第17話 誘う、言葉~二節~
6限目が終了してから、もう暫く経っている。私は僅かばかりの残業を片付けていた。図表を作りたいが、もうすぐ中間テストなのでプレ問題を作成し、社会科の教科主任(御庭先生)に添削をお願いする必要があった。それをエクセルで作っているのだが、何か良いテンプレを見つけることが出来れば今後のテスト作成が楽になるに違いない、と考えていた。
そんな時だった。結局、今日も入部希望者が現われなかった事実を反芻し、また気分が悪くなる。どうして誰も来ないのだろう、いまどき柔道なんて流行らないのだろうか? いやいや、私の営業力が足りないのだ、と考えるものの、世の中なるようにしかならないという身も蓋もない事実を噛み締める以外に、私が思い抱くべき感想はなかった。
そうだ。考え方を変えよう。柔道を通して内申点を上げたいとか、モテたいとか、とにかくブン投げてスカッとしたいとか。そういう俗な動機をもって入部しようという者は、鍛えたところで、それを達成する前に挑戦を止めてしまうだろう。ということは、ミーハーな者たちは逆に来ない方が良いのである……って、それじゃ説明会の趣旨とキレイに矛盾してるじゃねーか! そんなことを考える暇があったら、さっさと残業を終わらせて帰ってしまおう。動画サイトで更新されるアニメもあるしな(なかなか人気のやつで、略して“くいろは”という)。
教員用玄関に差し掛かる。おや? 外で誰かがお喋りしている。あの位置、あの自動車は……律子だ。あんなオッサンくさい乗用車に乗る女性は、うちの学校では律子だけである。あの車、私は気に入っている。だが正直、年頃の女性にカムリはキツイだろう。
一緒に居るのは、少々、恰幅のいい女子中学生……ええと、あの子は……
「あ、乾先生」
あちらも気が付いたようだ。律子と一緒にいるのは……加目田さんだった。
「乾先生、加目田さんが」
そういって、律子は加目田さんの背中をゆっくりと押す。彼女は、俯きがちに、まごまごしつつ様子を伺っていたものの、やがてこちらに向き直ると、
「いぬ先生……相談があるんです」
半泣きで、訴えるように私を見つめるのであった。そして律子は宜しくお願いしますと伝えてから、カムリに乗り込み、80年代の自動車に相応しい排気音とともに校門を走り出ていった。残された加目田さんに視線を遣ると、いつものように自信なさ気に私を見上げる彼女がいる。もう少し明るい表情ができればなあ、とか野暮な想念を抱きつつ、相談室の鍵の場所を思い出している私がいた。
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