二つの種類
毎日というわけではないが、ヴァイオレッタは定期的にアイザックと一緒に晩酌を楽しむようになった。
彼女はお酒を飲むのが好きだが、やはりお酒というのは一人でちびちびと飲んでいるよりも誰かと一緒に飲む方が楽しさも何倍になるからだ。
そんないつもの夕飯の席にて、ヴァイオレッタは今日も今日とてバーボンを楽しんでいる。
「なあヴァイオレッタ、一つ聞いてもいいか?」
「はい、なんでしょうか」
「君はこのニューメイクを、商品として売るつもりはないのか?」
「……えっ?」
それは正しく、青天の霹靂であった。
ヴァイオレッタに電流が奔る。
彼女にとって自分が飲みたくて造っている蒸留酒とは、ウイスキーであった。
熟成によってまろやかになり深みが増すウイスキーを飲むために彼女は頑張ってきている。
ウイスキーとしては未完成であるニューメイクを売りに出すことなどまったく考えてもいなかった。
だがたしかによくよく考えてみれば蒸留酒とはそもそもこの世界では初となるお酒。
そもそも基準となるお酒がないのであれば、これで未完成とは考えられず、これを一つのお酒として受け入れる素地があるのではないか。
(というかよくよく考えたら……大麦のニューメイクって、ほぼほぼ乙類焼酎じゃない!)
内心で悲鳴を上げ、落ち着くために置かれていたニューメイクに口を付ける。
――前世における焼酎には二つの種類があった。
それがラベルなどでよく見る甲類焼酎と乙類焼酎だ。
ざっくりといえば大量生産可能な方法で作ったクリーンな焼酎が甲類焼酎であり、今ニューメイクを造っているように、ポットスチルを使って造られる素材の味を活かした焼酎が乙類焼酎になる。
ヴァイオレッタが前世で飲んでいた価格帯の高いプレミアム焼酎とは、どれも乙類焼酎だ。
(たしかにこうして飲んでみると、味わいは度数の高い焼酎だわ……)
焼酎とは、蒸留させたものをそのまま熟成させず、日本の規定に従った形で販売する蒸留酒のことである。
現在ヴァイオレッタが造っているニューメイクは、度数の高さを除けばほぼほぼ乙類焼酎と言っても過言ではない。
厳密な定義を言うのであれば、ライ麦を使ったニューメイクは焼酎としてカウントされないが、そこはバーボン同様私が焼酎と言えばそれは焼酎というストロングスタイルで押し通せばいい。
「まったく考えてもいませんでした……」
「ヴァイオレッタはなんというか……ウイスキーのことにしか考えていないからな。これはウイスキーではないという話だが、実を言うと俺はこのニューメイクも結構好きだ」
そう言いながら、アイザックは手にしたライ麦のニューメイクをストレートで飲んでいた。
チェイサーとして炭酸水を飲んでおり、その飲みっぷりにはもはやすがすがしさすら感じる。
造ったのは自分だが、純粋に飲んでいる酒量でいえば自分よりアイザックの方が上だろう。
この人私より蒸留酒楽しんでるじゃんと思いながらも、ヴァイオレッタは一度アイザックの提案について真剣に考えてみることにした。
(たしかにこのままあと何ヶ月も赤字続きなのは、経営上あまりよろしくはないのよね)
ヴァイオレッタはそもそも蒸留器造りやマーカスの給料や工房の賃料、樽を熟成させるための倉庫の費用などを全て自分のポケットマネーから出している。
採算など度外視で完全に自分の趣味として考えており、今のところまったく売りに出したりはしていないため、基本的にかかった費用は全て赤字だ。
規模もそれほど大きくないため、正直持参金代わりの鉱山の採掘権などからでも十分賄える額ではあるのだが……。
(それだと、マーカスに失礼よね)
始めたばかりの時は自分で美味しいお酒を飲めればそれでいいと思っていた。
だが現在彼女はポットスチルを造ってくれ、自分と一緒に二人三脚でウイスキー造りを行っているたくれているマーカスに報いてあげたいと思うようになっていた。
彼のことを雇っている以上、対価はねぎらいの言葉などではなくしっかりとした金銭的な報酬であるべきだ。
そして彼の職人としての誇りを傷つけぬためにも、その原資はポケットマネーからではなくこの蒸留酒から得た利益から手渡されるべきだろう。
「売りましょう」
一度考えさえ浮かんでしまえば、決断までに時間はかからなかった。
「ニューメイクとして度数が高すぎるとアルコール感が強くなりすぎるので、もう少し度数を落として……具体的には二十度前後、ワインよりやや高いという程度で販売します。ニューメイクという名前ではなく、焼酎と名前を変えて売り出しましょう」
水で割った大麦のニューメイクを、焼酎として適格である二十度ほどに度数を落としてからゆっくりと飲む。
その味は前世でヴァイオレッタが飲んでいた乙類焼酎そのものだった。
わずかなアルコール感と香ばしさのある、プレーンな酒質。
なぜ今までこれが焼酎だと気付かなかったのだろうか。
ヴァイオレッタからすれば、完全に盲点であった。
「焼酎は単体で飲むよりも、何かと割って飲む方が人気になると思います。ひとまず割って飲んでみましょうか」
「水や炭酸水でということか?」
「焼酎割り……酎ハイはもっと幅が広いのですよ。バーボンのようなクセがまったくありませんので」
ヴァイオレッタは一度厨房に出向き、必要なものを持ってきてアイザックと一緒に飲んでいくことにした。
彼女はポットに緑色の茶葉を入れ、漉しだして造った緑茶を氷で冷やしてアイスの緑茶を造っていく。
「まずオーソドックスなものでいえば、こちらの緑茶割りで割った緑茶割りですね」
「酒を、茶で割るのか……まったく想像がつかないな。そんなことをすれば酒の味が消えてしまう気がするが」
「だから、ですよ。皆が皆アイザック様のようにアルコールの味が好きなわけではないのです」
「なんだと……」
驚いた表情のアイザックが、ぺろりとニューメイク改め焼酎を舐める。
焼酎は熟成を行わないため、アルコールの刺激が強く残っている。
前世では彼のような酒精が好きだという飲んべえを除けば、基本的に焼酎は居酒屋などで割りものとして飲むことが多いお酒だった。
氷を敷き詰めたグラスに焼酎を入れ、そこに冷やした緑茶を入れる。
厚めのグラスに霜が降りるほどに冷やされた緑茶割りは、見ているだけでキンキンに冷やされているのがわかりいかにも美味しそうだ。
「それじゃあ一緒に乾杯しましょうか」
「ああ……乾杯」
チンッと二人でグラスをぶつけ、緑茶割りを口に含む。
「なんだこれは……お茶じゃないか」
「そう、お茶なんです」
別に二人ともふざけているわけではない。
その味は、何度飲んでみてもお茶だった。
緑茶が持つ渋みと苦みがアルコール由来の苦みを完全にマスキングしてくれるため、味がもう完全にお茶なのだ。
夏場にこんなものがあれば、ごくごくと飲んでしまうだろう。
「これならお酒が苦手な方でも飲めると思いませんか?」
「たしかにビールやワインが持つ独特な苦みや酸味が苦手な人間は多い……だがこれであれば、お酒が苦手な貴婦人でも楽しんで飲むことができるだろう」
焼酎の味わい自体はかなりプレーンであり、味のある飲み物で割ってしまえばほとんどその存在が消えてしまう。
前世でもウーロンハイや緑茶ハイなどは、あまりお酒が得意ではない人も居酒屋で頼む定番ドリンクの一つだった。
「ちなみに貴婦人の方向けに、こんな風な紅茶ハイもあったり……」
「これは……紅茶ではないか」
「そう、紅茶なんです」
「次から日中も紅茶代わりにこれを出してもらうか……」
「ふふっ、そんな冗談を……冗談、ですよね?」
どうやら半分くらい本気で言っていたらしいアイザックを止めながら、ヴァイオレッタは紅茶ハイを飲む。
久しぶりに飲む紅茶ハイは、やっぱりまったくお酒を感じないただの紅茶であった。
こうして酎ハイが持つ魔力を存分に確かめたヴァイオレッタは、翌日からさっそく焼酎を売りに出すべく動き始めるのであった――。
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