(新)第3話 内省なんて、するだけ無駄~第一節~
雄弁の目的は真理ではなくて説得である。
四月十九日(火)
朝、六時十分に起床した。どうして、この時間にアラームをセットしたのだろう。朝っぱらなだけあって頭の回転はすこぶる鈍い。だが、朝にぼうっと考え事をしていると、大抵は良い発想が浮かんでくるから不思議なものである。
目ぼしいものなど何も無いはずの冷蔵庫を開く。中に入っていた清涼飲料水(製薬会社から出ているやつで、もう自販機とかでは見ないやつ)を口に含んだ。やはり、朝はキンキンに冷やした清涼飲料水に限る。これはどちらの私の習慣だろうか? まったく違和感がない点からすれば、もしかしたら共通の嗜好なのかもしれない。
とすると、朝食を取らない点でも一致しているのだろうか? いや、それにしては太り過ぎている。間違いなく、昨日の昼休憩に確認したのだ。身長一八一センチメートル、体重八三キログラムの恵まれた体格……というわけでもない。肥満人間というやつだ。今から約二十四時間前、音恋さんの丸めた掌が、私の贅肉へと吸収されそうになったばかりである。
身長については、私(元)よりもだいぶ高い気がするし、体格も恵まれている。この運は喜ぶべきだ。その一方で、控えめに言っても私は肥えているに違いない。八十三キログラムというのは、いくら何でも太り過ぎである。
そんなことを考えながら、一張羅のジャージで出入り口の扉を開け、そのまま外に飛び出す。今日から朝のウォーキングを始めることにしたのだ。
この時間だと朝練の生徒たちもいない。四月中旬の大気が、私の頬を切るように吹き抜けていく。朝の空気が一番おいしい。その日のうちで最も冷たく、清涼感を喉の奥まで伝えてくる。そうして私は数十分間、ずっと走り続けていた(始めの五分以降は息も絶え絶えに歩き続けていた)。
やがて家に帰ると、そのまま湯温にして五〇℃近いシャワーを浴びながら、またしばらく考えごとに耽った。これからの自分に不安はないといえば、嘘になる。こんなキザなことを言うまでもなく、私は将来が不安である。
クラスの統率に成功したとしても、それは土台を固めただけだ。涙を流すというゴールまで辿りつくための戦略は未だに完成度ゼロである。基本となる方針すら決まっていなかった。このままだと、一年後に私は死ぬ。どう死ぬのかはわからないが、多分痛いような気がする。
『もういい……』
心の中で呟いた。まずはクラスを統率してからだ。それを達成するまでは、スタート地点にすら立っていない。気が付けば、一五分間もシャワーを浴びていた。成人男性としては長い時間といえるだろう、多分。
階段を下りていく。その段差を踏みしめる度に、カン、カンという音が響く。このワンルームマンションというのは、ハッキリいって昭和レベルのボロさを一回りマシにしたような感じの建物である。まあ、鉄製の階段に文句を言っても仕方がないか。ここは、そういう物件なんだと割り切るしかない。そんなことを思いながら私は、学校に向かって歩き始めた。
朝の涼しい空気が吹く中、こうして歩いていると考えごとも捗るというもの。大昔のいい伝えだと、馬上、枕上、厠上(ばじょう、ちんじょう、しじょう)といって、それをしているときの考えごとは捗りやすいという。現代だと通勤途中、蒲団の中、トイレということになるのだろう。寿命が下手すればあと一年しかないという残酷な事実も忘れてしまえる。




