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仇討ち騒動記  作者: dydy
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第二十三章

第二十三章


 故郷の景色に、刀十郎は軽い頭痛を覚えた。頭に霧がかかったようだ。

 きっとここで俺は生まれ育ったのだろう……。

 思い出せそうで思い出せないもどかしさ。

 刀十郎は、目加田の家に向かった。

 はたして、どんな人が俺の家族なのだろう……。

 不安と期待の入り交じった思いで、門を叩く。

「まあ、刀十郎!」

 母、お房が、息子の帰還に声をあげた。

「どうしたのお前。仇討ちの件は、もう決着がついたのかい?」

「仇討ち……?」

 訳が分からぬ刀十郎。とりあえず、屋敷に入る。

 ここが目加田の屋敷……。

 刀十郎は、生家を見回した。頭痛がする。遠い昔、ここでイタズラをしたり駆け回ったりしたような気がする。

「刀十郎、どうしたの?」

 息子の様子がおかしいので、お房は心配そうに声をかけた。刀十郎はお房に振り返った。この人は、俺の母親だろうか……。胸に、甘いような切ないような感傷が広がる。

「母上……?」

「なあに、刀十郎?」

 お房の優しい笑顔に、刀十郎は涙が出そうになった。

「ああ、母上」

 刀十郎は母の肩を抱き、その胸にもたれた。懐かしい。懐かしい。

「どうしたの、刀十郎?」

 面食らうお房。刀十郎は涙を拭った。

「ああ、母上。私は……私は、何も覚えていないのです」


 刀十郎から事情を聞き、お房はどうして良いか分からなくなった。だが、一番不安なのは息子であろう。お房は、狼狽えそうになる自分を押さえた。

「大丈夫。おまえはここで生まれ育ったのだから、そのうちに何もかも思い出すわよ」

 お房は、努めて明るく言った。

「でも……何もかも思い出したら……」

 刀十郎の表情が暗くなった。何もかも思い出したら、俺は男色者になってしまうのではないか? 長兵衛への愛が復活し、母を捨てて、江戸で彼と暮らすのではないか?

 そう思うと、刀十郎は自分が怖くなるのだった。彼は未だ、長兵衛に吹き込まれた偽の事実を、本当のことだと思っていた。

「私は、昔のことを思い出したくありません。過去は捨てて、未来だけを見据えて生きていきたいと思います」

 刀十郎は言い切った。長兵衛のことは、忘れてしまいたかった。

 夜になり、刀十郎は自分の部屋に案内された。

 ここが俺の部屋か……。

 見覚えがあるように思え、刀十郎は首を振った。

 嫌だ。何も思い出したくない。

 刀十郎は、部屋の模様替えをした。部屋が様変わりすると、刀十郎は安心した。

「俺は、男色には戻らんぞ。普通に女と結婚して、普通に幸せになるのだ」

 刀十郎は自分に言い聞かせるように言うと、疲れた体を横たえた。

 故郷に戻ってきても記憶が戻らなかったのは、思い出したくないという彼の強い思いこみがあったからかもしれない。

 刀十郎は夢を見た。

 女と見紛うような美しい少年剣士が登場した。

 少年は、刀十郎を睨み付けた。刀十郎に激しい敵意があるようだ。

 そこに、多くの悪漢が現れた。悪漢が少年に襲いかかる。刀十郎は、悪漢どもをバッタバッタと斬り倒した。

 すべての敵をやっつけ、少年と刀十郎の二人だけになる。

 少年から、先程までの敵意は消え、代わりに感謝と好意と尊敬の目で、彼を見上げる。

「刀十郎!」

 少年が抱きついてくる。刀十郎も抱き返す。柔らかい感触、いい匂い。刀十郎はたまらなくなった。

「刀十郎……」

「お志津……」

 刀十郎と少年の潤んだ目が合い、そして……。

「うぐあ!」

 刀十郎は目を覚まし、飛び起きた。

 朝。雀の鳴き声が聞こえてくる。のどかな外の様子とは対照的に、刀十郎は鼓動激しく、汗が滴り、心中嵐が吹き荒れていた。

「な……なんだ、今の夢は……」

 美少年との衆道な夢を思い返し、刀十郎は青ざめた。あんな夢を見てしまうなんて。刀十郎は頭を抱えた。

「おおおおお……」

 呻く。

 やはり、やはり、俺は男色なのか? 男が好きなのか? 記憶が無くとも、嗜好は変わらないのか?

「なんてことだ……」

 刀十郎は打ちひしがれた。


 朝食が出されたが、刀十郎の箸は進まなかった。

「大丈夫、刀十郎?」

 母が気遣う。刀十郎は笑顔を作った。

 目加田家の子供は俺一人しかいないというのに、その一人息子が男色だと母が知ったら……。刀十郎は、お房に申し訳なく思った。

 目加田の家は、俺の代で絶えてしまうのかもしれぬ……。

 絶望に襲われる刀十郎であった。こんな状態で、箸が進むわけがない。

 記憶が戻っても戻らなくても、自分は男色なのかと悩みながら、刀十郎は憂鬱に一日を過ごした。

 夜。

「ごめんください」

 表に、来客が来たようだ。その声に、刀十郎はびくりと背筋を伸ばした。

 この声……いや、まさか……。

 じっくりと、刀十郎の背に汗が浮かんだ。

「どなたかしら?」

 母が、玄関に走る。

「お待ちください、母上!」

 刀十郎は叫んだ。だが、母はもう、表に出てしまっていた。

「あら!」

 母が、驚いた声をあげた。

「刀十郎殿はおられるかな?」

 客は、長兵衛であった。

 長兵衛は、お房の肩越しに刀十郎の姿を見て、満面の笑みになった。

「刀十郎殿ぉ!」

 長兵衛が屋敷に駆け上がった。

「ちょっと!」

 勝手に上がり込む長兵衛に、お房が声をかけたが、長兵衛は取り合わない。

「長兵衛! 待たんかあ!」

 長兵衛のあとで、刀右衛門、抜刀斉、志津が目加田家にやって来た。

「あら、あなた!」

 帰ってきた刀右衛門に、お房は目を丸くした。

「お房。刀十郎はここにおるか? 生きているか?」

 お房に尋ねる刀右衛門。お房は戸惑いながら頷き、刀十郎がいるほうを指さした。息子が生きているのを目にして、刀右衛門は感嘆した。

「おお、刀十郎!」

「あなた。一体、どうなさったのです」

 訳が分からず、目を白黒させるお房。そんな妻に、刀右衛門は事情を説明し始めた。

「失礼します」

 志津はお房に一声かけて、屋敷にあがった。抜刀斉も、目加田夫婦に一礼して、屋敷に入る。

「刀十郎殿ぉ!」

「はぎゃっ!」

 長兵衛の出現に、刀十郎は飛び上がった。

 こんな所まで、長兵衛が追ってきたあ!

「うわああああ!」

 逃げ出す刀十郎。追いかける長兵衛。志津は、二人の追いかけっこを、目を丸くして見た。すました刀十郎しか知らなかった志津は、蒼白になって逃げ回る刀十郎に、ちょっと意外な感じを受けた。

 ふうん……刀十郎にも、情けない所があるんだ……。幻滅するよりも、志津はなぜか安心した。

「おう、本当に生きておったか、刀十郎!」

 刀十郎の生存を確認すると、抜刀斉は、刀十郎と長兵衛の鬼ごっこに笑い転げた。

「あっ、君は!」

 志津を見て、刀十郎は驚いた。夢に見た少年ではないか。

 立ち止まってしまった刀十郎を、長兵衛が捕まえた。

「刀十郎殿ぉ!」

「うぎゃあ!」

 長兵衛に抱きしめられ、頬ずりされ、刀十郎は全身鳥肌の脂汗状態になった。

「やっと捕まえた! もう逃がしませんぞ!」

「はあっはあっ放せえええ!」

 魂を絞るように叫ぶ刀十郎。必死でもがく。

 唖然と見ていた志津、我に返った。

「長兵衛!」

 剣を抜き、峰でコーンと長兵衛の頭を叩く。

「む?」

「これ以上ないくらい、無茶苦茶嫌がってるじゃないの! 放しなさいよ!」

 剣の切っ先を突きつけられ、しぶしぶ、長兵衛は刀十郎から手を放した。刀十郎はぜいぜい息をつきながら、長兵衛から離れた。

「……とまあ、こういうわけであったのだ」

 玄関では、やっと刀右衛門がお房に事情を説明し終わっていた。

 話を聞き終わり、お房は馬鹿馬鹿しさに脱力した。

「では、もうこの滑稽な仇討ちは、終わったのですね」

「そうだ……と言いたいが、長兵衛の奴はまだ、刀十郎に未練があるのだ」

「え?」

「見てみい」

 刀右衛門は、長兵衛と刀十郎の追いかけっこを顎で示した。

 お房は、うんざりして肩を落とした。


「え……刀十郎は、記憶を失ってるんですか?」

 抜刀斉と志津は、お房からそれを聞き、驚いて刀十郎を見やった。刀右衛門も驚いた。

「刀十郎」

 刀右衛門は、息子を見つめ、言った。

「父のことも、何も覚えておらぬのか?」

「……すみません」

 刀十郎は俯いた。

「ああ。刀十郎」

 刀右衛門は喘いだが、一度は死んだと思った息子が、生きていたのだ。

「いいさ。生きていてくれただけでも。そのうち、何もかも思い出すさ。なあ、刀十郎」

 志津の視界の隅に、性懲りもなく刀十郎に手を伸ばす長兵衛が見えた。

「長兵衛!」

 志津の一喝に、長兵衛は舌打ちしながら、手を引っ込めた。

「この馬鹿らしい騒ぎのすべての元凶は、長兵衛、あんたなのよ? 分かってんの?」

 怒りがこみ上げる。長兵衛のおかげで、皆大迷惑を被ったのだ。だが、長兵衛は悪びれるふうもない。ふてくされたように、横を向く。

「分かっておるわ。しかし、それとこれとは話が別じゃ」

「別じゃない! いいかげん、諦めなさいよ!」

「うるさいのー……。だから、女は嫌いじゃ」

「女?」

 刀十郎は志津に目を向けた。

「女、なのか……?」

「そうよ。ああ、私のことも何もかも、忘れちゃってるのよね……」

 志津を守ってくれたことも何もかも、忘れているのだ。志津は切なくなった。

 刀十郎は、志津の寂しげな視線には気づかず、一人胸を撫で下ろした。

 そうか。女か。ではあの夢は、男色のそれではなかったのだ……。

「なんだ……あー、良かった……」

 息をつく刀十郎。悩みの膿が晴れていく。

 すると、この娘は、俺にとって何なのだろう?

 刀十郎は改めて志津を見た。男装しているが、美人である。刀十郎の視線を受け、志津が見返した。刀十郎は慌てて目を逸らした。その様子を見ていた長兵衛、刀十郎の腕をつついた。

「刀十郎殿。お忘れではあるまいな。貴殿の恋人は、拙者なのですぞ」

「うへっ……でもあのその、覚えがないですし、今の私は、とても男を愛せそうにないですし……」

「何の話?」不審に首を傾げる志津。

「ふん。小娘。拙者と刀十郎殿の間に割り入ろうとしても無駄じゃぞ。俺と刀十郎殿は、分かちがたい強い愛で結ばれておるのじゃ」

「うげ……」気味悪がる刀十郎。

「何言ってんの?」呆れる志津。

「分かちがたい愛って、どう見ても、刀十郎は嫌がってるじゃない。長兵衛、あなたって、相手のこと一つも考えてないのね……。それが愛といえるの?」

「む……」少したじろぐ長兵衛。

「愛しておるから、手に入れたいのだろうが。俺は、欲しいものはどんな手を使っても、自分のものにしてきたわ」

 刀十郎の記憶喪失をいいことに、無理矢理恋人と思いこませようとしているのだから、長兵衛の強引さは半端ではない。志津はため息をついた。

「おかげで、まわりが凄い迷惑するのよね……」

「うーるーさーいーのー」

 長兵衛は、ふてくされて席を立った。長兵衛がいなくなって、刀十郎はほっとした。

「刀十郎」

 志津は改めて、刀十郎と向かい合った。男装の美少女に見つめられ、刀十郎はときめいた。

「刀十郎。生きてたんだ……。良かった……」

 長兵衛が刀十郎を追いかけて騒がしかったので、ゆっくり感慨に浸る余裕が無かった。志津はしみじみと、刀十郎が生きていた安堵を、かみしめた。

「守ってくれて、ありがとう。あなたのおかげで私、今こうして、生きていられるわ……」

 志津は、刀十郎に深々と頭を下げた。刀十郎が、与五郎に撃たれながらも、与五郎をやっつけてくれたので、志津は助かったのだ。刀十郎は、志津の命の恩人なのだ。

 いや、ただ命の恩人というだけでなく、それ以外の好意も、志津のなかにあった。

「えっと……」

 何も覚えていない刀十郎は、志津に感謝されても、ただ戸惑うばかりであった。


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