波乱の前夜2
ネイトもひどく動揺する中、ようやく言葉を絞り出した。
「攫われたって……どうして」
「カメリア教会からの帰り道、森林公園に寄って休んでいたら男らが現れて……逃げ遅れた仲間たちが捕らえられてしまった」
エルザが小さな悲鳴を上げて、両手で口元を押さえた。ネイトは顔を青ざめさせたエルザと厳しい面持ちのドレイクを順番に見たあと、確信を持って言葉にする。
「誘拐犯は、庭で何度か会っているあの男だな?」
「ああ。その通りだ」
ドレイクは悔しそうに奥歯を噛みしめ、必死な形相でネイトに掴みかかってきた。
「ネイトはずっと俺たちに来るなと言っていた。それはあの男が犯罪に手を染めているとわかっていたからだろ? 俺の仲間が今どこにいるか、知っているなら教えてくれ! 頼む!」
ドレイクに小刻みに揺さぶられながら、ネイトは懸命に記憶を掘り起こす。
(誘拐のアジトとして使っていたのは五か所。とはいえ、それは俺が大人になってからの話、今の時点ではもっと少ないと考えて間違いないはず)
ネイトは言葉を選びながら、ドレイクに答えた。
「どこにいるかはわからない。けどおおよその検討はつく。……夜中に父さんとあの男が話しているのを偶然聞いたんだ。その時の会話の中にヒントがあると思う」
小さな嘘を織り交ぜながらもっともらしい理由をつけると、ドレイクが大きく目を見開く。
「それはどこだ! ネイト、お願いだ! 力を貸してくれ!」
悲痛な叫びに強く心を掴まれ、ネイトは真剣にドレイクと向き合った。
「一つ目はウーストロットの森の奥にある朽ちた小屋。二つ目はタリファウスト神殿から北西の場所にある酒屋。三つ目はタリファウスト神殿から南東にある宿屋。四つ目は町の外れにある廃屋。五つ目は……いや、候補はその四つだ」
五つ目を述べようとしたが、すぐさま候補から排除する。
ネイトの知っている五つ目のアジトは、カメリア教会の跡地に建てられる宿屋だ。最上階の全室で取引がなされていて、のちの最大のアジトと言ってもいい。
しかし、今は存在していないため、現時点での候補は四つだ。
真剣に耳を傾けていたドレイクが、歯がゆそうに顔をしかめた。
「範囲は広いけど、しらみつぶしに探すしかないな。ネイト、ありがとう。恩に切る!」
「待って!」
勢いよく身を翻して部屋を出て行こうとしたドレイクを、ネイトは呼び止めていた。
驚き顔でドレイクが振り返り、困惑の視線がぶつかり合う。
(呼び止めてどうする。俺では力不足だ。足手まといになるだけ)
冷静に状況を判断できても、リリンナの顔や、オカリナの音色を聞きに来てくれた精霊たちみんなの姿が、ネイトの脳裏に浮かぶ。
(……でも、助けに行きたい)
小屋、酒屋、宿屋、廃屋と言っても、その範囲にいくつも点在していて、ドレイクの言う通り、それらをひとつひとつ当たっていく必要がある。
(四つあげたけど、ウーストロットの森の小屋はアジトとしてわりと日が浅かったはず。宿屋と酒屋と廃屋が有力候補といって問題ない。場所はわかる。俺がいれば、的確に当たっていける。ここでじっと夜明けを待つなんてできない)
渦を巻くようにして沸き上がってくる感情に煽られるように、ネイトはベッドにある木剣へと視線を移動させた。
そこで、ふっとミラーナの顔がネイトの脳裏をよぎる。
(母さんなら。力を貸してくれるかもしれない)
自分でも信じられなかったが、一度そう思ってしまえば、決断するのは早かった。
「俺も行く!」
強い意志に突き動かされるように、ネイトは寝間着を脱ぎ捨て、着替え始める。
すぐさまエルザは手を貸すものの、引き出しの中から木剣のホルダーを掴み取り、手早く装着するネイトを不安そうに見つめた。
「本当に行かれるのですか。危険です。私は反対でございます」
「わかってる。戦闘になった場合、俺ひとりではなんの役にも立たない。だから、母さんにお願いする。きっと、力を貸してくれると思う」
ネイトから飛び出した言葉に、ドレイクとエルザはハッとしたように目を見開く。一拍置いてから、エルザは納得するように頷いた。
「わかりました。でも先ほども言いましたが、奥様の部屋の前には見張りが立っております。それをどうにかしないと奥様と話もできないでしょう」
「それなら、俺に考えがある。何とかしてみせる」
ドレイクが言い切ったため、エルザは再び頷く。そして、ベッドに歩み寄ると、両手で木剣を掴み取り、そのままネイトに差し出してきた。
「では私も一緒に戦いますね。この部屋に留まり、敵の目を欺きながら、ネイト坊ちゃんの帰りを待ちたいと思います」
エルザの言う敵とは眼鏡の侍女のことだと、ネイトはすぐに判断する。
同時に、彼女が夜中何度か見回りに来るだろうことを失念していたのにも気づかされた。その時に、ネイトの不在がばれたら、大ごとになるだろう。
ネイトが表情を曇らせると、エルザが笑いかけてきた
「私がベッドに入って寝ている振りでもしておけば誤魔化せます。大丈夫です。きっとうまくいきます」
ばれてしまった場合、エルザは大変な目に遭うだろう。それも承知の上だという気概が微笑みから伝わってくる。
支えられているのをしっかりと感じながら、ネイトはエルザから木剣を受け取った。
「ありがとう。必ず朝までに戻る。だからエルザも気をつけて!」
木剣を背負うようにホルダーに差し込むと、ネイトはドレイクと共に自室を飛び出した。
気配をうかがいながら、一気にミラーナの部屋へと向かっていく。
エルザの言う通り、確かにミラーナの部屋の扉の近くに、見慣れぬ侍女が立っていた。
ひとまず、ネイトとドレイクは足を止めて、物陰に身を潜める。
「どうするつもり?」
「俺がおとりになって侍女を引き付けるから、その間にミラーナと話をつけろ」
「わかった。母さんが駄目だったとしても、俺は助けに行く。外で落ち合おう」
小声でそんなやり取りしていると、扉が静かに開かれた。
侍女のいる場所が死角になっているためか、ミラーナがそろそろと廊下に出てこようとしたが、もちろん侍女の鋭い声が飛ぶ。
「奥様、いかがなさいましたか?」
「きゃ! いたのね! ……あの、ちょっとトイレに」
「先ほど行ったばかりですよね。お部屋にお戻りください」
ミラーナはあっという間に部屋の中へ押し戻され、廊下に再び静寂が戻ってきた。
ネイトとドレイクが視線を通わせ、まずはドレイクが動き出す。
姿をさらして侍女の近くまで飛んでいく。すると、精霊に気づいた侍女が驚きの表情を浮かべた。
侍女の視線にドレイクは気づかぬふりをしつつ、廊下に飾られてあった花瓶の中から花を一輪引き抜き、加護をかけた。カメリア教会でのバザーと同じだ。
そしてドレイクはネイトのそばを通りつつ、侍女から遠ざかるように別の花瓶へ移動する。そこに加護を与えた花を差し込み、新たな花を手に取った。
侍女の足が、加護を受けた花に向かってゆっくりと動き出す。息を殺すネイトのそばを小さな足音を立てて通り過ぎていった。
侍女はきらきらと輝く花を手に取って恍惚の笑みを浮かべたが、加護の光はみるみる弱まっていった。
唖然としたのはほんの一瞬で、侍女はドレイクの進んでいった方へと視線を向けると、再び表情を緩め、魅入られたように歩き出す。
完全に侍女の姿が視界から消えるのを待って、ネイトも動き出す。一気にミラーナの部屋まで走り、勢いよく扉を開けた。
「ネ、ネイト!」
ミラーナや侍女たちの驚きの視線を一身に浴びながら、ネイトは室内に飛び込んでいく。
「嘘。まさか来てくれるなんて……そ、その恰好は?」
嬉しそうに歩み寄ってきたミラーナだったが、ネイトの恰好を見て戸惑い出す。
「母さん、頼みがあるんだ。力を貸して欲しい」
ネイトが真剣な面持ちで訴えかけると、ミラーナもすぐさま表情を引き締めた。




