第16話 創部宣言!~三節~
放課後、私は自らの心拍数を診ていた。今日は気を張りっぱなしだ。なんと、今日の4時半からは校長室で話し合い(という名の詰問の場)が行われる。その理由は言わずもがな、昨日の互哩の件である。それは形だけ見れば体罰に他ならないので、少なくとも呼び出しは避けられない事態、といったところか。
ああ、もう4時25分だ。昨日の呼び出しと同じ形態ならば、中には校長、教頭、そして田奴がいる。ドキドキしてきた。一応、用意はしてあるのだが、なにぶん急ごしらえの戦略だから、不安は残る。
コン、コン。いけない、2回ノックになってしまった。2回はトイレのノック、正式には3回が正しい(※1)。どうぞ、と促され、昨日と同じ手順で入室する。席の並びは昨日と一緒だった。3人掛けのソファーには、左から校長、教頭、そして田奴が並んでいる。その向かいに、私が座る。まるで就職面接みたいだな。
田奴について、現役の教科主任などを差し置いて、30代前半の若手がここに居るということは、まあそういうことだ。彼は京大出で、どうして教師になったのかは知らないが、とにかく教育活動や組合活動といった、そういう思想的な取り組みには熱心な人間だった。少なくとも乾の認識においては、田奴利吉を嫌っているようだ。
私は、さっと腰掛ける。促されるのと座るのが一緒のタイミングだった。いけない、今はやっぱり焦っているな。準備時間が足りないと、どうしてもこうなってしまう。
「単刀直入で悪いですが、どうして今回のようなことに? 互哩くんは数日間、入院するそうです。幸い何が起きたのか、本人はまだ話していません。出来れば乾先生の口から直接聞きたい」
校長は、穏やかな口調でそう訴えてはくるのだが、事実を把握していると見て間違いないだろう。教頭も田奴も、何とも言えない表情で、そっぽを向いている。
私は答えねばならない。無実とは言い難いが、それでも説明責任はある。なんたって最悪の場合、管理職まで処分が下ってしまうのだから。自分のせいで、いらぬ迷惑は掛けたくない。
「知っての通り、互哩は律……九里村先生に暴力を働きました。私は当初、止めようとして他の教師を待ちましたが、みな一階まで降りていきました。仕方が無いので、単独で止めに入ることを決めたのです。それは正しかったと思ってい……」
バァン! ソファーを挟んで向かい側。教頭が高級品であろう、接客用机を叩いた音であった。
怒気をはらんだ表情で、私を突き刺している。いつもはキラリと光って周囲の笑いを誘う頭皮も、この瞬間には、そうした性質を微塵も感じさせない。
「お前なあ、そういうことじゃないんだよ、怪我させたんだよ! 生徒を! どうすんの、世の中は正しいだけじゃダメなんだよっ!!」
無理もない。この人は出世したいタイプの人だから、こういう問題には兎角うるさい。実際に、府県によっては、体罰を行った場合についてのガイドラインを通達している場合もある(※2)。
とりあえず、田奴の反応を聞こうと思ったので、私は沈黙することにした。さっきから、ずっと俯いている。これは田奴の、何かを考えているときの仕草だ。
「……乾先生」
そうして、口を開いた田奴は、そのまま淡々と喋り始めた。
「あのですね、柔道部の説明会、聞いていましたよ。いやあ、一連の動き、かなり早い行動でしたね。民間での勤務経験はなかったはずですが。あの内容を聞いて、あと、互哩君の件ですけどね、乾先生、ちょっと夢見すぎなんじゃないですか。ウチは公立学校なんですから、もっと、とにかく自分が損することがあっても、もっと公務員らしい行動を取ってもらわないと。まあ、採用試験の勉強もしてないでしょうから、あんまり言っても効果はないでしょうが」
正直、カチンときた。まあ、合ってる面もあるけれども……言い方ってものがあるだろう。それでも人を管理する立場を希望しているのか? そういえば。目の前の3人とも、私を糾弾する会を行うことで一致しているのだろうか。そうでないなら、まだ十分に機会はある。目の前の3人は、立場的には、少なくとも敵ではないのだから。
私は、携帯電話を取り出して、その画面を3人へと向けた。その行為について、特に何も言わなかったが、3人とも黙って画面に注目し、やがて釘付けとなっていく。映し出されたのは、互哩が律子を窓ガラスに打ち付けている映像であった。まだ再生されていないが、私が互哩を投げ飛ばすシーンまでバッチリと映っている。おぼろげながらも、一階へと逃げていく教師たちが、画面内には映し出されていた。
私は再生スイッチを押してから、何もしなかった。なにをせずとも、3人が食い入るように、それを観ることは明白であった。
「……」
教頭は沈黙していた。他の2名もまた、同様である。おそらく次の言葉でも練っているのだろう。
そんなことさせるものか。偶には攻撃したっていいだろう。トドメとばかりに、私は続ける。
「これには一次資料としての証拠能力があります。何かの問題で我が校が攻められることになっても、これがあれば非難を回避できるでしょう。このとき撮影していた生徒に、たまたま気が付きましたので、後で貰おうと考えていました。最悪、それでも上から責任を問われそうになった場合、どこかの生徒がやってしまったということで、インターネットにでも流出させればよいかと思います」
目の前にいる3人は、私の上司(一応、田奴は同格である。そのうち管理職になるのだろうが)。敵ではない、味方なのである。
「分かりました。それのデータを、後で共有フォルダの私のところに入れといて下さい」
「ああ、私のにも。あと田奴君にもね」
校長の眉間に寄っていた皺が緩んでいるのを確かめた。やはり物証の力は偉大である。教頭も、田奴も何だか安心しているような表情だ。私を敵対視しているわけではなかったのだと信じたい、ただスキャンダルが恐ろしかっただけなのだ。
これも、全ては律子が証拠をもっている生徒に交渉し、それを押さえてくれた結果であった。撮影していた生徒が律子と仲良くお喋りしていたのを見たことがあるから、彼女に頼めば、何とかしてくれると思った。彼女は、今の私にとっては欠かせない存在だ。律子がいなければ、昨日からの2回に渡る呼び出しを乗り切ることは出来なかったし、それは私(元)のクオリアを乾賢太朗の身体にブチ込まれてからの試練の数々をしても、また同様である。
当面の危機は乗り切った。佐野、互哩については、後々に家庭訪問などをしていく必要もあるが、今はとにかく柔道部に専念する。さっさと部員を集め、申請を出し、練習場所を設営し、稽古を開始するのである。およそ1年後の、私の未来。犀は投げられた。
※1……就職面接などでも、正式には3回ノックです。お気を付け下さい(。。)…
※2……ガイドラインや通達だけでなく、罰則を条例化する市町村も増えています(。。)…
毎週、金曜日に更新です。ゆっくりお読みください(。。)...




