初めての対面 アルベルトside
私には婚約者がいるらしい。
それを初めて聞いたのは昨夜のこと。城の私の執務室で第一秘書のアレンから翌日のスケジュールを聞いていた時だった。
「・・・という訳で明日の晩餐会では婚約者であるサク・ラー嬢をエスコートしていただきます。この度の舞踏会と準備のため明日から3日間契約しております。」
「誰の婚約者だと?」
「勿論アルベルト様ですよ」
「私に婚約者がいるとは知らなかったな」
「はい。今日決まりましたから」
「・・・詳細を」
「はい、名前はサク・ラー。恐らく20代、冒険者ギルドに所属する魔法使いとのことです。確かな筋からの情報ですが、今回の舞踏会でサハルの第2王女様がいらっしゃるそうです。今回王女様に直接紹介されてしまうと断るには非常に難しい案件かと思われます。そもそもサハルの王女様がアルベルト様を気に入って・・・」
「わかった、もういい。そのサク・ラー嬢の詳しい身上調査は」
「それは執事のフーリッツが既に調査済みで、特に問題はないそうです。」
「そうか、フーリッツが調査したなら問題ないのだろう」
「サク・ラー嬢には既に詳細を説明済みです。まあ基本隣に立って笑っていればいいと指示してありますので、アルベルト様がご心配されるようなことは何もありません」
私、アルベルト・フォン・ヴァンダイクがこの国の宰相になったのは今から5年前、私が28歳の時だ。
前皇帝が亡くなり新たにジュリアス様が皇帝になられた時、ジュリアス様は旧皇帝の側近を排し新たに側近を刷新した。私もその中の一人だ。
20歳で皇帝になられたジュリアス様を補佐する為、私はあえて汚い仕事を引き受け、身を粉にして働いた。帝国は広く、問題は山積みだった。朝早くから城に行き、夜が更けてから屋敷に帰る毎日。気がつくと独身の側近は私だけになっていた。
その所為か最近は国内外から縁談がやたら多く持ち込まれる。結婚する気のない私にとってこの現状は非常に苛立たしい。縁談に費やされる無駄な時間を仕事に回せばどれだけの案件が処理できるか。
そんな私の苛立ちを知っているアレンが今回の件を企んだのだろう。だがどう考えても解決法になっていない。その場限りの方法で今回をやり過ごせたとしたしても次回はどうするのか、浅慮も甚だしい。その婚約者とやらがどんな女か考えるだけで頭が痛くなる。
私は銀縁眼鏡のつるに指をかけ得意そうに笑うアレンを見て微かな殺意を覚えた。
「おはようございます、アルベルト・フォン・ヴァンダイク閣下、サク・ラーと申します。どうぞサクとお呼びください」
翌朝私が屋敷を出る時、執事のフーリッツに伴われて薄い紫色のドレスを着た若い女性が現れた。
私と同じ黒く長い髪を結い、漆黒の瞳、肌は雪のように白い。頬が僅かに紅潮しているのは緊張している所為か。
その女性は大きな瞳を伏せ目がちに挨拶すると顔を上げ真っ直ぐ私を見て、それから淡く笑顔を作った。
華奢な肩の位置からすると身長は160cm位か。どこかで見たことのある瞳だが、仕事柄一度会った人の顔を忘れることはまずないはず。・・・ということはどうやら初対面のようだ。
「貴女が私の婚約者か。私のことはアルベルトと。」
「アルベルト・・・様?」
私がそう言うと彼女は少し困ったように首を傾げる。
「婚約者なのだから人前ではアルベルトと呼ぶように。ところでフーリッツから今後の予定を聞いてるか」
「はい、今日はドレスの打ち合わせでこちらに参りました。私も明日の支度があるので夕方にはお暇するつもりです。明日はお城の執務室まで私が参ります。明後日は念のための予備日と伺っております」
「そうか。・・・私も今日はなるべく早く仕事を終わらせて帰るつもりだ。もし時間が合うようなら食事をご一緒していただけないだろうか。明日の打ち合わせをしたい」
「承りました。本日からの契約なので問題はありません。私の方で何か用意しておくことはございますか?」
仕事の内容把握、状況判断も問題ないし会話のテンポも悪くない。何より初対面で私に威圧されることなく堂々と話せることに好感が持てる。即席の婚約者役にしてはなかなかのものだ。それに顔も物腰も魔法使いしては洗練されている。
「特にはないが・・・ふむ・・・何か好きな花はあるか?」
「お花ですか?そうですね・・・芍薬、いえ、ピオニーが好きです」
「ピオニーだな、わかった。それと左手を」
そう言って私が自分の右手を出すと、彼女はおずおずと左手を私の掌にのせる。
白く細い指にきめ細やかな肌。まるで吸い付くような肌だーーー思わずその感触を楽しんでいると、見る間に彼女の顔が赤くなっていく。
「あ、あの・・・」
「指輪のサイズを確認しているだけだ。手を触っただけで赤くなるようなご令嬢に私の婚約者のふりが勤まるのか」
あまりに赤くなるのが面白くてつい意地悪を言ってしまう。と彼女の瞳が一瞬所在無さ気に揺れたのち私をしっかり見上げて今度は妖艶に微笑んだ。
「・・・色々初めてのことが多いので・・・どうぞアルベルト様が教えてくださいませ」
予想していなかった反応に思わず笑いがこみあげる。そこらの初心なふりをした態とらしいご令嬢とは一味違う。宣戦布告という訳か。
そのまま彼女の手の甲に口づけを落とすと私は城へ向かう馬車に乗り込んだ。仮の婚約者か。これは思いがけない楽しみができた。




