第27話 叫んだ鳥とほうれんそう~第三節~
ずっと降り続いていた雨が、止む気配を見せる。
時刻は、8時5分~8時10分の間となった。すでに、ちらほらと生徒たちが登校している。みな一様に、体操服で土を掻いている調歌を訝しげに見詰めている。
木の板は破損して、どうしようもない状態になっていたが、それでも調歌は作業をやめない。やめようとしないのである。こうなるなら用務員のところにスコップを借りに行けばよかったが、もう後の祭りである。調歌が、こんなに聞き分けが悪いと思っていなかった。今からでは、借りてきても本当に間に合わない。
「おい調歌。流石にもう人目につく。私が放課後にやっとくよ」
「だめだ! 人目なんてどうでもいい!!」
「調歌、もう……」
「うるさいっ!!」
雨に打たれる様子が痛々しい。もはや執念である。さて、どうすればいいんだ? 暴力……いや、それは絶対にダメだ。あくまで、あくまで彼女の心を動かすことで一旦の解決としたい。しかし取れる手もなかった。刻一刻と時は過ぎ往く。
振り返る。3人とも不安の色を覚えながらも、使い物にならなくなった板で必死に土掻きを進める調歌を心配している。掛けるべき言葉は掛け終えている。どんな言葉が浮かぼうと、彼女の心を動かすことは出来ないだろう。
必死に頭を捻らす。何か、何か超常的な知恵でもなくば難局を乗り切れないだろう……もう駄目だ、ここまでにしよう。校長との約束が大事だ。
「調歌! こんな場面でいい知恵なんて、奇跡でも起きなきゃ……」
「ほっといて! みんな、もう帰っていいから!」
私が黙ったのは、調歌の言葉を受けてではない。そうか。あいつの存在を忘れていた。完全に。
「タキ! タキプレウス! タキ……」
心の声で、叫ぶ。その途中で、私が黙ったのは背中に受けた圧力のせいだった。これはどうやら脂肪を摘まれている。
「いてて……」
「しばらくだなあ、賢。わたしのことなんて、もう忘れてる頃じゃないか?」
タキプレウス。乾賢太朗としての人生において、相談役として神に遣わされた(という)存在。
「最後に呼ばれたのは、ええっと、確か」
「い、1ヶ月前だろ」
そう言って、念話で応える私。制度上では週に一度まで彼女を呼び出し、15分間まで相談に乗ってもらえる。だが、この生活に慣れた私は、もう1ヶ月間も彼女を呼び出していなかった。これでも2週間に一度は召喚するようにしていたのだが。
「と、とにかく! 知恵をくれ! お前の頭なら……」
「やだ」
「そこをなんとか!」
そう言って私は懇願するのだが、タキプレウスは何ともつれない態度だった。
「しょうがないなあ。あのチャンス、今使うか?」
「……」
一つだけ、たった一つだけ。人間ならば知りえない情報を知る権利を、私は有している。
「……お前、私の心を読めるだろ。こんな場面でなんて……そうだ! 代わりになにか!ほら、1ヶ月前に海鮮グラタンおごってやったじゃないか。その前も冷凍菓子(雪○見大福)おごってやったろ」
「う~ん、そうだなあ……どうしよう」
タキは、考えモードに入ったようだ。彼女が言うルールとは、適当とまでは言わないが、融通が効くものであるのは経験的に分かっている。ここでタキの恣意的な考えに食い込んでみせる。
「ああ? 誰が適当だって!? 神の使いだぞ、わたしは! いいから、もうちょっと見守ってろ」
「ああ、悪かったよ、くそ……って、見守ってろ?」
私は、為す術もなく停止していた。しかしながら想念は絶やさない。もしかしてタキは、アイデアでも考えてるんじゃないか? だから時間がかかってるとか? とにかく今は、信じて待つのみ。
「いいよ」
校舎の壁に張り付く時計は、8時12分を鏤刻するところであった。フェンスの外には、生徒たちがポツリ、ポツリ。もう小範囲で噂になるのは避けられない。
ここでタキに礼を言いかけたところで、
「ただし。何でも言うことを聞けよ」
「分かった、分かったから早く!」
「あの女子の方を見るんだ。ほら、あのぽっちゃりの」
彩季か。その頬面に視線を遣ったとき、彼女の面持が理性に光に満ち満ちる様子が判然と際立っていた。
「彩季。何か……アイデアが?」
「いぬ先生。あれ! 軽トラックで砂山に登るんです」
なんだって。その手は当初に思いついて、ロクに考えないまま阻却した案であった。
まあ、砂山といっても、予備用の真砂土が積んであるだけだが。ただし、軽トラで登るにはけっこうな高さである。下手をすれば……横転する。始末書ものの惨事である。だが、やらない手はない。
「調歌、どいてろ!」
「いーやーだ……あぁー!!」
苹樹と律子に脇を抱えられ、まるで宇宙人のように連れ去られる調歌。
調歌よ、許してくれ。これで折衷案としてくれ!
ヴイイイイイイイインッ!! 不愉快な轟音を響かせつつ、砂山の右側から進入。ギア一速で小山を踏破していくトラック。運転席は、もう数十度は傾いている。大量の真砂土が乗った金網は、ずるずると小山をずり上がっていった。やがて、もう少しで十分な位置に来ることをミラーで確認する。だが、いけない。角度的に限界だ。
ええい、ままよ! タキプレウスを信じ、進もうとした。そのときである。
助手席の真下。タイヤに嫌な触感が起きた。滑るような感触とともに、左側車輪が少しだけ埋まる。傾斜角度が緩くなっている。そのまま適正な位置に停車する。
……ああ、そうか。そういうことか。学校設備としての砂や土だから、土建屋で1トン数千円とかで売っている、ちゃんとしたやつだ。十分な水気を吸い込んだ真砂土は、あっという間に、まるで解けるようにその表面積を小さくする。
そうか、そういうことだったか。まったく私には視野の広さが足りない。そうした思いを抱きつつ、ドアを開けて飛び降りる。
「全員集合! いいか、これから金網を持ち上げる」
傘を投げ出し、全員集合。金網に手を掛ける。
「彩季、危ないっ! 手詰めたら即病院だぞ!」
「は、はい! 気をつけます」
「みんな、いいか。せえーのっ!!」
息を合わせ、金網を斜め方向に持ち上げる。5人もいれば余裕であった。当初の半分程度にまで減っていた土の山は、平坦な波をうねらせつつ、校庭隅の砂山へと還っていった。
「やったあああああっ!!」
「苹樹、喜んでる時間はない! 全員、早く教室に! 遅刻するぞ!」
ふと、周囲を見渡す。生徒たちの本格登校ラッシュには間に合ったようだが、間違いなく噂は広まることだろう。今日が登校日で良かった。校長にも後で謝っとかないと。
続いて、職員室の方を眺める。全校集会の用意をしようとして中断した様子が見て取れた。そして1階部分の鉢植えスペースに、田奴の姿を見出す。これは、観察されてたな。
「い、いぬ先生」
「なんだ? 急いで着替えれば、まだ間に合う。急げよ」
ただ1人、残った彩季が問いかける。
「いぬ先生、おかしくないですか? なんで、鴨中学校が花火大会の片付けするんですか?」
その考えは、私を雷のように打ちつけた。雷と違うのは、それが消えないで、徐々に私の頭に食い入ったことだ。
(第27話、終)
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