第二十四章
第二十四章
長兵衛は、面白くなかった。どうも、志津と刀十郎の間に、恋情めいた空気が通いつつあるようなのだ。
そんなことは許せない。刀十郎は俺のものだ。
草木も眠る丑三つ時。長兵衛は、ひたひたと足音を殺しながら、刀十郎の部屋に向かっていた。
静かに障子を開け、そろりと中に入る。まるでヤモリのようである。
「む?」
夜の闇に慣れた長兵衛の目に、模様替えされた部屋の様子がうつり、長兵衛は一瞬部屋を間違えたかと思った。だが、刀十郎が部屋の中央で寝ているのを見て、間違えてはいなかったことが分かった。
部屋には、月明かりが差し込んでいた。何もかもが、青白く見える。刀十郎の寝顔も青白く見えて、美貌に凄みが出ているようだった。長兵衛はうっとりと見とれた。
「……」
人の気配に、刀十郎はふっと目を覚ました。最初は、暗くて何が何だか分からなかったが、目が慣れて、眼前に長兵衛が自分を見下ろしているのを認めると、刀十郎は息を飲み、そして、何も見なかったことにしよう、とでもいうように、また目を閉じた。
「刀十郎殿……」
ツンツンと、長兵衛が刀十郎の頬をつつく。
「だからっ!」
刀十郎はやけくそのように起きあがった。
「い・い・か・げ・ん・に・してくれっ! 嫌なんだよっ! 男は嫌いなんだよっ! どーしたって、無理なんだっ! どっか消えちまえ!」
頭を掻きむしり、叫ぶ刀十郎。きっぱりはっきり拒絶され、長兵衛は「はう」と声を漏らした。
「なぜじゃ? こんなにこんなにこんなに愛しておるのに。どうして、どうして、拙者に振り向いてくれんのじゃ? 何がいけないのじゃ?」
「どうしてって、あんた男でしょーが」
「そんなことが理由になるか! 男の何がいけない? 人を愛するのに、男も女もあるものか」
そんなふうに言われると、刀十郎、返答に困る。
「愛しておるのじゃ。愛しておるのじゃ。誰よりも誰よりも。刀十郎殿は志津を気に入っとるようじゃが、あの娘は、俺ほど貴殿を愛してはおらぬぞ。なあ。刀十郎殿。一度で良い。一度でも良いから、拙者に振り向いてくだされ……」
切々と訴える長兵衛。男色とはいえ、一途といえば一途。刀十郎は狼狽えた。
「どうして、そんなに男の私が好きなのですか」
「分からぬ。理由などない。愛するのに、理由は要らぬ。ただ、好きだという気持ちがあるだけじゃ」
長兵衛が惹かれるのは、強いて言えば、刀十郎の美貌であろうか。はじめて彼を見た時、綺麗だと思った。美しい。それだけで、恋するには十分なのだ。
どうしよう。刀十郎ははじめて、闇雲に嫌がるのではなく、長兵衛の気持ちというものを考えた。
長兵衛は、どうしようもなく、俺を愛しているのだ……。
刀十郎は、覚悟を決めた。
「……長兵衛殿。一度。ただ一度で、もう、諦めてくださるか……?」
「刀十郎殿」
長兵衛は刀十郎を見返した。
「おお。おお。拙者の想いに、応えてくださるのか?」
「……一度だけです」
「刀十郎殿!」
長兵衛は飛び上がって喜んだ。
長兵衛の想いをかわし続けてきた刀十郎が、ついに、ついに、長兵衛に振り向いてくれるというのだ。ただ一度だけであっても、長兵衛の愛に応えてくれるのだ。
「刀十郎殿」
長兵衛が、刀十郎を抱きしめた。刀十郎の脇に、じわ、と汗が滲んだ。長兵衛が唇を吸ってきた。ぞわ、と刀十郎の背を悪寒が走った。長兵衛の手が体を探ってきた。
「うぎあああああ!」
全身に嫌悪感が駆けめぐり、刀十郎はたまらなくなって長兵衛を突き飛ばした。
「刀十郎殿?」
「やっぱり嫌だ! 耐えられん!」
「今更何を言うのじゃ。ただ一度、拙者を受け入れてくださるのでしょうが」
「それ、無し! 悪いが、無かったことにしてくだされ!」
一旦覚悟を決めたものの、いざとなるとやはり嫌なものは嫌な刀十郎であった。
一度承諾しておいて、それを翻すのは卑怯だと分かってはいる。だが、どうしても耐えられなかった。長兵衛の愛に理由がないように、刀十郎の嫌悪にも、理由などない。理由がない故、揺るぎがない。愛するのに男も女もないというのは、綺麗事。本能的にとにかく「男は嫌!」なのだ。
「武士が二言を申されるか! 潔くありませんぞ!」
「何と言われようと、嫌なんだ!」
刀十郎は叫んだ。だが、長兵衛はおさまらない。刀十郎の態度は、裏切りも同然。
「おのれ、刀十郎! ならば、無理矢理でも犯してくれる!」
刀十郎は飛び退くと、刀を取った。
「俺を斬るのか、刀十郎!」
「勝負だ、長兵衛!」
「勝負?」
「俺とおまえで勝負をしよう。俺が負けたら、今度こそ本当に、好きにしてよい。だが俺が勝ったら、諦めろ」
「……」
「真剣の、勝負だ」
刀十郎は刀を構え、じいっと長兵衛を射抜くように見た。長兵衛は刀十郎の目を見返した。切れ長の涼しげな目には、濁りが無かった。
「俺が勝てば……刀十郎、おまえを好きにして良いと?」
「ああ。一度と言わず二度でも三度でも、好きなだけ犯せ」
勝負に負けた上でなら、男色にも耐えられよう。
二度でも三度でも……ずっと、刀十郎が手に入る。長兵衛は唾を飲んだ。
「だが、俺が勝ったら、すっぱり諦めろ」
「負けたら、おまえは俺のもの……その言葉、嘘ではあるまいな」
「負けて、また約束を違えるようだったら、殺せばいい」
言い切る刀十郎に、長兵衛は息を飲んだ。
「分かった。その勝負、受けよう」




