第17話 誘う、言葉~一節~
脱皮できない蛇は滅びる。
4月27日(水)
今日の昼食は、おかずが2種類のみの手製弁当を作ってきた。隣には律子が座っている。いつも、私の机まで回転椅子をくっつけてくる。彼女が髪を切ってから、僅か約3日しか経っていないが、何だか異様な速さで髪が伸びてきている。そんな気がした。
「乾先生、おいしそうですね」
私の弁当のおかず箱には、いま旬の筍が4欠片と、唐揚げが6ピース入っている。朝方、かなり詰め込んだので、唐揚げは変形し切っている。
「もらっていいですか?」
「いいわけな――って、もう食べてるじゃねーか!」
いつものように律子へとヘッドロックを決めて私は、その無邪気な笑顔に隠れた、時折ポロっと顔を覗かせる悲哀のようなものを感じ取っていた。事実、これまでの私は、彼女に恩ばかり借りている。相応のものを返していこうとは思っているのだが、それはいつになるのか。てんで予想が付かない。
今朝、先日の説明会の反応は上々だったことを律子から聞いていた。なんでも、普通の教師だったら言わないようなことばかりで新鮮な雰囲気を味わえたとかなんとか、そんな感じの感想であった。問題は、それで部員が入ってくれるのか、という視点なのだが。
はっきり言おう、あれから放課後になっても、夕方になっても、そして朝が来ても、また昼休みになっても、入部希望者は現われなかった。中学生という事実を考慮するなら、ここまで来なかったら、もう入部しないという決意を固めているに等しいだろう、と主観的な帰結を導くことにする。
このまま、本当に誰も来なかったら? もう打つ手はない。見つかったとしても、それはいつになるか分からない。数ヶ月後かも知れないし、もしかしたら二度と訪れないかもしれない。もしそうなったなら、一年後に私は死ぬ。そういう定めなのだ。
ふと、律子の方を見遣る。福祉施設の業者から買ったパンを貪る一方で、机上にある、掲示が終了した入部説明会のチラシを見つめている。彼女にも顧問をやってもらう約束になっているから、当然、結果は気になるところだろう。あーあ、部員こないかなあ、と平々凡々な感想を心に描いていると、律子がこちらの方を向いた。
「乾先生、青春したいから部活を作るんですか?」
いけない。まだ創部の目的を話していなかった。失礼な行為をしでかしてしまった。たぶん私は、なんとなく察してくれ、と心底で期待していたのである。
「はい、青春したいんです。私自身、満足な青春を送ることが出来ませんでしたから」
「だったら、自分が道場に通って、選手生活を再開すればいいんじゃないですか?」
ああ、そうか。その手もある。乾賢太朗の身体は、まともスポーツなど嗜んだことはないし、柔道を教えるなら、当然、自分自身がそれを出来なければ話にならない。今週中に、律子の通う道場を紹介してもらう予定ではあったのだが……。そうか、その手があったか。自分が選手になっても良いのだ。最高の試合なるものが出来たならば、感涙が叶うかもしれない。そんなことを思いつつ、残り3個になった唐揚げ(考えごとに耽っている間に、律子に3つ食べられている)を慈しむようにご飯に乗せた。
そして律子は満足そうに、残り1個になった自分のパンを頬張ろうとしている。
「あーあ、なんで他の業者と契約しないんだろ。福祉施設だからって、弁当業者と競わせてもいいのに」
気持ちは分かる。乾賢太朗だって弁当を作っていなかった頃は、そういう感想を抱いていた。身も蓋もない言い方だが、福祉関係の施設については法律で贔屓してもよい、という趣旨になっている(※1)。条例などを盾にすればクレームがあっても避けられる、という簡単な話である。
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