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マジカル☆

「ノル嬢はまだ同じ供述を繰り返しているのか?」

「ええ……」


 悲壮感を顔に浮かべた騎士から調書を受け取って目を通す。

 最新の内容まで読み終わると、横に来た側近に調書を渡して席を立った。


「取り調べの様子は見られるんだろう?」


 無言で頷いた騎士の後ろについて通路を進み、暗幕の後ろに通される。壁にはのぞき穴があいていて、向こうの部屋からは石壁のタイルの隙間にしか見えないそこから秘密裏に監視できる造りになっていた。私は暗闇の中、そこを示した騎士に手を上げて礼を示すと壁際に立ってノル嬢と、ノル嬢の取り調べを行っている捜査官のやり取りに耳を傾ける。


「違う……違うもんそんなつもりなくて……! 知らなかったんだって言ってるじゃない!」

「いや、精神に影響を及ぼすと知ってたから料理に混ぜ込んで何回も贈ってたんだろう? 自分で言ってたじゃないか」

「そうだけど……そうじゃなくて……」

「なんとも思われてなくても、何度も食わせたら絶対に惚れられるなんてタチの悪い惚れ薬だって理解できるか? それを分かってて君は大勢に薬物を混入させた手料理を食わせたんだろう?」

「だって…だって……薬物……? 麻薬とか、そんなつもり……」


 彼女の供述はずっと変わらない。「この薬物(彼女はクピドの妙薬と呼んでいた月夜草抽出物が原料の未知の成分)を摂取させた相手はその回数に応じて自分の事を好きになる」「本人の趣味嗜好とは関係なくその現象が起きる」「それを理解した上で第二王子を含めた男子生徒に薬物混入した食品を贈っていた」タチが悪すぎる。

 一番おぞましいのが、彼女がこの事件の罪の重さを全く理解していないこと。毒を盛った自覚がないのだ。

 実際無いのだろう、自分自身も栄養剤だなんて言って「コードC」を使った薬物を摂取していたくらいだ。違法だという認識が無かったようだ。


 好きな相手にプレゼントを贈るのは皆がやることだと思う。恋人に限らず友人や家族でも。だがプレゼントをもらって嬉しいのは「送り主が好きだから」が大前提のはずだ。


 そもそも、「プレゼントしたら自分を好きになる(容疑者は「好感度が上がる」と表現)」なら物に釣られているだけじゃないか……と思うのだが。よく知らない相手からのプレゼント、しかも彼女がしていたような頻度では常識で考えれば不気味さの方が大きい。

 挨拶をするようになったと思ったら毎日手作りクッキーを持ってくる異性に対してどう思うか? 私なら恐怖を覚える。身分もあって好意を向けられることは多いが、そこまであからさまものは想定すらしていなかった。異常だ。

しかし、数回受け取って摂食しただけで、そんな違和感を失わせるほど彼女の密造した薬物が危険だったと言う事なのだろう。


 彼女の供述に調書との乖離は見られず、また捜査官が何度説明しても未だに犯罪行為を自覚すらしていないのも変わらないようだった。

 確か「親しくなって私が悩みを解決してあげないと彼らは不幸なままだったのに」だったか。むしろ良いことをしたとすら思っていて、そのために必要だった行為がこうして咎められて不服とすら思っているのがわかる。


 今回問題となった月夜草抽出物原料の薬物については、「コードC」の呼称で分析が進められている。月光を一定量浴びた月夜草に、魔力と共に特殊な処理を行うと生成される成分らしい。魔法薬学についてはそこまで詳しくないが、研究室の者達は大分興奮していたので貴重な発見となるらしい。犯罪に使われたことで、調査は秘密裏に行われている。

 幸いにも、既知の危険薬物に指定された麻薬・覚せい剤類と違い、依存形成と精神への影響は強いが肉体には現在まで薬物を使用された全員に目立った異変は見られない。研究室レベルでの身体機能もだ。

 これには魔法薬学の権威も驚いていた。通常ここまで、趣味嗜好や理性を超えた好意を抱くほど依存させたら肉体にも悪い影響が出るはずなのだ。


法的には問題ないはずのアルコールで起こる依存症がわかりやすいだろうか。摂取自体は罪にならないアルコールですら、依存症は起きる。アルコールが「ある」状態を常に体が求め続け、精神的にもそうだが肉体にも様々な問題が発生する。

依存を形成する薬物とは、そういった悲劇が起こりうるのだ。悪意の有無は関係ない、罪は罪だ。


この「コードC」はスパイや犯罪者への「人道的な」自白薬に使えるのではと上層部は期待しているが、これはまた別の話になる。


 ただ、田舎の平民出身で魔力があったというだけで学園に入学した彼女がなぜこんな薬物について知っていたのかは専門家が懸念を示した。本人が言うような「30年前の月夜草の論文」「地方の月夜草に関する伝承」、「月夜草を使った魔法薬のレシピ」で簡単に導き出せるような製法ではない。学業では優秀と言っても自分で考えつくほどの頭は彼女に無く、誰から聞いたかと問われても「前世で知っていた」とこちらが呆れるような言い逃れしかしない。

 何か大きな組織の悪意が関わっているのではと提唱する者もいたが、多くの者はその意見には懐疑的だ。こんな薬物を生み出せる優秀な組織の実行犯があれ、はさすがに無いのでは、と。私もその意見には賛成だ。しかし無暗に否定は出来ず、薬物の製法については謎が多いので経緯については更に調べる予定ではある。


弟の女性恐怖症については当然家族である私も知っていた。しかし今回薬物で強引に女性に好意を抱かされたリチャードは、恐怖を感じたままの心と薬物で無理矢理に植え付けられた偽りの感情がバラバラになって精神を病んでしまった。

リチャードの異常にもっと早くに気付けなかったのかと私は今も悔しく感じる。

有望な騎士見習いだったドルフ君は、摂取量が一番多かったようで精神依存形成が一番進んでいた。「ハーブクッキー」の正体とその危険性を伝えた今も、「まだ食べたいって思っちまう」と悔しそうに涙を流していた。正義感の強い彼は、自分がそうとは知らなかったとはいえ危険薬物常習者になりかけていたのがとてもショックだったようだ。確たる証拠が用意できるまでに手間取ってしまった事を謝罪してもしきれない。


 他の被害者たちは、肉体に影響が残らなかったのもあって、数日の経過観察後は日常生活に戻る予定だ。しかし長期的な問題については未知の成分故これから調べていくしかなく、薬物依存とセットで語られる「フラッシュバック」などに彼らはこれから一生怯えて生きることになる。

 当然、国として支援は惜しまないが……この事件の残した爪痕は大きかった。せめて加害者に悪意があったのなら彼らも恨めたのだろうが。


 それにしてもこの事件が発覚しなかったらと思うとぞっとする。もし彼女が誰か一人に絞って薬物を与えていたら恐らく誰も不審に思わなかっただろう。ただ恋人になったのだなと思って周りはその異常性に気付かなかったに違いない。あれだけ大勢の男性が突然、だったからこそ異常事態と我々も認識した。

 または彼女が管理していたという畑に対する器物損壊の捜査も、あれがなかったらこの事件の詳細がつまびらかになるまでにもっとかかっただろう。

 こんな時はめぐりあわせに感謝してしまう。危うく犯罪者を野放しにするところだ。


 食事の前の御祈りで形式的に名を呼ぶ我が国の主神に祈りを捧げると、私は騎士団が抱えている次の案件へと頭を切り替えた。


 


「恋するマジカル☆キッチン」

素材を集める探索パートのRPG要素、箱庭系、ものづくり系とやりこみ要素満載で普通にグラも綺麗で人気だった乙女ゲーム。

 ファンは「恋マジ☆」と呼んでいる


 某掲示板では「マジ☆キチ」の愛称で親しまれ、

「月夜草ってこれ攻略対象をヤク漬けにしてるだけでは?」

「自分から離れられないようにするのに薬物使うって発想がヤクザじゃん」

などと話題になっていた。


 月夜草を使わなかった場合、誰かとハッピーエンドになったかもしれないし「手料理をよくくれる女の子がいたな」と誰かの記憶に残って何もなく卒業したかもしれない


 良かったら↓の☆をぽちっていってくれると嬉しい

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーブって「ハーブ」っぽいなぁ。と思ってたらあらまぁ (;‘◉⌓◉) どんまいです
[一言] 3話のドルフが「ふとしたときにすごく食べたくなる」というあたりでおや?と思い、「たった一つの例外が”ハーブクッキー”」になるほどそっち!と気づき、彼女が生きる現実とゲームの違いがこう現れてい…
[気になる点] 主人公の友人は無事で済んだのか [一言] 自分の幸せのためもありますが積極的に助けてくれるなんてあれ主人公いいやつじゃんと思いだしていたのでオチで不意打ちでぶん殴られた気がしましたw …
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