表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

第20話 嘘は忘れた頃に

 俺と愛華は付き合い始めた。

 毎朝一緒に登校して休み時間は楽しく話して放課後は俺の部活を愛華が見に来て……

 特に変わったことは無い。今までと同じだ。俺は前よりも一緒にいる時間が増えたと思うけど五十嵐から言わせると大した変化ではないらしい。

「慎也君何してるの」

「バスケの練習だけど」

 放課後、大会が近くなったので今日から小学校で練習を始めた。

 練習といっても五十嵐と数名との打ち合わせとタイミングを合わせるだけで俺は部としての練習には参加していなかった。

「それは分かるけど板に当ててばっかりだしいつもらしくないよ」

 本来の俺の練習はターンとロングシュートを軸にしたものだ。今日から始めたこの練習は愛華にとってはそう見えるかもしれない。

「スランプじゃないぞ。わざとだ。わざと当ててるんだ」

「そうなんだ。でもどうして?」

「秘密だ」

「おーい、そろそろ終るぞ」

 顧問が部員を集め始めた。現時刻5時。終るにはまだ早い時間だ。

「俺もう少しやってから帰るから愛華は先に帰ればいいぞ」

「私待ってる」

「待ってるって……遅くなるんだぞいいのか」

 この練習の後にいつものメニューをこなしてから帰ることになっている。

 帰る頃には星が見えるほどだろう。

「それでも待ってる」

 付き合い始めて知ったことだが愛華は意外と頑固だ。

 だが、このときを待っていたかのように伊藤がやってきた。

「愛華、一緒に帰ろう」

「やだ」

 短くはっきりと断られた伊藤は潔く一人で帰るなどと言っている。

「そうだ。五十嵐からの伝言、赤井弟が目を覚ましたから見舞いでも行ってやれって」

 そう言われれば放課後五十嵐を見ていなかったな。

 それよりよかった。龍真が目を覚ましたか。

 龍真は二ヶ月前に事故にあってからずっと意識が戻らない状態だったんだ。

 体には問題ないらしいが俺も顔見知りだったから結構心配していた。

 それも珊瑚のあの話を聞いてから心配が強まっていたりもした。

「そうか、分かった。なら今日は早めに終るか」

「本当、今日は早く帰られるの」

「そうだ。愛華も一緒に行くか」

「うん行く」

「なら今すぐすませるから」

 フリーシュートを5本決めて片づけを始めた。

 せっかく早く帰るために頑張っていたのにキャプテンが来た。まあいいか、お祝いの一つでも言いたい所だったし。

「お、シンシンやってるな」

「キャプテン、聞きましたよよかったじゃないですか」

「お、おう。まああ、可愛くない弟だが……妹だったらどれだけ嬉しいか…妹だったらずっと病院に居座って看病してやったのに」

 愚痴りながらも嬉しそうだ。

「今日は一段とにぎやかな集まりだな」

「神原は人のこと言えないぞ」

 今一番聞きたくない人の声が聞こえた。

 それにしても珍しい組み合わせだ。神原夢、いつもかりんか東詩音といる所は見るが珊瑚といる所を見るのは初めてだった。

「珊瑚と神原って仲良かったんだな」

「ただの仲良しじゃない。ライバルだ」

「ライバル?」

「神原は剣道が強くてなよく練習相手になってもらっているんだ」

 詳しく聞く前に珊瑚が答えてくれた。

「ふーん、どっちが強いんだ」

「瑠璃川だ」

 神原が悔しく無いといわんばかりに胸を張っていった。

「今日だってあたしのボロ負け。サンドバックもいいところだ」

「そんなことはない。神原は力も強くて動きも速い。同じ年の女でここまで強い奴はいない」

「はは、男みたいだといわれている気分だぜ」

「そういう意味では無くて」

 愛華たちと話しているときとは違い今の珊瑚は楽しそうだ。これなら神原は珊瑚の親友になりそうだ。いずれ神原にも無理せず話せるようになるだろう。

「いい友達ができたな珊瑚」

「ありがとう慎也」

「慎也君早く病院行こ」

 長い間待たされた愛華が不満そうな顔をして催促してきた。

「そうだなそろそろ行くか」

 俺と珊瑚はこれでさよならと言って別れると思っていた。いつも通り、の放課後のように。

 しかし、俺の考えを裏切る訪問者が現われた。

「赤井君こんな所にいたのか探したんだぞ」

 早瀬舞の兄、早瀬優雅だ。

 生徒の行き来はあるが小学校に中学校の先生が来るのは珍しいことだった。

「ユウユウ何しに着たん」

「龍真君が大変だそうだ。すぐに行きなさい」

「龍真…」

 珊瑚の驚きの呟きが俺にははっきり聞こえた。

 取り乱して早瀬先生に問い詰めそうだったがそれより先に神原が動いていた。

「優雅、龍真に何があった。死んだか、死んだのか、死んだんだな」

「まーまー落ち着けよ。それよりユウユウ送ってくれないか」

 実の兄が一番落ち着いているようだ。

「分かっている。それと……そうだな。皆も来てくれ」

 面識のある俺ならともかくこの一大事に愛華や珊瑚を連れて行く必要があるのだろうか。

 正直な話珊瑚は一緒に来てほしくなかった。



「何だよ今度は団体かよ」

 病室にいた龍真は点滴もしていないうえに左手にダンベルを持っている。病人にはまったく見えない状態だ。

「医者は大げさなんだよ」

「いいから右から順に言ってみなさい」

 カルテを持った医者が俺達を指さしていった。

「たく、兄貴の赤井虎之耶、中学校の先生の早瀬優雅、何かと突っかかってくるか神原夢」

 一人一人指さした人の名前と関係を言っているようだ。

「誠の友達の中本慎也…よ、久しぶり。あとは……会ったことないな」

「合っていますか」

「はい、確かにそうです」

 先生が代表して答えた。医者はカルテに何か書き込みキャプテンと先生だけを残して俺達を部屋から出した。


「慎也、龍真のこと知っていたの」

 いずれ聞かれるだろうと覚悟はしていたがこれ以上隠せるはずがない。

「ごめん、嘘ついてた」

「どうして嘘なんてついたの」

「前の龍真に会わせたくなかったから、龍真の奴事故に会って意識が無かったんだ」

「それならそれで一言言ってほしかったな」

「ごめん」

 俺の情けない心を暖めるかのように愛華が手を握ってくれた。

「愛華」

「もう、誰にも嘘はつかないでね」

 心の中で深く頷いた。


 再び病室に入った俺達に龍真の口から現状を伝えられた。

「記憶障害?」

「そうなんだぜしかもかなり中途半端な。九九の七だけ忘れてるとか都道府県を全部言えないとかさ。昔でも言えていたのか危ういけどな」

 本人はふざけているが実際大変なことだ。そんなことをまったく表に出さないのが龍真の強い所だ。

「ためしに何でも聞いてみな」

 真っ先に質問したのは神原だった。

「かりんと舞のことは覚えてる」

「早瀬舞のことだろ。もちろんだ。かりんは…忘れたくても忘れられるかあんなの」

 次は予想通り珊瑚だった。

「龍真だな」

「お、おう」

 強気で負けることを知らない龍真が珊瑚の凛とした空気に押されている。

「瑠璃川珊瑚だ。よろしく」

「おう、赤井龍真だ」

 龍真も一応武道家のスポーツマン。珊瑚と握手を交わしていた。

「!……ふーん」

 龍真は一瞬驚いてすぐに笑顔になった。

「!」

 龍真の笑顔を見た珊瑚は手を振り払った。

 珊瑚はしばらく龍真を見ながら固まっていた。

「で、何か質問か」

 龍真の問いかけに肩を震わせ話し始めた。

「得意な格闘技は」

 俺と神原以外は珊瑚の質問にポカーンとしていたが龍真は真面目な顔でこたえた。

「柔道と剣道かな。実力は想像に任せる」

 コクリと珊瑚は頷いた。

「それなら、瑠璃川蓮を知っているか」

「蓮?ああそうか」

 龍真より先に反応を見せたのはキャプテンだった。龍真と関係があった珊瑚の兄のことならキャプテンも知っていてもおかしくはない。


「はあ、瑠璃川蓮?誰だそれ」


「なに言ってるんだ。蓮のことだぞ。お前のライバルみたいな奴だった……」

 キャプテンが教え切る前に先生が止めた。そして、医者を呼びに行った。

「そうか…すまなかったな」

 そのまま珊瑚は部屋を出て行った。

「珊瑚」

 俺は珊瑚を追いかけ部屋を飛び出した。


 勢いよく飛び出したのはよいものの…広すぎるんだよこの病院。

 規則正しく部屋が並んでいてそれを直線の廊下で結んであるこの病院はどこも同じ所に見える。素直に言おう、迷子です。

「あら、中本君じゃない」

 知り合い!喜びに振り向くと花束を持った東詩音がいた。

「こんな所で何をしているのかしら。捨てられた雑巾のような顔をして」

 さらっと酷いことを言われたが我慢しよう。

「あら失礼。雑巾ではなくて子犬でしたわね。とてもそう見えなかったのでつい」

「そんなことはどうでもいい珊瑚を見なかったか」

「そんなに急がなくてもいいではないですか。速く求めるのは女性に嫌われますよ」

「知ってるのか知らないのかどっちだ」

「あらあらむきになっちゃって。瑠璃川さんならたぶん屋上でしょうね」

「なんだよその頼りない情報は」

「別に信じてもらわなくても結構ですよ」

 東はそのままエレベータに乗り込み行ってしまった。


 屋上。本当に珊瑚はそこにいた。

「慎也」

「ごめん珊瑚、嘘ついて」

「どうしてもっと速く教えてくれなかったの」

「ごめん」

 珊瑚が龍真を探していること聞いたときはまだ龍真は事故にあってはいなかった。

「どうして、どうして知らないなんて嘘ついたの」

「ごめん」

その時変な気遣いなどせず教えていればと何度も昔の自分を殴っていた。

「どうして、どうして……」

「ごめん」

 泣き崩れた珊瑚に俺は謝ることしかできなかった。

「やっと、やっと兄さんのことが分かると思ったのに」

「ごめん」

「このときのために強くなったのに」

「ごめん」

「やっと分かると思ったのに……兄さんが私に伝えたいことが分かると思ったのに」

「ごめん」

 俺は話すことも文句も言わなくなった珊瑚を前にただ立っているだけだ。

 あの時変な気遣いをするぐらいなら今珊瑚を慰める一言でも言って見せろよ俺。

 遠くから雷鳴が聞こえる。それでも二人は空を見上げたりしなかった。

「ごめん」

「もういいよ」

 座り込んでいた珊瑚は立ち上がり建物の中に戻ろうとした。

「そんな所にいると風邪引いちゃうよ」

 笑顔でそういって珊瑚は先に行ってしまった。

 一人になった俺は空に向かって叫んだ。

 珊瑚に嘘をついた。

 珊瑚の目標を潰してしまった。

 珊瑚の本当の笑顔を奪った。

 そんな俺は不器用な珊瑚の作り笑いの笑顔さえ見る資格はないと叫んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ