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3:桃と電気鉄道の放課後

 その日、仙崎陸郎は一人で電車の揺れに身を委ねていた。


 放課後の時間帯だが窓から見える空は青く晴れ渡っており、電車旅にはいい天気だ。沿道に広がる名産の桃畑から甘い香りが漂ってくる。東京から随分遠くまで来たものだ。

 不思議なことに車内に陸郎以外の客の姿は見えず、車両も二十世紀頃に使われていた随分と古いものだ。

 手元のノート型端末には現在の所持金や目的地の駅までの距離表示、選択次第で日本地図や各駅の物件情報も見ることが可能だ。今陸郎の乗る電車は岡山駅を通り過ぎた辺りで、これから広島と山口を抜けて博多駅へと向かうところだ。


 沿線に広がる桃畑では木々にいくつも旨そうな桃が実っているが、中にはいくつか明らかに不自然なほど大きく膨らんだ桃が見え、風に揺れている。

 その桃が突如として縦二つに割れ、中から出てきた少年が和装を桃汁に濡らしながらにっこりと陸郎に笑い掛ける。陸郎は見なかったことにして端末に目を落とした。

 視界の隅でいくつもの桃から同じように少年が出てきているが何も見ていない。見ていないのだ。かの有名な昔話を観光に活かしている県のことだ、そういうことも稀によく起きるのだろう。


 このターンは岡山西部から広島へ。手元で振ったサイコロは6の目を出したので最大限に進むことができる。

 車窓からの景色はさほど高速には見えないが、広島駅への移動は数分とかからなかった。VRといえど、さすがに移動時間を丸々再現してはゲームにならないという程度の分別はあったと見える。体験している身としては騙し絵でも見せられている気分ではあるが。

 ブレーキ音と軽い揺れと共に車両が止まり、車内のスピーカーから甲高い男の声が響く。姿こそ見えないが陸郎の秘書にあたる男だ。


【センザキ社長! 広島駅に着きましたぞ! 物件を購入されますか?】


 声と共に端末に広島駅の物件の一覧と価格、年間利益率が簡単に表示される。


 紅葉万頭屋 1000万 50%

 紅葉万頭屋 1000万 50%

 お好み焼屋 1000万 50%

 お好み焼屋 1000万 50%

 牡蠣料理屋 1000万 50%

 牡蠣料理屋 1000万 50%

 野球チーム   5億  5%

 自動車工場   32億  2%


 先程から漂うソースの香りはお好み焼だったようだ。今はまだ手をつけないことを車内のスピーカーに向けて口頭で告げ、その判断はすぐに受理された。

 食品物件ならば手は出せるが、序盤ゆえまだ資金に余裕がない。その資金はといえば陸郎の隣の席に雑に積み重なっている。福沢諭吉の描かれた昔の紙幣が束となり、文庫本を何冊か重ねたほどの厚みで約二千万円分。見慣れていない紙幣とはいえ恐ろしい額だ。

 これでこのターンの移動は終わり、しばらく停車だ。


 陸郎は一息つくと、開始時に支給された通信端末に声をかけた。


「……なぁ」

『何でしょうか先輩』


 ノイズ混じりの――とはいえ実際の距離が離れているわけでもないのでレトロ演出の一環だろう――落ち着いた少女の声が聞こえる。

 返ってきたのは鈴紗の声だ。陸郎と同じく現在停車中で、端末で地図を見ると少し出遅れてまだ鳥取の辺りにいる。もっとも、出目次第ではいくらでもひっくり返る差ではある。

 特に彼女に向けて話しかけたわけではないが、ただの愚痴だ。陸郎は続けた。


「これは鉄道会社を運営しながら電車で日本全国津々浦々を巡って資産を増やすゲームだよな」

『そうですね。運営要素は至ってシンプルにされていますので、主としては鉄道での目的地到達と物件買収のすごろく要素のようですが』


 サイコロでターンごとに移動距離を決め、止まった駅によって収益か損失が発生、大きな駅なら今回のように地域に根差した物件の買収が可能だ。自他に影響を及ぼすアイテムが手に入ったりランダムのイベントも多いようだ。とはいえ、プレイヤー自体の動きとしてはこうして電車移動のみである。せっかくだから観光をと思っても電車から出られなかった。

 鈴紗達他のプレイヤーも別の電車で移動しており、出会う機会は皆無。

 つまり、この作り込まれた車内で一人端末を操作しながら車窓を眺めるしかない。


 席の背もたれに体重を預けて陸郎はため息をついた。

 日本全国を回って地理や名産品などが楽しく覚えられそうなすごろくだ。それはいい。最終的に資産を稼いだものが勝ちというのも分かりやすい。しかし。


「これ本当にVRにする意味あるか?」

『私、先日同じことを部長に言ったら黙殺されましたが』

「そうだったなぁ」


 端末の画面を切り替えると、現在の操作プレイヤーである玲司の車両が見え、どうやら収益が得られる駅に停まっている。首都圏を回っておりスタート地点の東京からほとんど動いていないが、趣旨が分かっているのだろうか。それとも初回は捨てて次の目的地で優位に立つ戦略か。

 順番としてはこの後に鈴紗、夢美と続いて再び陸郎に戻る四人プレイだ。


「で、その部長は?」

『楓花院ならば職員室に行った。部の立ち上げ時の約束に反してレトロでないゲーム機を持ってきたことへの釈明だそうだ。まぁ、今我々がやっているこれのことだな』

「使ってる技術は最新だろうしそりゃな」


 文化だの何だの理由をつけて立ち上げた部に開発中のゲーム機持参とは大丈夫かと思っていたが、まったく大丈夫でなかったようだ。

 通信機から夢美の至ってフラットな声が聞こえてくる。


『部長ちゃんってもしかして物凄いアホじゃない?』

『本人曰く『は、版権表記は二十世紀のゲームですの』だそうだ』


 なるほど、オリジナル版の発売年を盾に交渉するつもりか。それならばレトロゲームと言えなくもない。

 しかし。


「取れてないだろ版権」

『問題はまさにその一点に尽きるな』


 他にも色々ある気はするのだが。


 再び陸郎の番が回ってくる。春めいていた景色にいきなり青い夏空が広がり、体感温度が突然に上昇、セミまで鳴き始める。ここでは一ターンで一ヶ月の経過がルールだ。夜も来ないまま、VR世界の時は既に現実の季節を追い抜いた。




 程なく、順当というべきか先行していた陸郎が博多駅への一番乗りを遂げた。ピッタリの目で止まらないといけないため、過大な目を出して通り過ぎずに済んだのは幸運だ。車窓から眺めると駅から遠くに青く輝く福岡タワーやドーム球場が見え、豚骨の香りがさりげなく漂う。一見すると普通の光景に見えるが、わざとらしいほどに福岡アピールが為されている。


『あちゃー、追い付けそうだったのにうまく止まったなぁ陸郎ってば。土産は明太子でよろー』

「お前すぐ近くにいんだろ、自分で来て買えよ」


 もっとも買えるのは明太子屋であって、現物は食べられないが。


 到着したことで支援金として一億に達する巨額の収入が得られ、隣の座席に雑にドサドサと積み重なる。口座に振り込んで欲しい。ひょっとしてこのゲームの当時は銀行というものがなかったのだろうか。

 そして、目的地の到着により影響を受けるのは陸郎だけではない。

 端末上で陸郎の到着を祝福していた司会役のNPCがとてもいい笑顔で告げる。


【今回疫病神が取り付く、最も遠い位置にいたのは……レイジ社長です!】

『何故だ』

『何故ってパイセン、博多に向かう素振りも見せず首都圏でぐるぐるしてたからじゃん?』

『つーか疫病神ってなんだ』


 その陸郎の疑問に答えるように。端末に大写しになった玲司の乗る車両のすぐ傍に、何かが降ってきた。


 ふんどし姿の巨人、としか言い様のない何かだ。それは玲司車の停まっていた品川あたりの街並みを踏み潰しながら大地に降臨する。火の手が上がり、黒煙が立ち込める。大惨事だ。

 そんな破滅的な存在が、攻撃するでもなく玲司の車両の隣にぴったりと張り付いている。


『あー、諸君諸君。何だこれは、窓から何も見えん。あと破壊音がすごい』

『疫病神です、兄。マニュアルによればゲーム上不都合なバッドイベントを起こす存在らしいですよ。他のプレイヤーとすれ違えば押し付けることも可能だとか』

『差し当たって景観の被害が甚大極まる。こいつの太ももしか見えん』


 VR化の唯一の利点と言っていいそれが犠牲になるのは、攻略上は問題なくとも確かにたまったものではないだろう。

 支援金で博多の明太子屋を買い占めながら、陸郎は深く同情した。そして端末から次の目的地を確認し、その表示を見て思わず苦笑する。


『大体、押し付けようにも俺だけ位置が離れすぎていて困難にも程があるのではないか?』

『安心してください兄。当然のことながら、次の目的地に一番乗りすれば同様に別の方に移りますよ』

『成る程道理だ妹よ。で、次の目的地は?』

「長崎だってよ」

『九州の横暴を許すな!』

「ランダムなんだからそこは許せよ」



 次ターン、疫病神が倍額で買ってきたサイコロを三個振るアイテムの代金を払わされ、玲司は借金を背負う羽目になった。

 物件を所有していれば半額で売って返済に充てる必要があるが、現金を求めうろついていた玲司にそんなものはない。即ゲームオーバーということはないようだが、苦しい戦いを強いられることになる。深々としたため息が通信機から聴こえた。


『妹、三千万円貸してくれ』

『言葉だけ聞くととんでもないろくでなしですが、生憎そういうシステムはありませんよ兄。あ、出雲駅は安価で買い占められて素晴らしいですね。この地は私が支配しました。皆さん、以後通る際は通行料をお支払いください』

『そういうシステムもないよね!? ってあれれれラッキー、あたし長崎止まれるじゃーん。カステラいちばーん』


 陸郎を追い抜いた夢美の車両が、九州西部の隅にぴったりと停車した。ごく近くの駅とはいえ、計路上行き止まりに位置するため運が悪ければ足止めを食らった可能性もある。

 この至近で連続到着ができなかったのは無念だが、損失が発生したわけでもないので依然として上位のままだ。おまけにこれだけ近ければ疫病神が憑く心配もない。


【今回疫病神が取り付く、最も遠い位置にいたのは……レイジ社長です!】

『フン、そうだろうとも。だが貴様らが九州でスケールの小さい小競り合いをしている間に、俺は既に東北へ進路を向けている。次の目的地が関東なら少し戻るだけ、東北や北海道ならば明確に優位というわけだ。今更引き返しても手遅れと知るがいい』

『でもパイセン、次四国の高知なんだけどもさ』

『知らん! どこだそこは!』

『だから四国だって』


 疫病神はもうしばらく玲司固定になりそうだ。

 四国となれば位置的には鈴紗が若干有利だが、玲司を除けば全員似たり寄ったりだ。問題は、本州・九州と四国を繋ぐ線路がおそらく無いことだった。


『出雲からだと……岡山から海路ですか。電鉄なのに海路もあるんですね』

「九州入りはトンネルだったからなぁ。ええと博多からなら……大分県からやっぱり海路か」


 地図を見れば港を示す駅もあるようだ。ならばこの閉塞感のある電車から降りて乗り換えぐらいはできるのだろうか、と少し楽しみになる。

 昔の船舶は安全性や速度は現代に劣るだろうが浪漫がある。仮想現実でのんびり船旅というのもなかなか良さそうに思えた。


 折よく、サイコロの目は港を通過できるだけの数字を出した。かぼすの香気が充満する大分の大地をストレートで突破し、東端の別府港へ。出目からすれば損失マスを踏むことにはなるが、ぎりぎり海上に出られる。鈴紗を警戒し、陸郎は敢えてリスクを飲んだ。


 陸郎の車両が別府港へ着き、ブレーキがかかる。

 と、ガクンと前のめりになる強い衝撃に襲われた。事故かと思う間もなく、座っていた座席ごと斜め前方に投げ出される。天井が左右に開くのが見えた。陸郎はそのまま車両から投げ出された。

 港から、海上へ向けて。


「うおおお!?」


 浮遊感それ自体は悪いものではない。後頭部に軽い寒気こそ感じるが、宙に浮くというのは自由を象徴する行為だ。しかし残念ながら人は重力には勝てず、それは現実に近しいこのVR世界でも同じだ。


 陸郎は眼下に瀬戸内海の荒波を見ながら山なりの軌道の頂点に達し、そのまま落下を始めた。このままVR瀬戸内海でVR溺死かとVR悲観したところ、海上になにか見えた。レトロなフェリーだ。

 座席は白波を立てて運航するフェリーの中央に激しく着弾すると、さもそういう仕様ですとばかりにその場に固定された。諸共に飛ばされた億の現金も、貼り付いたように隣の席に鎮座したままだ。

 

 意外にも衝撃はささやかなものだったが、生身で滑空させられた精神的ショックに陸郎は座ったままうなだれた。秘書が損失を報告しているがそれどころではない。

 特に慰めるという感じでもない鈴紗の声が淡々と流れる。


『どうやらオリジナル版ではシームレスに陸路から海路に移行できていたのを再現しようとした結果、こうなったようですね。電車がお船に変形するのも現実味がありませんから、妥当なところかと思います』

「今の一連の流れのどこに現実味があったよ」


 相変わらず船室から出られないことを確認し、陸郎はげっそりと呻いた。



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