プロローグ『Are there you there?』
「なるほど……この破れたページにはそんな理由があったのですね」
稗田阿求は、過去の自分が書いた幻想郷縁起の破れたページの残りを指でそっとなぞる。
最初は誰かが破いて持ち去ったと思っていたが、実際には過去の自分が書いた後に破いてしまっていた。
それほどまでに博麗霊緋の死はとてもつらいものだったのだろう。
歴史を編纂する者としてはあるまじき行為だが、今の阿求には少しだけその気持ちがわかった。
「今日はすいませんでした。思い出したくもないことを、わざわざ思い出させてしまって……」
「いいのよ。私も話してるうちにちょっとすっとしたわ」
紫は扇をたたんで笑う。
暗夜天の起こした異変は、幻想郷のどの歴史書にも載っていない。
紫もそのことを常々気にしていた。
だがこれで、改めて暗夜天異変が幻想郷の歴史に刻まれることだろう。
「あ、お茶がない。今お茶のおかわりを持って来ますね」
阿求はからっぽになった急須を持って部屋から出ていった。
一人残った紫は幻想郷縁起をもう一度開いてパラパラと飛ばし読みする。
『天結桔梗 種族:西方四神 能力:実りと彩りを操る程度の能力 人間との友好度:かなり良』
『天翔香澄 種族:東方四神 能力:誕生を操る程度の能力 人間との友好度:かなり良』
二人のページで手が止まる紫。
世界の境界に落ちてから、この二人は未だに発見出来ていない。
桔梗の方はその特徴的な妖力さえ確認出来れば居場所がわかるのだが、妖力を使い果たしたせいかまったく識別できない
香澄も同じく、戦場に残されていた薙刀から妖力を採取することには成功したものの、今のところ手がかりらしい手がかりはない。
「はぁ、二人とも一体どこにいるのかしら」
湯のみに残ったお茶を飲み干した紫は幻想郷縁起をたたんで机の上に戻した。
その時、表の方から戸を叩く音がする。
やがてドタドタと廊下を走る音が聞こえたと思うと、紫のいる部屋の襖が勢いよく開けられた。
「紫様、紫様!」
「藍、橙、どうしたのよ二人揃って……」
「あ、お茶どうぞ」
肩で息をする藍と橙は阿求から受け取った湯飲みのお茶を一気飲みすると一枚の紙を突き付けた。
「橙がやってくれました! ついに彼を、天結桔梗を見つけたんです」
「橙が?」
「えへへ、大好きな紫様のためですから私も頑張りましたよ」
橙は得意げな表情を浮かべると、耳をピクピクと動かす。
「よくやったわ橙! でもよく見つけられたわね」
「そりゃあもちろん私の式ですから」
藍から渡された紙にざっと目を通す紫。
そこには桔梗と思われる人物の近況とこれまでの経緯等が詳しく書かれていた。
どうやら記憶をなくしているようだが、元気に過ごしているらしい。
「…………。で、ここには書いてないけど彼は今どこに?」
「あ……あの、えっと……藍様?」
橙と藍は急に表情を曇らせるとお互い顔を見合わせる。
やがて藍は軽く橙に頷いて、そのまま部屋の外へ出て行った。
「その、未来なんです。未来の外の世界」
「まさか自分で行きたいなんて言い出しませんよね」
自宅に帰るなり、いそいそと準備を進める紫を呆れた目で見る藍。
今回の場合、外の世界との行き来とはわけが違う。
さらに時空を超えなければ桔梗のいる世界には辿り着けない。
「あともう一つ念を押して言っときますけど、彼は記憶がないんですよ? そこに紫様が出向いて彼がフラッシュバックなんか起こしたらどうするつもりです?」
それを聞いてはたと手を止める紫。
フラッシュバックとは強い心的外傷を受けた時、後になってその記憶が突然鮮明に思い出されたり、夢に見たりすること。
記憶がない桔梗の場合、暗夜天異変についてフラッシュバックを起こすとどうなるかはまったく読めない。
紫は積めていたトランクケースを閉じると、その上に座り込んだ。
「じゃあどうすればいいのよ」
「そうですね……」
二人とも首を捻って考え込む。
大きな振り子時計の音だけが部屋の中で大袈裟に響いている。
「はいっ! はーい! 私に提案があります!」
沈黙を破ったのは意外にも、外で遊んでいたはずの橙だった。
橙は靴を脱いで縁側に上がると、その場で話し始める。
「要するに幻想郷のことを思い出させて、連れ帰ればいいんですよね」
「簡単に言えばそうだけど橙、今桔梗が昔関係を持っていた妖怪と言えば紫様かルーミアしかいないぞ」
「いえいえ、いるじゃないですかもう一人」
チッチッと指を振る橙。
紫と藍は必死に記憶の糸を手繰ってその人物を思いだそうとする。
「わかった、カンナね」
紫はポンと手を叩くと、すぐさまスキマを開いて中を覗く。
「紫様、幻想郷はもう秋ですよ? 寝てるんじゃないんですか?」
気付いた藍は紫の服を掴むと思い切り引っ張った。
引き戻された紫は不機嫌そうに頬を膨らませる。
「じゃあ誰なのよ! なるべく早く帰って来てもらわないと困るのよ」
「いるじゃないですか。ほら、初代の巫女って天狗と仲がよかったって。間接的にしか会ってないから記憶は薄いと思いますが」
「「あ……」」
声を揃える紫と藍。
確かに天狗なら何度か会ったことがあるはずだし、そこそこに強いから万が一の場合でも何とかなるはず。
「どうしたの橙、今日は冴えてるじゃない!」
「えへへ……」
藍に頭を撫でられて喜ぶ橙。
その様子を見ていた紫はしばらく思案にふけると、ニヤリとにやけた。
「藍、今日からあなたは橙の式ね」
「え?」




