旅立ちの前にエルミラが勇者になったようだ
「で?大体事情はわかったけどその人が生まれ変わった改造人間エルミラなの?」
ハクは病院で目を覚まし、あの後あったことをトレットから聞いていた。
まさか3日も寝てたなんてな。まぁ血が足りな過ぎたし仕方がないか。
「そうです、何でも私の命を救ってくれたのはハクさんだとお聞きしました。ありがとうございます。これで命を救われたのは2度目ですね。でも私を怪物みたいに呼ぶのはやめてください、ぶち殺しますよ。」
「気にしないでいいよ、俺が勝手に見殺しにするのは面倒くさいと思っただけだし。」
「そんなこと言わないでください!これでも感謝しているんですから!」
「そう。でもまぁ俺自身かなりギリギリだったしね、お互い何とか無事でよかったよ。」
エルミラの見た目は変わっていた。もともとのスポーティな体つきの印象は変わっていないが、髪が銀色のロングストレートになり、目が青色に変化している。なんとなく当初の元気な印象と一緒に覇気のようなものを周囲に放っている気がする。
「そういえば、ハクさんが目を覚ましたらどうやって魔人を倒したのか聞いておけって、バンディッシュ様が言ってたんです。どうやって倒したんですか?」
「【次元干渉】って能力で次元の膜をつかんで人間パチンコしたんだよ。まさかあんな威力が出るとは俺も思ってなかったけどね。とっさに万能防御でシールド張ってなかったら俺も100%死んでたと思うよ。」
「そうなんですか?よくわかりませんがすごいということはわかります!」
「う、うん。そうなんだ。」
よくわかんないのに凄いってわかるんだ、不思議な感覚だな。なんか焦ってるみたいな印象があるけどどうしたんだろう。
少し間が開いて、またエルミラが口を開いた。
「ところで私からまたお願いがありまして、聞いてもらえますか?」
「うん?まあ、引き受けるかどうかはわかんないけどとりあえず聞くよ。」
「ふふふ、ハクさんらしい返事ですね。」
手を口元にもっていき、かわいらしく笑うエルミラ。ハクはなんとなくその笑顔をまぶしく感じた。
そしてエルミラがそのままの笑顔で口を開く。
「ハクさん、私と・・・」
--2日前--
「シルエラ様、ただいま帰還しました。」
「ご苦労様、エルミラ。王都での話、お父様から一通り聞きましたわ。大変でしたわね。」
この時のシルエラの笑顔を、エルミラは普段より何倍もまぶしく感じた。
「髪型と目の色が変わっただけでもだいぶ印象が変わるのね。綺麗よエルミラ。」
「ありがとうございます、シルエラ様。でもシルエラ様に言われると嫌味にしか聞こえませんよ。」
お互い気さくに笑いあうシルエラとエルミラ。彼女たちがただの上下関係などではなく、真の友情で結ばれていることがよくわかる。
「あなたに一つだけ言わなくてはならないことがあります。」
「なんでしょうか?」
「ハク様についてゆきなさい。」
シルエラが言ったことの意味を理解できず、あたかも曲のサビ前のような数拍子の間が流れる。そして焦ったようにエルミラが口を開く。
「な、何をおっしゃるのですか!?シルエラ様、私はこれからもシルエラ様をお守りする剣として生きていきたいのです!」
「魔人討伐後、トレット様が城にいらして、最重要機密としてとある手紙を見せてくれたのです。【救世の大魔女王】様からハク様宛の手紙でしたわ。説明をするので聞きなさい。」
そこからシルエラは手紙の内容をエルミラに伝えた。現在この国で邪神の一件を知るのは国王、シルエラ、バンディッシュ、それに国王の信頼する宰相のみである。国に伝われば混乱は避けられないため極秘情報として扱われている。国王がそのような選択をしたのは【救世の大魔女王】への信頼であることは言うまでもない。彼女が国に言わなかったということはつまり広めても意味はないということなのだ。それほど世界は窮地に立たされている。
シルエラは手紙を見てハクが異世界の人間であることを知り驚いた。だがハクという人間と数度しか会話をしていなくとも王族としていつの間にか身についていた人を見る目のおかげでハクがどのような人間か理解できていた。そして信頼に値する人物ということも。
説明を聞いて、自身が勇者である意味を知ったエルミラは顔をうつむかせ、それでも首を縦に振ることはなかった。
「エルミラ・・・・。」
うつむくエルミラに優しく微笑むシルエラ、まるで聖女の抱擁のような優しい風が窓から入り、二人の髪をわずかに揺らす。シルエラはそっと立ち上がり、エルミラの頬に生まれたての子供を抱くように優しく手を当てる。そして偶然にも曇り空の隙間からさす光が窓から入り、部屋の中を神秘的に演出していた。
「私だって辛いです。ですが、世界を救うことは私を救うことと同義でしょう?あなたならできます。」
「できるとか、できないとか、そんなことを言っているわけではありません。私はただあなたをおそばで一生お守りしたいのです!私は、私はただ、あなただけを守れればそれでいい!力を持った今の私ならば、きっと普段よりずっと活躍できます。こんな私にも優しくしてくださったシルエラ様にただただお使いしたいだけなのです!」
エルミラはうつむいたまま今まで一度たりとも薄れたことのない思いをシルエラぽつぽつと告げる。そしてまたしばらく間が開き、シルエラが口を開く。
「エルミラ、この国の王族に伝わる言葉で、【誰かを愛するがごとく、世界を愛せよ】という言葉があります。これは平和を愛したスキーラ王国初の女王様が残した言葉です。女性らしい良い言葉でしょう?これは私の目標にする世界の形でもあります。ですが愛する誰かを守る力は今の私にはありません。でも、あなたにはあるでしょう?あなたは今や世界の希望でもあり、そして私の誇りでもあります。」
「シル・・・エラ様・・・。私は・・・。」
涙をだらだらと流すエルミラ。これが葛藤の涙でもあり、同時に深層にある決意の涙でもあることは付き合いの長いシルエラには手に取るように分かった。そしてシルエラは力強くエルミラを抱きしめた。
そして、涙をぬぐいエルミラは顔を上げた。
「シルエラ様・・・私は・・・世界を救うとか急にそんなことは言えません。ですが・・・一つ目標ができました。それはあなたをいつまでも何者からも守るために、世界最強になってやることです!私は行きます!あなたのついでに世界なんか守ってやりますよ!」
実にエルミラらしい答えの出し方に思わず笑ってしまったシルエラ、そしてそれはエルミラも同じで、お互いに寂しさをごまかすように、そして励ますようにしばらく笑いあった。
--そして時は戻る--
「戦ってください!」
「え?マジで?俺ボロボロなんだけど。」
急に何を言ってるんだこの子は。勇者になったときに脳細胞を死滅させられて、ミジンコくらいしか頭が働かないんだろうか。
「マジもマジ、おおマジです!!!。ですがハクさんがボロボロなのも事実、私としても万全のハクさんと戦わないと意味がありません。ですので一週間後この国の闘技場にて戦いましょう。」
「俺は賛成だぞハク。深い理由はないがシンプルに勇者との戦闘はいい経験になるんじゃないか?」
「マジですか・・・・。」
ハクとしては賛成をするのかギリギリまで迷いたかったところだが、トレットが勝手にエルミラに承諾を伝え、戦うことが決まってしまった。
そうしてある程度決闘について打ち合わせ、その後エルミラは帰宅、トレットは一旦忘れ物を取りに行くと【救世の大魔女王】宅へ帰っていった。そうしてハクは一人になった。
病院のカーテンが風に吹かれて静かに揺れる。そしてその光景はハクの記憶の枝葉も少し揺らした。
そういえば昔北海道でオーロラを見たっけ。あの時は綺麗だったな。世界の美しさとか、そんなものはこの世に存在しないと思ってた。物心ついたころには両親は事故で他界していたし、親戚間をたらい回しにされた挙句の果てに児童保護施設に入ったし、そこは普通の児童保護施設じゃなくて、外国に売られるし、外国で人間のばら売りにされるはずだったらしいのに、軍事施設に買われてハチャメチャなくらい訓練させられるし、そっから力をつけて何とか逃げ出して日本に帰れたと思ったら行き倒れるし、結局また別の保護施設で暮らしたっけな・・・。でもそこのじいちゃんが不思議な人でオーロラを見に施設のみんなを連れて行ってくれたんだっけな。人の優しさにも、残酷さにも、過酷さにも触れた人生だった。
自分の人生を振り返っていたハクは、なんとなく窓際に違和感を覚える。するとそこには幼い少女であるマルモネが笑いながら座っていた。
「やっと私に気付いた。それにしておお兄ちゃん面白い人生を送ってたんだね。」
その不思議な出来事よりも、神秘的な何かをマルモネから感じ取ったハクは優しく口を開く。
「余計なお世話だよ。あと考えてることを勝手に読まないでくれないか?これでも昔は未熟児で苦労したんだからな。ところで何をしに来たんだ?」
「あら冷たいのね、お兄ちゃん。」
子供とは思えない表情でマルモネは上機嫌に笑った。
「一つ聞きたいんだが、エルミラを勇者にしたのは俺が原因か?」
「ふふふ、自意識過剰なのねお兄ちゃん。面白いわ。」
「はぐらかすなよ、タイミングが良すぎないか?そもそも君がここに来なければそんなことすら考えなかったよ。」
明らかに罪悪感を感じている表情でマルモネもとい【親愛の女神キュー】を見つめるハク。
「もしもそうだって言ったらどうするの?あなたには何もできないでしょ。責任を感じるだけ無駄よ、そんなくだらないことを考えるのは止めておきなさい。疲れるだけよ。」
「考えるさ。理不尽な運命に何度も打ちのめされてきた俺としては、見知った女の子にひどい目を見せたくないわけよ。」
「ならあなたが守ってあげればいいじゃない。それだけの力があなたの中には眠っているわ。本当はもうすうす勘づいているのでしょう?」
「さあな。」
「ふふふ。私が今日伝えに来たのは一つだけ、あなたの運命のダイヤルが回り始めたわ。金庫に入っているのは幸か不幸か。存分に楽しみなさい。それじゃ私は行くわ。また機会があったら会いましょう。」
そういうとマルモネは窓から消えていった。何もない空間に彼女の気配とが残り、ハクの頭の中を揺らす。
誰かを守るなんて荷が重いよ。俺はあの時誰も守れなかったのに、今更そんなことをしてもみんなに恨まれるだけだろう。いや、あいつらならむしろ守らないほうを恨むか。それを感じてるから常にあんな行動をとってしまうのかもな。
なぁ俺は、あの日を少しは取り戻せてるかな。ずっと景色は灰色のまま、俺の世界は回ってるよ。