしい。
「ここプールスは言わば空中要塞です。新しい武器やアイテムの開発だけでなく、兵士鍛練も盛んです」
「だから闘技場があるんだね~」
私達は話をしながら2階の部屋へ行った。
「そのため、冒険者や兵士が多く集まるんです。まぁ、まずモンスターに襲われる心配は無いでしょう。しかし……念のため今日は外に出るのはやめましょうか」
「え~!!今日の夜は酒場に行きたかったのに~!」
「もう夜だから、今日はお風呂入って寝よ」
智樹は「どうしてゲームの世界に来てまで早く寝なきゃいけないんだよ~!」と散々文句を言っていたクセに……夕食を食べ、シャワーを浴びたらあっさり寝た。そこはやっぱりお子様なんだよね。
私は智樹とラルの寝顔を難度も確認すると、部屋からこっそりと抜け出した。ドアにしっかり鍵をかけると、後ろから話しかけられた。
「もっと静かに鍵閉められないもんですかね?」
「ラル!?」
振り替えると、そこには智樹と一緒に寝ていたはずのラルがいた。
「どうせ智樹を置いて自分だけ酒場に行くつもりでしょう?」
「だって子供は連れて行けないよ」
「まぁ、智樹のように外見も中身も子供では連れては行くのは少し気が引けますね」
ラルには悪まで情報収集だからお酒は少しも飲んではいけないと言われた。元々飲むつもりは無かったけど、進めて来る客もいるだろうから十分注意するように言われた。
リアルでもまだ行った事の無い、大人の世界。
宿の受付嬢にここから一番近い冒険者の集まる酒場を聞いた。
「冒険者様ならギルドに行くのが一番なのですが……」
「あ、私冒険者じゃないんで」
「はぁ、それでしたら…………」
教えてもらった所は…………まさかの和風建築。酒場と言うより居酒屋?ここもなかなかの異世界感ぶち壊しだった。入口にかかっていた色褪せたのれんと赤提灯が何とも言えない現実世界観を出している。
「おそらく、元冒険者が始めた居酒屋なんでしょうね。異世界感がパナイですね」
「元…………冒険者?」
「珍しい事ではありませんよ。冒険者は冒険者を辞めれば永住権が得られます」
この『purusaqua』には異世界移転し、冒険者になり何らかの事情で冒険者を止め、永住する人達が多くいるらしい。だから、元冒険者というのは珍しい存在では無い。
その冒険者が現実を懐かしむための飲み屋。
何だかおかしい。現実世界が嫌だから異世界に行って、帰らなくなったら現実世界が恋しいって…………それって…………三ヶ所目の異世界が必要かもね。
それでも何か聞けるかもしれない。期待半分警戒半分でのれんをくぐった。
「らっしゃい!」
店員さんの声が聞こえたと思ったら、急に賑わっていた店内が一瞬静まり返った。
「お一人様で?」
「あ、はい…………」
「こちらへどうぞ」
店内に案内されて行こうとすると、女の人に引き止められた。
「待って?」
え?
「あなた、さっきのコンテストに出てたよね?独り?こっちで一緒に飲もうよ!」
「え?あ、ちょ…………」
私は背中を押され、あっという間に複数の人のテーブルの方に連れていかれた。
「ウサギお供にしてんの?可愛い~!」
「ウサギじゃ無いですよ!失礼な!」
「うわっ喋る!珍しい~!」
ラルはお姉さんに撫でられ、すぐに服従していた。お姉さんは襖を開けると大きな声で言った。中はお座敷で、靴を脱ぐタイプの居酒屋だった。
「みんな~!激レアさん連れて来た~!」
「あ~!さっき話してたコンテストの!」
他のお客さんが席を無理やり詰めて、私は空いたスペースに座らされた。すると、注文していないのにすぐに目の前に、ビールジョッキが置かれた。
「あの、私、未成年なので…………」
「え?は?それ、リアルな年の話?」
「え、あの、そうですけど」
お姉さんは「そっかそっか」と言ってオレンジジュースを手渡してくれた。オレンジジュースなら大丈夫そうで少し安心した。
「で、YUKの妹ってマジ?」
「はぁ……多分…………」
私は事の経緯を話して、兄の情報がないか聞いた。
「あんまり情報が無いのは同じだけど、噂は色々あるよね~」
「『purusaqua』に一番近い男とか」
「一番近い?」
私が首を傾げると、みんなは驚いた。
「そっか、知らないで入って来たんだ」
「いえ、説明書ざっと読みました!純水のオーブを手に入れたらゲームクリアなんですよね?」
そのオーブを手に入れる事がこのゲームの完全クリア。
「実際にはオーブもエンディングも用意されて無いんじゃないかって噂だよ?」
「それは、どうしてですか?誰も見た事が無いからですか?」
「違う。オワコンだからだよ」
オワコン…………?
「このゲームはオンラインの方はもう閉鎖されてる」
「え?でも、ログインだけは可能って噂だよ?」
「そうだとしても、もうこれ以上アップデートされない。それは確実だ。もし、最後のアップデート時点で用意されていなければ『purusaqua』は存在しない事になる」
そんなに古いゲームには見えないのに……もうおしまいなんだ。舞台設定もゲームコンテンツも至って普通に見える。
「それじゃ、このゲームに終わりは無いって事ですか?」
「まぁ、そのつもりで作ってるんだよ。エタるつもりで作ったんじゃない?どうせすぐみんな飽きるし、新コンテンツ作るより新しい物作ってヒット狙った方が稼げる可能性あるし」
現実って…………何だか辛い…………
ここにいる人達は、異世界に移住してるからもっと頭お花畑な人達なのかと思ってた。でも、多くの残酷な現実を理解してる。
「まぁ、別に私は完クリ目指してる訳じゃないし」
「今でも目指してるのはYUKぐらいじゃないの?」
お兄ちゃんはこのゲームで完全クリアを目指してるの?だから、現実世界に帰って来ない?だったら、肉体は?どこ?
「だから、君みたいなご新規さんは珍しいんだよ!新人冒険者に乾杯~!」
「あ、私冒険者じゃ無いんです」
「はぁ?」
その場の全員の声がハモった。私は理由を話した。
「冒険者の称号をもらってない?」
「それで旅って可能なんだ。知らなかった」
「そうじゃねーだろ!魔物に襲われたら即死だぞ?魔物倒さねーとレベル上がんねーんだぞ?」
レベルがどうとかの話じゃなくて、私はただ兄を見つけたいだけなのに…………
「あの、私は兄が見つかればそれでいいので…………」
「そうは言ってもさ、レベル次第で行ける所限られて来るでしょ?」
「そうなんですか!?」
やっぱり話を聞いておいて良かった。地底や、火の国、魔王の城など、ある程度のレベルが無いと入れ無い場所や、手に入らないアイテムがいくつかあるらしい。
「でも、弟が持ってるので大丈夫です!」
「あ~昼間一緒にいた小さいの弟~?」
隣にいたおとなしそうなおじさんが私にこっそり訊いてきた。
「じゃあさ、その称号いらないなら、僕に売ってくれないかな?」
「あんたまだ現実世界に未練があるの~?残して来たものは何も無いとか言っておきながら」
「いや、別にいらないならって話だよ!現実世界はどうなってんのか興味だよ興味!」
一時間が1日だから、大して変わらないと思うけど…………そっか、要らなければ売るって手もあるんだ!
「冒険者の称号ってそんなに売れるんですか?」
「当たり前だよ!君、僕達はそこまで欲しい連中じゃなかったから良かったけど、中には強盗してまで欲しがってる奴もいるんだよ?今回は運が良かったかもしれないけど、知らない奴について行ったらダメだぞ?」
「いや、それどこでも同じですから」
強盗…………?
「そぉ?警戒しとくに越した事はないよ?今、新規なんて本当にいないから、冒険者の宿なんか泊まらない方がいいよ?それこそ、初心者でレベル低くてお宝持ってまーすって言ってるようなもんだよ?」
それを聞いて血の気が引いた。あの宿には…………唯一称号を持つ智樹が…………智樹1人が…………




