4:桃と電気鉄道の放課後・十年目
金で金を洗う戦いは熾烈を極め、四人の電鉄会社経営は最終年度である十年目を迎えようとしていた。
コンフィグで最大九十九年まで設定可能だが、たとえテンポがよくても車内監禁状態で千ターン以上などやりたくはないのは恐らく全員の総意だ。
もはや外の景色など楽しむ時期は過ぎ、端末で他のプレイヤーの動きや資産を睨みながら抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げるのみとなっていた。
そんな折。
『ハロハロー。皆様やってますのねー』
優乃の声が通信機から聴こえた。このゲーム自体は最大四人対戦であるため、観客としてダイブしたようだ。プレイヤーは各ゲームの古めかしいシステムに雁字搦めのVRマスターピースではあるが、観戦する分には気楽に俯瞰できる。
『楓花院。ということはついに権力に屈してこのゲームをやめる時が来たのか』
『失礼ですのね!? 勝訴ですの勝訴。先生に大雑把に説明をしたところ「ああ、そういう色んなソフト収録の復刻レトロゲーム機とか昔もあったねぇ」と態度が著しく軟化。あとはあることないこと吹き込んで見事に了承させましたの』
『偽証は罪だよ部長ちゃーん』
『相手が信じれば偽りは真実にも成り得ますのよ』
『なりませんよ』
なってたまるか。陸郎は鈴紗の言葉に無言で追従した。詐欺師でももう少し謙虚な考え方をする。
ともあれゲーム自体は終盤戦、観客一人増えたところで何が変わるわけでもない。四人のまま続行あるのみだ。
『それで、今はどんな順位ですの?』
「ああ、ちょうど三月の決算なんで順位出るっス」
陸郎が言うが早いか、端末にでかでかと表示された富士山の写真に『決算』の二文字が踊った。各プレイヤーの現金と物件を合わせた総資産を元に、現在順位が表示される。
次が最終年度となれば、ここでの大差は事実上の足切りと言える。
1 ワタライ和尚 17億2200万円
2 レイサ鉄人 16億2000万円
3 センザキマン 14億9500万円
4 レイジ星人 -102億8400万
夢美が一位なのに対し陸郎は屈辱の三位を拝していたが、この程度の差であれば追い抜いたり引きずり下ろす手段はいくらでもある。無論、それは相手も同じことであり、勝負はこれからだ。一番下は見なかったことにする。
そんな思いの諸々を差し置いて、ジト目を見事に音声へ落とし込んだような優乃の声が聞こえた。
『何ですの、この心底たわけた名前は』
「いや、デフォは全員社長なんスけど、コンフィグで変えられることに気づいたらこの有り様で。部長とか係長もあるっス」
『あら、じゃあ今度参加するときはユーノ課長にしますの』
「そこは部長じゃねぇのかよ」
半眼で呻くが、優乃は気にした様子もなく「ユーノ主任もいいですのね」などとうそぶいている。意外と部長呼ばわりに不満でもあるのだろうか。
そしてプレイヤーの誰もが目を逸らしていた事実にも遠慮なく触れてくる。
『そして百瀬君はちょっと引くぐらい頭抜けたクソ弱さですのね』
『金に対し清廉だと言ってもらおうか』
「清廉な奴はこんな借金しねェんだよ」
玲司の恐るべき勝負弱さはいつものことだが、一応今回に限っては理由もあった。トップを走る夢美がひたすら玲司狙いで妨害・攻撃をしているのだ。
玲司が危険な冬の海に出れば港に通行止めかけて大量に損失を出させ、疫病神がカイザー疫病神に変化したら自分で引き取ってでも玲司になすり付けに行く。「冬の損失マスに止まれば稀にいいことあるよ」などと虚言を弄して自主的に突っ込ませる。玲司が他のプレイヤーの利益に倍する速度で赤字を積み重ねていく様子を、陸郎は見守ることしかできなかった。
夢美はトップとはいえ陸郎・鈴紗との差は現実的な範囲で、実際ここまでに何度も一位を取り合っている。今だって目的地到着や大きなイベント一つでひっくり返る差で、本来夢美が攻撃すべきは陸郎ら二人だ。
このゲームでの妨害は追い付きそうな相手への牽制や、上にいる相手の引きずり下ろしがどう考えても定石だというのに、夢美は大きく離れた玲司の赤字を増やすことに余力を注ぎ込んでいる。
嫌な予感はするが、直接害が及ばない以上は藪をつつく気も起きない。
大体、他プレイヤーの妨害がなくとも自然発生の損害が結構あるのだ。というか、そちらの被害の方が大きいほどだ。前年度など、陸郎は手持ちの現金十億のうち半分を突然車内に現れたスリに持っていかれた。座席に山と積まれた札束がNPCの男の懐にしまい込まれる視覚的なインパクトはなかなかのもので、もはやスリなどという生ぬるい言葉で括れる所業ではなかった。
何はともあれ最後の一年。物件の増築などよりは目的地到達で大きく上積みして一位を掠め取りたいところだ。
そんな思いで陸郎と、続く鈴紗が四月の移動を終えたところで夢美は動いた。
『はい!ここで一発たいらのよしカード!』
そう叫んで夢美はお下げを元気に揺らした。
たいらのよしカード。平良門をもじった駄洒落であることぐらいは分かるが、特急カードなどと違って感覚的にどんな効果だったかは思い出せない。
「なぁ百瀬妹。これ何のカードだっけか」
『ええと、全員の資金を平均値で統一するカードだったかと。……あっ』
「ふぅん平均ねぇ。……あっ」
物件を除いた現金資産は陸郎と夢美と鈴紗が大体五億から十億ほど。ならばその中間の値で揃うかと言えば、そうではない。桁を限界突破しているのが一人いた。その一人を含めて平均した結果がこれである。
【センザキマンの資金 -20億1300万円】
表示された真っ赤な文字に陸郎は盛大に吹き出した。
「ああーッ!! やりやがったなこいつ!!」
『イェーイ公平に皆殺しー。あたし一人の命で二人を絶命させるなら割のいい交換条件だと言えるよねー』
『触媒に死体を一つ使っている気がしますが』
『実の兄を死体呼ばわりは感心しないな妹よ』
圧倒的マイナスである玲司も含めて平均した結果、総資産を遥かに上回る借金が全員を襲った。当然、カードを使用した夢美自身もである。正気の沙汰ではない。が、遊びにおいて自爆上等な幼馴染ならばこれぐらいやることを陸郎は知っていたはずだった。
悲しげな秘書の声が車内に響き渡る。
【センザキマン、資金が足りません! 手持ちの物件を売却してください!】
「るせぇ! 誰がセンザキマンだ!」
『僭越ながら付けたのは先輩自身です』
「そう冷静に突っ込まれると恐縮するしかない」
困った。借金が発生した場合手持ちの物件を半額で売却することで補填を強要されるのだが、ここまでこつこつと買ってきたものを全て売っても足りない。玲司の抱えていた圧倒的負の力に飲み込まれてしまった。
高いものから順に、などと考える意味すらない負債の量であり、全選択するまで赤字画面は開きっぱなしであった。
無論他の玲司以外の他の面々も同様の状況に陥り、後には十億近い借金と、利益が薄い代わりに売却対象にならずに済む特性のある農林物件だけが細々と残るのみだ。
物件の量の分だけ借金が減額できているため、夢美有利なのは覆ってはいない。しかしそれも負債の少なさを比べるという不毛な比較の結果だ。
せめて一矢報いたい。その思いが通じたか、サイコロの個数を増やすカードを用いた陸郎の車両は、目的地の青森駅に見事飛び込んだ。
あからさまなリンゴの甘い香りと共に支援金を受け取るが、やはり赤字は赤字である。それでも、ぎりぎり夢美よりゼロに近い数字に持っていけた。
司会役が告げた次の目的地はなんとハワイ。支援金が通常の二倍貰えるとのことだが、空港から飛行機で向かわなければならないようで今年中に間に合うかはかなり怪しい。それに、一位はほぼ確定するだろうが赤字なのには変わりない。
「畜生、最後の最後で借金をどれだけ減らせるかの勝負になるなんて侘しすぎんだろ」
『そんな声に応えて、はい棄捐令カード』
夢美が続けてぶっ込んできた。
棄捐令。歴史の授業で習った記憶によれば、江戸時代に財政難の武士を救済するために出された法令で、内容はそれ以前の時代の徳政令と同じく債務の免除。つまり――
【センザキマンの資金 0円】
【ワタライ和尚の資金 0円】
【レイサ鉄人の資金 0円】
【レイジ星人の資金 0円】
連続で表示された全員の資金を見て陸郎は吹き出した。
全員の借金が消失し、先程の目的地到着の甲斐なく全員が横並びになったのだ。確かに陸郎の僅かな優位は消えたが、地底に埋まっていた玲司を同率まで引き上げるというデメリットも伴う。というか自分の行動順を潰してまで負債地獄とコンボで使う意味が見当たらない。
陸郎は思わず通信機に叫んだ。
「畜生夢美! 結局何やりてぇんだよお前は!」
『何って言われたらまぁ荒らし行為? 強いてもっと具体的に言うんならここまでの十年間のプレイを一瞬で無駄にしたいって感じだよ! 今あたし盤上を支配しているって実感がたまんないっていうかー』
「もうほんと死ねよ!」
こうなるとあとは収益マスで稼ぐかハワイ到着で一攫千金を狙うか。ほぼ期限一年プレイと変わりない。強いて言えば玲司はまだ不利な立ち位置にはいる。それを知ってか知らずか、鈴紗が小声で呼びかけている。
『兄。ここまで赤字を積み重ねるという異常な遊び方をしていた貴方も、これでようやくスタートラインに立てたと言えるのでは?』
『しかしな妹。俺は農林物件を買える時期もなかったし、持っているものといえば使途のわからん「ち」カードと「く」カードと「も」カードと「き」カードぐらいだぞ。九州からではハワイも遠く、到底勝てる見込みなどあるものか。む、今度は「て」カードか』
妹と通信しつつ、玲司は収益マスでなくカードを貰える駅に停まった。
【おめでとうございます! たった今「も」「く」「て」「き」「ち」カードを全て揃えた社長が現れました!】
『む?』
端末の中、九州南部で火山を車窓から観光していた玲司の車両の屋根がパカっと開く。そして、玲司の座る席が高速で真上に吹っ飛んでいくのが見えた。乗船時と比較にならなそうな負荷で、既に白目を剥いて失神している。
玲司はそのまま、空中にいつの間にかホバリングしていた古めかしい形のヘリに収納され、恐るべき速度で空路を輸送され、投げ捨てるようにしてハワイの地に投下された。ハワイ空港に停まる飛行機の屋根に落下した玲司は、座席ごと機内に格納され、その衝撃でガクンとうなだれて崩れ落ちた。
死んだだろうか。
なるほど、あの一文字のカードは五枚揃えることで自動で目的地に運んでくれる効果があったらしい。二倍の支援金となると玲司が一位になるだろうが、農林物件の差の分、まだ頑張れば追いつけなくもない――
【「も」「く」「て」「き」「ち」を揃えたことで支援金十倍! 今回はハワイですのでさらに二倍! レイジ星人の到着賞金は81億8700万円です! 住人も大歓迎ですぞ!】
司会の言葉に、淀んだ空気が通信機から流れる。
『……』
「……おい、盤上の支配が何だって?』
『……いやー、あはは。これ予想するの無理くない?』
結局、残りの半年そこそこでその圧倒的利益に追いつくことは叶わず。
最後の決算での折れ線グラフで、常に斜め下に突き進んでいた一本が垂直に近い角度で跳ね上がって他を引き離していた。
「なんだかなぁ。勝った負けたよりやっと電車から出られたことへの安堵がすげぇや」
「まぁ確かにね。VR死ぬほど向いてないじゃんこのゲーム」
「同意します」
『開発者には一応伝えておきますの』
向かい合って頷く陸郎と夢美、鈴紗は、しかしまだゲーム内にいた。観客の優乃のみ、空中に浮かぶ表示枠に顔が描画されている。
ずっと昼のままだったこのゲームでは初めて見る夜景の下、飾り付けられた電車が一両だけゆっくりと眼の前を横切っている。
優勝者の玲司を讃えるパレードだ。周りには桃を象った電飾やオブジェが大量に配置され、スタッフが桃を配って周り、異様な雰囲気だ。何故ここまで桃推しなのかは、司会の男が明らかにあの有名な昔話をモチーフとした姿をしていることに無関係ではないだろう。
窓からは何やらよく分かっていなさそうな玲司がハッハッハと笑いながら手を振っている。
それに力なく手を振り返し、夢美はやれやれとため息をついた。
「お互い、反省すべきとこは大いにあるんだよね。――あたし達の敗因は、パイセンを圧倒的弱者だと見くびってたこと。ふふ、こういうボードゲーム系で一発逆転が起き得ることなんて分かってたじゃんね」
「夢美……」
陸郎は手近な桃を一つ掴むと、幼馴染の口にねじ込んだ。
「もがー」
「なんか僕や百瀬妹まで連帯責任っぽく言ってるけど完ッ全にお前のアホプレイのせいじゃねーか! 十年の軟禁生活の時間を返せオラァ!」
「その台詞はなかなか重みがありますね先輩。裁判官の心証にも訴えかけるかと」
「もがー」
柔らかい果肉に口を満たされた夢美がもがもが言う中、パレードはクライマックスを迎えた。
玲司の乗っていた車両が停まり、そして屋根が開く。そこから明らかに車両に収まりそうにない、流線型のロケットが飛び出てきた。ロケットの丸窓には一瞬、玲司の首を傾げる姿が見えた。が、すぐに空の果てに消えた。
それを追って三人が首を上げると、ロケットは夜空の中心まで速やかに上昇し、そしてカッ、と大きく光った。
ロケットが爆散し、色とりどりの美しい光が夜空に散る。
花火だ。
その光りの粒を見上げ、三人は無機的に拍手した。
「死んだか」
「死にましたね」
「死んだだろうね」
『ぶ、VRマスターピースは安心安全なゲームですから多分瀕死で済みますのよ!』
「無事では済まないのかよ」
夜空には続けて巨大な飛行船が現れ、その側面に取り付けられた巨大モニターには『日 本 一 の レ イ ジ 星 人』と故人を讃える言葉が踊った。
その感動的な光景を、陸郎は半眼で見やる。
「ラストを飾るのに星人はちょっとミスマッチじゃねぇ?」
「かといってマンや和尚なら似合うかというと微妙なところかと」
「その点、日本一の鈴紗鉄人ならなんか料理上手そうでよかったかもだね」
もがもがし終えた夢美の言葉に、陸郎と優乃は素早く目配せを交わした。
「まぁ、兄貴がいいとこ見せられてよかったな鈴紗鉄人」
『次は貴女も勝てるといいですのね鈴紗鉄人』
「その謎のコンビネーション発揮するのやめてくれませんか?」
鈴紗は細い眉を立て、ぷくっと頬を膨らませた。
数分後、焦げた玲司が空から落下してきた。幸いにして、コメディタッチのゲームであるため身震いひとつで焦げは落ちた。
VR黒焦げ体験の感想を聞くと、「外はパリパリ中はジューシー」とのとだった。概ね唐揚げの近似であるらしい。




