↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca
第二章 勇者の地図と開拓の島

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/32

【記録 No.031】帰還

「……ここ、は」


見慣れた木目の天井があった。

相談所の奥にある、小さな休憩室で拓海は目を開いた。


ゆっくりと体を起こすと、全身を苛んでいた激しい悪寒や濁るような激痛は、綺麗に消え去っていた。

ただ、ずっと自分を押し出そうとしていた目に見えない壁が消え去り、身体が、ようやくこの島における自分の居場所を思い出したかのような、静かな感覚だけがあった。


(……気を失っていた、んですね)


意識が途切れる直前の記憶を手繰り寄せる拓海の横で、ふと小さな息遣いが聞こえた。


枕元では、ペルが拓海の手を両手でしっかりと握りしめたまま、眠っていた。

すぐ傍らには、腕を組んだフェルガがせわしなく尻尾を小刻みに揺らしている。目は閉じられているが、その肩の緊張は解けておらず、眠ってはいないことが明白だった。部屋の隅には、心配そうに丸くなっていたルクとミアの姿もある。


拓海が身動きをとった瞬間、ペルの小さな手がピクリと跳ねた。


「……拓海?」


擦り込まれたような声で目を開けたペルが、拓海の顔を見つめる。

増えていく光とともに、その大きな瞳が一気に輝いた。


「拓海……! 起きた……!」


「……まったく。今回ばかりは肝を冷やしたぞ、拓海」


フェルガが静かに目を開け、低く深々とした息を吐いた。

言葉こそ厳しいが、その不器用な声には隠しきれない安堵が滲んでいた。


その言葉を聞いていたルクとミアが、部屋の隅からゆっくりと顔を上げる。


「拓海! もう大丈なのか? 元気になったのか!?」

「……拓海さん、もう……大丈夫なの?」


「ご心配をおかけしました。フェルガさん、ペルさん……ルクさんとミアさんも」


拓海が深く頭を下げると、ペルは何も言わず、ただ安堵したように拓海の服の裾を強く掴み直した。

ふと、拓海の視界の中に白い無機質な文字列が浮かび上がった。


+

【資源管理権限:更新】

対象:赤い実(名称未登録)

利用制限:解除

島民利用権限:承認

+


メッセージは、それだけを淡々と告げていた。


(……リリアさんからの申請通知。あれは、夢だったんでしょうか)


拓海は頭の中で事実と状況を冷静に整理していく。


その時、扉の前でリリアが立ち尽くしていた。

いつものように明るい笑顔を浮かべようとしている。けれど、その瞳の奥には、祠で知ったものを抱えた者だけが持つ、静かな迷いが残っていた。


「拓海……!」


目覚めた拓海の姿を認め、駆け寄ろうと一歩を踏み出すリリア。

祠の白い空間で知った、自分自身の血筋。勇者アストレアの記憶。そして、この島と拓海の関係。

己が何者であるかを知った重みが、一瞬だけ彼女の足を躊躇させていた。


拓海はその微かな変化に気づいたが、深くは追及せず、ただいつもの穏やかな笑みを向けた。


「リリアさん……ご心配をおかけしました」


「……うん。拓海が無事で……本当に、よかった」


リリアは感情を静かに整えると、柔らかく微笑んだ。


リリアの後ろから、重々しい気配を纏った者たちが室内へと踏み込んで来る。

先頭に立つのは、大角獣の装束を纏い、古き記憶の重みをその身に宿した老人。背後には鋭い眼光の二人組が控えている。


見知らぬ異種族の姿に、拓海は思わず目を瞬かせた。


「あ……拓海、こちらの方はね」

「この島に昔から住んでいる『島詠み族』の族長さん……ナグラさんと、そのお供のザグさんとミハルさんだよ。拓海が倒れたあと、助ける方法を教えてくれたの」


拓海は驚きを隠せないまま、ゆっくりと一例した。


「島詠み族……この島に、私たちが来るより前から暮らしていた方々が……?」


「初めまして。拓海と申します。この島の運営と、ここで暮らす皆さんの生活を整える役目を担っています。ですが……まさか、私たちが来る以前から、この島で暮らしていた方々がいたとは。記録だけを頼りに、この島のすべてを理解したつもりになっていたのかもしれません」


ナグラは杖を突き、静かに拓海を見つめた。


「気に病むことはない。島に新たな者が入り、我らがすぐ姿を現す理由もなかった。我らの側もあえて関わりを絶ち、お主らがこの島で何をなし、どう生きるのか……静かに見定めさせてもらっておったのだからな」


拓海は深く納得するように息を吐き出し、ナグラの目を真っ直ぐに見据えた。


「ナグラ族長。もし許されるのであれば……まずは、あなた方がこの島で紡いできた歴史を、正式な記録として残させてください。そのうえで、皆さんをこの島で暮らす住民として、私達と同じように扱わせていただきたいと思っています」


ナグラはしばし黙し、拓海の瞳の奥をじっと見つめた。


「我らは何百年もの間、誰かの記録に残ることなど求めてこなかった。名を刻まれることより、記憶を残すこと。それが我ら島詠み族の生き方だったからな」


「……だが、お主は我らの存在を知った瞬間、結論を急がなかった。記録にない我らの暮らしも、お主らの管理体系には存在していなかった。……それでもお主は、未知であることを理由に我らを決めつけず、まず話を聞こうとした」


「一つ、確かめさせてもらおう。お主が我らを住民と呼ぶ理由は、単に『記録上存在させるため』だけか?」


拓海は即座に、しかし静かに首を振った。


「違います」


「記録は手段であって、目的ではありません。この島で暮らし、歴史を紡いできたあなた方の存在を尊重し、これから共に生きていくために必要な土台だからです」


ナグラは静かに頷くと、ふっと視線を籠へと向けた。


「……なるほど。お主の考えは分かった」

「ならば、我らがなぜ今まで姿を隠していたのか。その理由も話しておかねばならぬ。……この島には、人間だけでは知ることのできなかった問題があった」


「……赤い実、ですか」


拓海が静かに呟くと、ナグラは長い年月を思い返すように、ゆっくりと頷いた。


「島の拒絶が消えた。我らが近づくことすら許されなかった赤い実が、今はただそこに実っておる。お前が何をしたのか、おおよその見当はつく」


「……はい。どうやら、この島が適合外の者を排除するために働かせていた、拒絶が消えたということのようです」


ナグラは深く納得したように頷いた。


「……拒絶の理が解けたか」

「我らは長き時を、あの実を恐れて過してきた。食料になるはずのものに怯え、近づくことすらできなかった。それが今、ようやく本来の姿に戻ったのだな」


長年この島に閉ざされていた可能性が、拓海の行動によって開かれた瞬間だった。

しかし、ナグラはそこで安易に破顔することなく、表情を引き締めた。


「お前が我らの長年の懸念を払ってくれたことには感謝する……しかし、若者よ。名を記すだけでは、共に生きることにはならぬぞ」


「……と、仰いますと」


「我らは長き時を、この島で生きてきた。これから先、人間と我らが同じ土地にいる以上、ただの善意や取り決めだけで全てが上手くいくわけではない。互いの暮らしと理を守るための『境界』を定めねばならん」


異種族の長としての、現実的で重みのある投げかけ。

形式や言葉だけではなく、真に共に生きていくための「対話と調整」を求める言葉だった。


拓海はその意図を正確に汲み取り、強く深く頷いた。


「……仰る通りです。形式上の記録だけでは不十分ですね。お互いの生活圏や譲れないルールを整理し、双方が納得できる形を一緒に探しましょう」


「……分かった。ならば、急いで答えを出す必要はあるまい」


ナグラは静かに杖を握り直した。


「我らも、お主らも、まだ互いを知らぬことが多い。ならば後日、改めて場を設けよう。互いの暮らし、守るべきもの、譲れぬもの……それらを言葉にして確かめるためにな」


「はい。私もその場で、皆さんの話を聞かせていただきたいと思います」


拓海が頷くと、ナグラは満足そうに目を細めた。


「うむ。それでよい」


ナグラは控えていた者たちへ視線を向ける。


「では、我らは一度戻るとしよう。長き時を閉ざしてきた境界を、すぐに消すことはできぬ。だが……変えるべき時が来たのだろう」


そう言い残し、ナグラはザグとミハルを伴い相談所の外へと歩き出した。



◇



陽射しが差し込む相談所。

拓海は早速、使い古された木机に向かい、古びた帳面と島の記録を広げていた。


リリアは入口の傍らに立ち、作業に向かい合う拓海の背中を静かに見つめていた。


あの祠で知った、拓海の過去。

彼がなぜ、この島に留まり続けるのか。


けれど、それを今すぐ尋ねることはしなかった。


きっと拓海自身の中で、まだ整理できていないものだから。

いつか彼自身が話したいと思った時、その隣にいればいい。


「リリアさん……少し、手伝ってもらえますか?」


帳面から顔を上げた拓海が、静かに微笑む。


「ナグラさん達、島詠み族の人達も含めて、この島で暮らす全ての人が、自分の居場所だと思える場所を作りたいんです」


「うん、任せて!」


拓海に呼ばれ、リリアはいつもの温かい笑顔で駆け寄る。


何者でもなくなった人々が集まる島で。

島に受け入れられた男と仲間たちの、新しい日常が静かに動き出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。