2ダンボールの中身はくまです
国外追放されたルルカは、馬車の中で大量のダンボールに押し潰されていた。ダンボールの中身は勿論くまグッズだ。
父の一言によって国外追放されたルルカは、父から血の繋がった娘への情けとして三つだけ許されたことがあった。
一つ目、異国へ行く片道だけは馬車を手配する。
二つ目、一週間分の生活費は持ち出しを可とする。
三つ目、自室のくまグッズは持って行け。(処分しろ)
これらの条件により、現在ルルカは馬車に乗り異国へと向かっていた。行き先は知らされてはいないが、恐らくリンゼル国からは遠く離れた国だろうと予想している。
長旅ならばこの後を考えて昼寝でもしておきたいのが本音だが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれたダンボールのせいで寝ることも難しい。
だけどこのぎゅうぎゅうな馬車の中が、ルルカにとっては幸せを感じられる空間でもあった。
「これからも一緒にいられるわね」
ダンボールを抱きしめてルルカは呟く。
この子たちがいれば私は頑張れる。
だから私はこの先に何があっても大丈夫だ。
突然国外追放されたというのに、不思議と穏やかな気持ちでいられるのも、きっとこの子たちのおかげだろうと感謝をする。
馬車の隙間から見えた景色は、緑が生い茂る清々しい春の世界だった。
◇◇◇
賑わう街を通り抜ける途中、ガタンゴトンと大きな音がして馬車が揺れる。その後にわらわらと人が近づいてくる声がして馬車が停止した。
「ーーーろ!!!」
「ーーーーーだせっ!!!」
外から大声で何かを言われているが、肝心な部分が全く聞こえない。直ぐに話を聞きたい気持ちは山々だけれど、馬車から降りるのも一苦労で時間がかかってしまう。
「ーーーー取り押さえろ!!!!」
「不審人物だ!!ーーーーーーーだせ!!」
その間にも複数の声がどんどん近づいてくる。もう直ぐ外に出られると思った矢先に、不穏な言葉が聞こえてきた。
不審人物?………それって私のこと?
いま………取り押さえろ…って言われなかった?
もしかして、……今ここから出たら私は捕まるの!?
馬車の中にいても直ぐに見つかってしまうだろう。
だけど外に出たって捕まるわけで。
国外追放されて始まった私の新しい人生は……。
ーーーーーー一初日で終わったのかもしれない。
そう冷静に判断したら涙も出てこなくて、案外自分は強いのかもしれないと思った。
馬車の中に隠れていても外に出ても捕まるのなら、堂々と不審者ではないと言ってやろうと勇気を振り絞る。
小さく震える手で馬車の内側から扉を開けた。
開かれた扉の先には賑やかで明るい街並みが見えて、馬車の乗車口に男達が立っていた。
男は三人。
一番手前の人は筋肉質でいかにも強そうな人。
真ん中にいる人は他の二人よりも豪華な装いをしていて恐らく位の高い貴族の人。
後ろの人は一番手前の人と同じ装いの真面目そうな人。
乗車口を塞ぐように立っている三人のせいで馬車から降りることも叶わず、狭い車内の中で腰を曲げて顔を出す。
「おいお前!!そんな豪華なでかい馬車に乗ってこの国に何しに来た!そのダンボールの中身はなんだ?やっぱりお前はこの国に密輸しに来た輩だろ!?」
一番手前の筋肉質男が威嚇するように声を張り上げて、ルルカを睨みつけてくる。
密輸……!?
この子たちは売る気なんてないし、そもそもこの国を通り抜けようとしただけですよ!?
全てお見通しだみたいな顔して言ってるけど、一つも当たってないわよ…!
一方的に責め立てられて腹が立ってきた。
「私は密輸なんてしてません!この先の国にお引越しする予定でこの国を通り抜けたかっただけですわ!」
お引越し…うん、我ながら言い表現だと思う。
国外追放なんて言ったらそれこそ怪しまれるものね。
必死に伝えようとしていたら、自分が思っているよりも大きな声が出ていた。それが余計に相手の気を逆立ててしまい、筋肉質男はルルカを押し退けて手前のダンボールを一つ取り上げた。
「まってそれは…!!!!!」
ルルカの声と同時にバリッとダンボールが開けられる音がして、中からくまのぬいぐるみがひょっこりと顔を出す。
乱暴にダンボールを開けた手が動きを止めた。
「………………くま?」
「……………………………」
「……………………………」
間抜けな声を出す筋肉質男と無言の男二人。
全員がまん丸に見開いた目で、茶色いくまのぬいぐるみを視界に入れて固まっていた。
この三人の姿を見て、ルルカはこう思い直した。
国外追放されて始まった私の新しい人生は……。
ーーー初日に違う意味で終わったのかもしれない。
お願いだから何か言ってほしいのですが…!
さっきまであんなに食い気味で話していた筋肉質男に突然黙られて、変な沈黙が流れてしまっていた。
「あ……あの…………」
沈黙が耐えられなくて声を出してみたけれど、何を言うのが最善かが分からず言葉が続かない。ただおどおどしているだけになって余計に怪しさ満載になった。
どうしよう………。ねぇ、どうしたらいい……?
絶対答えてはくれないくまのぬいぐるみを見つめて、ルルカは助けを求める。
すると、見つめていたくまのぬいぐるみの上に、人の影が被さってきた。顔を上げると、真ん中にいた貴族の人がダンボールを上から覗き込んでいる。
よくよく見るとその人は綺麗な顔立ちをしていた。
サファイアのように深い青色で艶のある髪、綺麗な肌、涼しげな目元、すっと整った鼻、薄い唇。
綺麗すぎるせいで冷たさを感じるであろうその顔立ちが、ルルカには可愛く見えてしまった。それには理由があって、顔が赤く染まっているからだった。
くまのぬいぐるみを見て頬を赤くしているの……?
信じられないものを目の当たりにして、じっと男性の顔を観察する。平常心の私だったら絶対にこんなことは失礼に当たるからしないだろう。だけど、この時はそんな気も回らないくらいに驚いていた。
穴が開くくらいに見つめていたからか、くまのぬいぐるみから視線を移した男性がルルカを見た。
無表情で口はへの字。
だけど顔が赤く染まっていて瞳が煌めいている。
アンバランスな表情をした男性が、思いもよらない言葉を口にした。
「………………可愛いな。触ってもいいか?」
頬を掻きながら照れくさそうに、そう言った。
「なにをですか……?」
くまのぬいぐるみのことだと分かっているけれど、信じられなくて再確認を兼ねて聞き返した。
すると男性は綺麗な長い指でくまのぬいぐるみを指差す。
「……………だめか?」
キラキラした瞳で確認をされてしまっては駄目とは言えない。言えないけれど………!
「手を洗ってからでお願いしますっ…!」
これだけは譲れなかった。
男性が王子様だったなんて知りもしなかった私は、非常に失礼な発言を口にしていた。だけど、男性は怒る気配は全くなくルルカの言葉に頷く。
「では城に来てくれるか?………他の中身も見たい」
綺麗な顔の口角が嬉しそうに上げられ、馬車の中に積まれた大量のダンボールに男性の視線が向く。
…ダンボールの中身が全部くまグッズだってバレてる!?
男性のこの一言によって、ルルカは王城へと連行されるのであった。




